AI上場ベンチャー「ニューラルポケット」創業メンバー・経営層により、2023年3月に立ち上げられたSpiral.AI社。総額12.1億円を調達し、専業スタートアップとしては日本最大規模のGPUサーバーを導入。AIの社会実装を、巨大言語モデル(LLM)の世界で目指していく。大革新の波が押し寄せ「生成AI元年」となった2023年。そして2024年、彼らはどのような勝負を挑むのか。日本発のLLMスタートアップとして勝算はあるのか。Spiral.AI社の代表取締役である佐々木雄一さんに伺った。
「AI Character」に見る可能性
はじめに現在の事業内容から伺ってもよろしいでしょうか。
まだ創業1年目ということもあり、メンバーたちとディスカッションを重ね、さまざまな事業を模索しているのですが、その中で大きな可能性が見えてきているのが「AI Character事業」です。第一弾としては人気タレントである真島なおみさんと会話ができるAIコミュニケーションサービス「Naomi. AI」をリリースしました。
大規模言語モデル等の生成系AI技術を用いたサービスの開発を行うSpiral.AI社。実在の芸能人と音声やチャットで疑似的な会話コミュニケーションを体験できる日本国内初(同社調べ)のサービス
文章も、声も、その内容も、本人そっくりのAIとやり取りできるものです。とくにエンタメ業界は事務所さん含めて新たなチャレンジに対してすごく前向き。真島さんご本人もすごくポジティブで、快く引き受けていただきました。実際、真島さんの会話を学習させて作った言語モデルがあり、いわゆる「らしさ」の表現にも挑戦しています。まだ水面下ですが、実験的なプロジェクトを含め、真島さん以外の方とも話を進めているところです。
実在の人物やキャラをAIで作るサービスである理由とは?
私たちがやりたいことは「分身」をつくること。その考え方が根底にあるため、今は実在する人物、またはキャラクターを模倣し、拡張していくAIにこだわっています。たとえば、近い将来、小型マイクなどを身に着け、あらゆる受け答えを記録し、蓄積、学習させることで本人と同じ口調、パターンの答えを返していく、こういった世界観が当たり前になるかもしれない。それはもう生き写し、「分身」と呼んでいい。僕らは「Twin LLM」と呼んでいるのですが、その実現を目指し、事業拡大を目指しています。
Spiral.AI 代表取締役 佐々木 雄一
東京大学で物理学を専攻し、理学博士号を取得。スイスの欧州原子核研究機構(CERN)でブラックホールと超対称性粒子の研究に3年間従事。機械学習と統計手法を駆使し、分析アルゴリズムを開発。McKinsey&Companyにてコンサルタントとして企業戦略の策定とデータ活用を支援。AIブーム時にはDeepLearning専門のXCompassで取締役兼R&Dセンター長を務め、技術と事業開発を推進。ニューラルポケットの初期メンバーとして画像認識AIの研究開発を行い、CTOとしてスマートシティのAI実装を目指す。ニューラルポケットは創業から2年半で上場し、社員数を250名に拡大。その後、AIの社会実装を、今度は巨大言語モデル (LLM) の世界で実現することを目指し、当時ニューラルポケット社COOだった周涵氏と共に、2023年3月、Spiral.AI株式会社を設立した。
偉人の復活も。「Twin LLM」が実現できること
その「Twin LLM」はどのような活用を想定していますか?
