2023年9月に事業開始を予定する、官民協働のDXプラットフォーム「一般財団法人GovTech(ガブテック)東京」。理事長として就任予定なのが宮坂学さんだ。同法人立ち上げの目的・概要、そこで働くやりがい、得られる経験とは。スターティングメンバーの一般公募に併せて宮坂さんに伺った。
まずは「GovTech東京」の概要・立ち上げの経緯、その目的から伺ってよろしいでしょうか。
GovTech東京は、都庁の外部組織として設立する一般財団法人です。GovTech東京を通じて官民の力を結集し、DX推進を次のステージへと推し進めたいと考えています。
そのために最も重要なのが、いかに「永続的に良いデジタルサービスを生み出す体制」を作れるかの仕組みづくりです。行政のデジタル化は、一過性の運動ではなく、終わりなき永久運動です。属人的ではなく、常に安定的に何十年、何百年にわたってデジタル化を生み出せる組織の運動論を作ることが大事です。これをGovTech東京でめざしていきます。
「都庁の外部組織として設立」といった形を取る狙いもあるのでしょうか。
日本型IT社会の実現をめざし、政府が「e-Japan」という構想を掲げた2000年以来、東京都もデジタル化を推進してきました。しかし、都民の皆様の期待値を超えられなかったのが現実です。これまでの行政、公務員組織の中での運動論では、情報技術者が活躍しきれず、結果を出すことができませんでした。
過去の失敗の方法を繰り返すのではなく、新しいやり方に挑戦しなければいけない。その上で、東京都の外側にデジタル開発に特化した組織を立ち上げた方が可能性は大きいと考えました。
また、これだけ環境変化、技術革新のスピードが速く、多様な課題が複雑に絡み合う社会においては、官民協働で課題解決を進めることが有効になります。そのためにも外部に新たなプラットフォームを創出し、そこを「出城」としていく。スタートアップをはじめ、外部と日常的に交流し、行政の世界の外の文化を取り入れる。そうすることで行政の組織変革、新たな政策形成につなげていく狙いもあります。
区市町村の担当者たちからも期待の声が集まっている「GovTech東京」。特に区市町村が抱える課題について「区市町村の皆様が一番苦労されているのが、ガバメントクラウド(政府共通のクラウドサービスの利用環境)に基幹システムを移行させること」と語ってくれた宮坂さん。「特に苦戦している区市町村の担当者から、サポートしてほしいという声を多くもらっています。また、公共施設の予約システムなど自治体が共通で使えるようなシステムも、それぞれが調達しており、そこを共同化してほしいという要望もいただいています。そういった声を拾いながら、課題の解決に取り組んでいければと思います」
具体的に、GovTech東京ではどういった取り組みを行っていくのでしょうか。
東京都のデジタルサービス局と連携し、都庁各局や区市町村のDX、デジタル人材の確保・育成、データ利活用など、6つの機能を発揮していきます。
GovTech東京が掲げる6つの機能
「区市町村DX」
「都庁各局DX」
「デジタル基盤強化・共通化」
「デジタル人材確保・育成」
「データ利活用推進」
「官民共創・新サービス創出」
この時に重要なのが、小さな成功事例である“クイックウィン”を初年度に作り出していくこと。それらが毎年積み重なることで、大きな変化へとつなげていく。例えば、引越しのたびにいろいろな行政手続きが必要になりますが、「申請のために役所に行って並ぶ」「土日に役所が開いていないから半休を取得する」など、多くの人が負担を感じています。もし、自治体同士でデータ連携ができていれば、負担を減らせる可能性は充分にありますよね。小さなことかもしれませんが、こういった「今は当たり前になってしまっている不便なところ」の解消こそ、まずはやるべきこと。「マイナスをゼロにする」が実現できたら、ようやく新しいサービスの「ゼロからイチ」に挑戦する資格が生まれると考えています。
「小さな成功事例」を積み重ねていく。そのために大切な組織のあり方、めざす姿があれば教えてください。
優れたデジタルサービスを開発できる「開発者」と「政策起業家」この2つの顔をあわせ持った組織であることが大切だと考えています。「行政の下請け的」に開発を行う組織ではなく、「何を作るべきか」という上流から関わり、政策起業家的な役割も携わっていければと思います。
そういった組織にフィットするのはどういった人でしょうか。
特に変化が多く不確実性の高い環境での対応が求められるため、柔軟性を持ちながら、思考や探索を楽しめる人は向いていると思います。DXにおいて重要なのはDXの「X」、トランスフォーメーション。技術である「デジタル=D」は外から買うことができますが、それを使って「組織を変える=X」は中の人です。行政は誰もが使えるシステムで「X」を実現していくため、「X」の筋トレにもなるはず。民間企業に戻った際の変革プロジェクトでもいろいろ応用が効くはずです。
高いハードルもある「行政のX」に挑戦できる、ここは大きなやりがいとも言えそうですね。
それはあると思います。また、その挑戦が、行政では純粋に「世の中のための仕事」に直結しています。「世の中に役立つ」ということがダイレクトに感じられる、非常におもしろい仕事だと思います。
よく民間企業と行政では「大陸が違う」くらいの変化が経験できると表現しているのですが、転職というよりもはや「転生」に近い(笑)民間という「大陸」でキャリアアップをめざすのも一つの生き方ですが、長い職業キャリアのうちの10%の期間でもいいので、メイフラワー号に乗り込み「新大陸」である行政の世界で勝負する。その経験は、人生において大きな財産になるはずです。
「行政でのDX推進の経験は、民間企業に戻ったときの大きな財産になる」と語ってくれた宮坂さん。「民間と行政で人材が行き来することで、それぞれの知見や文化も混ざり合い、新たなエコシステムの形成に繋がると思います。GovTech東京がきっかけとなり、こういった取り組みが10年20年と続いていけば、世の中全体に「人のつながり」という大きな資産も残るはずです」
最後に「GovTech東京」を通じ、実現していきたいことについて伺わせてください。
行政が民間企業と違うところは、「100年単位で継続しないといけない」といったところにあります。民間企業でいえば、スクラップ&ビルドしたり、M&Aをしたり、さまざまな選択肢があります。ですが、行政の宿命は、絶対になくなってはいけないということ。だからこそ、誰がやってもデジタル化がちゃんと前に進んでいるという仕組みを作っていければと考えています。
行政の世界には、いわゆる「特定の顧客」が存在しません。民間企業であれば、お客様かそれ以外か、分けることができます。もっと言えば、企業側がお客様を選ぶことができる。マーケットシェアも30%ほどあれば、トップ企業です。ですが、行政では99.9%ですら許されない「シェア100%」が求められます。
デジタル庁が「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化」を掲げていますが、まさに行政らしいアプローチであり、我々としてもめざすべきところだと思います。ただ、「誰一人取り残されない」というのは、全員がデジタルツールを活用できるようになることではありません。デジタルツールが苦手な人は、窓口での紙の対応があってもいい。オンラインでもオフラインでも迅速に良いサービスを提供できるようにする。そのためのバックエンドの仕組み、データベースを整備していくことが重要です。また、行政サービスは「申請主義」と言われますが、補助を受けることができる状況にあっても申請に必要な情報を得ることができず、「そんな補助があるなんて知らなかった」と「取り残されている」ケースも少なくありません。こうした明確なペインポイント(痛みを伴う不便)を、データに基づき、行政側からサービスを受けることができる人にアプローチできるようにする。これが「誰一人取り残さないデジタル社会」ですし、一歩でも近づけられるように取り組んでいければと思います。