オフィスを3倍に増床。インフラチームが「回線まわり」でやったこと。150名規模、ITベンチャーのオフィス移転物語
従業員の増加に伴う「オフィス移転」、その時ITベンチャーのインフラチームは何に対応した?ベンチャーにとって嬉しくも、大変なオフィス移転。2016年創業のITベンチャー、アルサーガパートナーズ社も例外ではない。従業員数150名となった2021年5月のタイミングで、4度目となるオフィス移転を行なった。コロナ禍でも、オフィスを3倍に増床。新たに冷却機器の設置が必要になるなど想定外の対応も。その時、インフラチームはどんな工夫をした?移転作業を振り返り、同社代表小俣泰明氏とインフラチームのマネージャーを取材した。
―― まずはじめに準備期間、流れ、担当した方など、プロジェクトの概要から伺ってもよろしいでしょうか。
森谷(アルサーガパートナーズ システム本部 Divisionマネージャー):
はい、まず2021年の1月から移転準備をスタートし、5か月くらいでオフィスの引越しを完了させました。大枠の流れとしては、
(1)契約確認、更改(約5ヶ月前)
(2)ネットワーク機器見積依頼、業者選定、購入(約3ヶ月前)
(3)機器到着、設定作業(約2週間前)
(4)機器持ち込み、設定作業(移転前日)
(5)追加作業(LANケーブル制作、冷却機器取付など)(移転後)
と、進行しました。
―― インフラまわりは全て自社のエンジニアが担当された?
森谷:
そうですね。普段は、受託開発、自社サービスなどを担当するインフラチームの3名で担当しました。
小俣(アルサーガパートナーズ代表):
じつは、前回のオフィス移転の際にも、インフラチームに対応してもらって。今回は更に規模感の大きい移転。それを大きな問題なく、よく3人でやってくれたなと。自社のことですが、すごい(笑)本当にお疲れさまでした。
森谷:
それでいくと、2年前に行なった前回のオフィス移転の反省が活かせたのも、良かったのかなと思います。
プロジェクト進行メンバープロフィール
森谷さん:
システム本部 Divisionマネージャー
エンジニア歴10年、サーバーサイド、インフラを兼務。最近はサーバーレス技術(Lambda、API Gateway、Fargate、GCPのCloud RUN)の研究に励んでいる。趣味は、社内SlackでおもしろいTweetを紹介すること。今回の移転プロジェクトの進行管理役。
服部さん:
インフラエンジニア。
エンジニア歴3年。本来の生息地はAWS。どんなプロジェクトや要望にも、勉強し適応する自由形が特徴的。口癖は、「うち、Web屋ですよね!?」「何もしてないのに壊れた」。趣味は、自作PCとカメラ。
目賀田さん:
生粋のインフラエンジニア。
エンジニア歴1年。引き込まれた案件に顔を出すと言われている。今回の引っ越しでは、LANケーブル職人としても活躍。趣味は筋トレ、サーフィン、ゴルフ、スノーボードなど。
―― どのあたりの反省が活かせているのでしょうか?
森谷:
細かなところですが、前回は、小さな機器の紛失問題もありました。たとえば、引越し先のオフィスでいざ働きはじめようとしたら「スイッチングハブが無い!」「LANケーブルが足りない!」とか。
じつは、前回だとオフィスの島(シマ)の人にそういった機器も梱包してもらうよう、お願いしていたのですが、入れ忘れがあったりして。今回は、そういった機器類は、インフラチームがいったん全て回収し、配り直しました。
オペレーションでいえば、社員のみなさんにお願いしたほうがラクですが、多少手間がかかっても、意外と物理的な対策は大切(笑)。とはいえ、残りの作業も多く、まだまだがんばっているところです。
出社にも、リモートにも対応。存分にパフォーマンスが発揮できる環境を
―― 小俣さんに伺いたいのですが、このコロナ禍でリモートワークも実施しているなか、なぜ、オフィス増床を?