Naomi.AIのようなエンタメ領域はもちろん、一般企業におけるマネジメント、採用活動などビジネス全般にも大きなインパクトがあると考えています。
たとえば、新入社員たちは先輩や上司の「Twin LLM」と対話していくだけで、自ずとオンボーディングされ、活躍が近づいたり。先輩や上司は効率良く新入社員を教えられるし、新入社員側も「Twin LLM」からなら、少しきついことを言われてもあまり傷つかない。こんな風に「私のTwin LLMに聞いておいて」がマネジメントの当たり前になるかもしれません。さらに企業の採用活動に関しても「お互いのTwin LLMを対話させ、マッチするか見てもらう」ができるかもしれない。すでにマッチングアプリには一部実装されていたりもするので確実に広まっていくはずです。
もっといえば、故人の言語モデルを持っていれば、ある意味で現世に復活させ、擬似的に対話することも夢ではありません。松下幸之助さん、稲盛和夫さんがビジネスの壁打ち相手になってくれるかもしない。アインシュタインだって復活させられる。そんな風に、僕らは過去の偉人含め、人類全員が「自分のLLM」を持つ時代を見据え、新たなサービスを模索していければと考えています。
「前職はCTOでしたが、今回はCEOとしての起業。やるからには私自身の人生全てを賭け、世界で誰もが名前を知るような大きな会社を作っていきたいです。ぜひ同じような志ある仲間と働いていければと考えています」と語る佐々木さん。
ブームが沈静化した後にやってくる社会実装
仮に「Twin LLM」が世に広まっていくとしてもOpenAIをはじめ、海外のビックテック企業に日本発のスタートアップは対抗できるのでしょうか。
対抗といった表現が正しいのかわかりませんが、マーケットが立ち上がっていくなかで、日本発のスタートアップも戦っていけるし、海外企業と正面からぶつからない領域は存在すると考えています。
海外企業が出す新しい生成AIサービスを目にするたびに、日本は勝てない、新規性がないと感じてしまうかもしれませんが、本当にそうでしょうか。蓋を開けてみれば、まだまだ使えないもの、使いづらいものも多く、ユーザーの真のニーズに応えられていないケースも少なくありません。
2023年12月の現時点でいえば、世界中を見渡してみて、はっきりと「マネタイズに成功している」と言える言語モデル系のプロダクトはほとんど登場していない。生成AIを動かすコストのほうが遥かに大きく、多くの人たちが使えば使うほど赤字になってしまう現状もあります。やはり、いかにビジネスに落とし込むか、社会実装していくかが課題に。今のブームが沈静化し、そこからようやく社会実装フェーズに入るはず。この2年、3年ほどを見据えてじっくりと向き合っていければ、といったスタンスです。
ちなみに「海外企業と正面からぶつからない領域」はどういったところになると考えていますか。
ビックテックがやりづらいのは、EQ(Emotional Intelligence Quotient)=心の知能指数的が必要な領域だと考えています。今の生成AIの動向を見ていると、どうしても「回答の正確性」に重点を置く左脳型、IQ的な進化が目立ちますよね。それは市場が、正確性に期待を寄せており、問題解決に向かわざる得ないからだと考えています。
ですが、人間が求めるのは「正確性」だけではないはず。たとえば、タレントであるアンミカさんが通販番組で人気ですが、「その視点があったか」「よくそこを切り取ったな」「感情表現が豊か」などが純粋におもしろいわけですよね。普段のコミュニケーションにしても「そうだよね」と共感から入ったり、「わからないけど」と枕言葉がついたりもする。そういった機微、ニュアンスを含めた、人間らしさ、会話の心地良さをどう実現するか。また、日本ほど自治体にせよ、企業にせよ、キャラクターを持ち、大事にしている国は他にはありません。受け答えの機微、ニュアンスでおもしろがるのは日本っぽいカルチャーにも合っているはず。人間性の再発掘こそがテーマであり、日本発のスタートアップとして勝負ができるところだと思っています。
「先端技術は常に盛り上がっては盛り下がり…必ずこれを繰り返していきます」と語ってくれた佐々木さん。「まずは期待が先行し、やがて沈静化していく。AIも同様のサイクルを何度も繰り返しています。僕自身、何度もその波を経験してきたので、今回のブームもある意味で冷静に見ているところ。期待が一段落した後、どこまで技術をキャッチアップし、確かに使えるものに落とし込めているか。地道な努力が大事になるはず。前職でも「これって何に使うの?」という技術、製品がマーケットにフィットしていくプロセスを経験してきました。隠れたニーズをAIが埋め、マネタイズへの道が開けていく。生成AIも同じように今は「これって何に使える?」から始まり、隠れたニーズを見つけていくことで、ビジネスとして可能性が広がると考えています」
技術で、歴史に爪跡を
最後に、ご自身の志について伺ってもよろしいでしょうか。
小学校の頃から「世界の技術を10年分、自分が生きている間に進めたい」というミッションを自分の中にあり、それをパッションとして持ち続けています。AIに関していえば、人間の脳をサポートしていく技術でもあり、人類の歴史を進めていく鍵になる。そう考え、取り組むテーマに決めました。Twin LLMにしても、もし、イーロンマスクが私の壁打ち相手になってくれたら、経営の意思決定の確度がアップし、歴史を早送りできるかもしれない。それこそアインシュタインのLLMを作ることができ、現世に復活させられたら、10年先へと技術を進めてくれるはず。とにかく子どもの頃から技術が好きで、技術によって歴史に爪跡を残したいと思い続けてきました。そして、技術によって進んだ未来を、世界を見てみたい。ただただ好奇心に突き動かされているのかもしれません。今回加わっていただける方もぜひそんな思いを共有しつつ、世界に大きな渦を巻き起こしていければと思います。