小俣:
今後、数年間の会社の成長を支えられるか、という観点で考えました。今回のオフィスは最大300人まで出社が可能で。たとえば、完全リモートのメンバーが600人くらいいたとしても、900名規模まで大丈夫な計算です。
現在の従業員数は150名ですが、拡大していくなかで「出社したいメンバー」のモチベーション“も”叶える。そうすることで成長を加速させたいと考えました。
まず、事業として成長していることが前提。そういったなか、そこそこの会社で満足をするなら、前のオフィスに居続けることもできました。
ただ、私たちが目指しているのは「日本中のIT化に貢献できる企業」です。なので、当然、従業員もまだまだ増やしていく。そのために増床を決めました。
―― たとえば、フルリモートの選択肢はなかったのでしょうか。当然、コストは抑えられると思うのですが。
小俣:
フルリモートを導入すると、それはそれで採用機会が半減してしまう、と考えました。フルリモートだと「リモートしたい人」しか採用ができなくなりますよね。出社か、リモートか、好きなほうを選べる方が大切です。
もうひとつ、じつは、感染対策を徹底しつつ「出社してもいいし、リモートでもいい」というルールにしていまして。
すると、毎日ではないですが、だいたい約6割くらいのメンバーはオフィスに出社していて。仮に1割が「忖度出社」だとしても(笑)約半分くらいは出社して働きたい意欲がある。そういったメンバーが揃っていると捉え、オフィス増床の判断の参考にしました。
移転前
東京都渋谷区南平台町
オフィス面積:461㎡
利用人数:100名前後
移転後
東京都渋谷区道玄坂一丁目12番1号 渋谷マークシティウエスト15階
オフィス面積:1,329㎡
利用人数:300名前後
「引越し」もプロジェクト。知識と経験の幅を広げられる
森谷:
エンジニア視点だと、「マークシティに移転する」と聞いた時、「有名なIT企業と同じ施設に名前を並べられるようになったか」と感慨深かった気がします。
会社が大きくなるのは、インフラチームとしても、やりがいを感じる部分。たとえば、引越しひとつとっても、回線を引き直したり、コーポレートチームと連携しながら必要事項の共有、契約まわりを確認したり、知識と経験の幅が広がりました。
働きやすい環境のために、エンジニアとして課題だと感じていたところも少しずつ解決できていて。たとえば、以前のオフィスだと、全員で参加する全社会をテレビ会議でつないだら、回線が圧迫されて、落ちました。リモート会議も増えているので、回線強化はやりたかったところ。
ただ、当然、ベンチャーなので、コスト意識はよりシビアです。いかにリーズナブルに回線を強化できるか。当初は、10Gbpsの回線も検討していたのですが、ルーターの見積りをとったところ、500万を超える見積で、予算オーバーに。いろいろ考え、1Gbpsの回線を複数用意し、エリアごとで利用する回線を分ける方式へと切り替えました。
スケジュールでいうと反省点も多かったのですが、移転まで残り2ヶ月、2021年3月くらいで、回線増強に伴うネットワーク機器刷新のための見積依頼を進め、VPNルーター(YAMAHA RTX1210)を3台、L3スイッチングハブ(YAMAHA SWX3200-28GT)、Wi-Fiアクセスポイント(YAMAHA WLX413)、アクセスポイントに電力を供給するためのPoEハブ(YAMAHA SWX2310P-28GT)などを購入しました。メーカーは既存機器との相性問題を考慮し、前のオフィスの時から使用していたYAMAHA製品で統一しています。
複数の回線でトラフィックをバランスよく分散させないといけないので、「どの回線に何人振るか」という判断が意外とむずかしかったです。
前のオフィスでいえば、1契約に、オフィスのネットワーク回線をすべてまとめておけばよかったので、特に判断に迷うことはありませんでした。
ただ、今回はオフィス用回線が2回線に増えたため、トラフィックをバランスよく分散させるため、たとえば、デザインとか、画像を扱ったり、動画を扱ったりする部署はトラフィックが多いであろうから、そこはトラフィックが少ない部門と束ねるというのを考えたのですが、結局あきらめました(笑)。席移動をするとバランスは崩れてしまいますから。
最終的には、オフィスの「島」ごとに「こちらの島は1番回線、こちらの島は2番回線」と分けています。
小俣:
もちろんさまざま理想を追えばきりがなくて、移転してすぐはコストが安いスケールアウト戦略でいこう、と。その上で、回線の設計、コストも考えながらバランスの良いネットワーク構築をするのは大変だったと思います。ただ、粘って試行錯誤してくれたことで、ネットワーク設計としてはやや煩雑ですが、効率の良い設計になったと思います。
新規で購入した機器類について
YAMAHA RTX1210 * 3台…お手頃な価格と必要十分な性能
YAMAHA SWX2310P-28GT * 1台…アクセスポイントへのPoEによる電源供給のため
YAMAHA SWX3200-28GT * 1台…今回細かくセグメントを分けることにしたため、L3スイッチが必要になったため。
YAMAHA WLX413 * 6台…社長からのオーダーにより、WIFI6に対応する必要があったため。
スポットクーラー(排熱ダクト付) ナカトミ NQ410-R…引っ越してから購入
液体運搬用タンク100L…引っ越してから購入
持ち運び用に20Lのポリタンク…引っ越してから購入
特注アダプタ…従業員の家族の協力のもと3Dプリンタで図面を起こし実家で制作
「オフィス移転チーム」は自ら調べ、解決できる人たちで組む
―― 今回の引越しで「もし次に活かすなら」という点はありますか?
森谷:
実際、新規で購入したもろもろの機器が届いたのが4月後半くらい。引越しが5月6日と迫っていた。愚直に設定をやりながら、後回しになっていたIPアドレス等の情報が手元に来たのが荷造りをする直前でバタバタでしたね。もし次回があるとしたら、1ヵ月前くらいには、そのあたりはクリアしておけると焦らずに済むなと思います。
また、先ほどの機器関連の見積依頼は、もっと早くに出しておくべきだったと思います。PoEスイッチ必要なものが全てそろったのは引越し後だったので、届くまでは前のオフィスで使っていたものを代用するなどの対応が生じてしまいました。
見積りは、先方からもらえるまでに時間がかかるのと、さらにそこから検討し…と、想定より時間がかかりました。とくにL3スイッチなどは、新規購入が必要だったのですが、そのあたりの見積りは、半年くらい前に見積依頼を出しておけると良かったかなと思います。
―― もし、同じように社内のエンジニアが、オフィス移転を担当する際に、より大切なポイントがあれば教えてください。
森谷:
まず、その期間は集中的に取り組めるように「引越し専任」を1人は置かないと回らないと思います。私も、最後の2週間は、通常のプロジェクトから一時的に離れ、社内のネットワークを構築する時間に費やしました。もちろん通常のプロジェクトのほうの相談に乗ったり、質問に応えたりはしていましたが、並行していたら引越しのほうが終わらなかったと思います。
また、引越し作業を自分たちでやる場合、基本的に、どのエンジニアにとっても専門外のこと。私たちのチームも、本来はクラウドが専門で、オフィスインフラはわからないこも多い。そういった状況で進めるため、自ら調べ、解決できる人たちでチームを組むことは大切だと思います。それができないと、逆に足手まといになってしまう。
とくにネットワークの場合、調べれば基本的な構成であれば事例が出ていますが、イレギュラーな事例、変わった構成にしようと思うと、そこまでシェアされていない。できれば、自分たちで検証用の機器を買って、試せるようにしておいたほうがいいと思います。
さらにネットワーク機器メーカーさんによっては、ユーザーコミュニティが活発で。YAMAHAさんのコミュニティでも、困ったところは、同じ機器を導入している先輩たちに相談ができ、すごく助かりました。ぜひこういったコミュニティやサポートも活用していくといいかと思います。