誰もが安全・安心に暮らせる公正・公平な社会の実現を――法秩序の維持や国民の権利擁護を担う法務省が「総合職」「検事」の経験者採用(キャリア採用)を実施する。今回は同募集にあたり、電機メーカー勤務を経て出入国在留管理庁(*)へと入庁した小田侑哉さんを取材した。
*出入国在留管理庁(通称「入管庁/にゅうかんちょう」)…法務省の外局として設置された行政機関。日本の出入国・在留管理行政を一元的に担う。
■法務省について
日本の中央行政機関の一つである法務省。基本法制の維持・整備や法秩序の維持、人権の擁護、出入国管理業務などを所管する。その目的は、誰もが安全・安心に暮らせる公正・公平な社会の実現である。この目的を達成するため、法務省には大臣官房のほか民事局、刑事局、矯正局、保護局、人権擁護局、訟務局が設置されているほか、出入国在留管理庁、公安調査庁といった外局などが設置されている。また、検察庁、法務局、刑務所・少年院、保護観察所、地方出入国在留管理局、公安調査局といった「現場」の機関を全国各地に数多く有しており、合計5万人以上の法務省職員が働いている。施策の企画立案などを担う本省と、国民一人一人に向き合って施策を実行する現場の機関が、一体となって法務省の行政(法務行政)を推進している。
今回公募するのは幹部候補として活躍することが期待される「総合職(全4ポジション)」と、法曹有資格者を対象とした「検事」の計5ポジション。実務上高い専門性を培う必要がある法務省においては、総合職も原則として局/庁単位での採用となる。今回は矯正局、保護局、公安調査庁、出入国在留管理庁で公募を行なう。また、国家公務員試験で課される教養試験や専門試験といった筆記試験を免除し、面接や小論文を用いて一般企業に近い形で選考を実施。多様なバックグラウンドを有する優れた人材を広く募る。
もともと電機メーカーで勤務していた小田さん。まずは前職の仕事内容、そして入庁の経緯から話を聞くことができた。
前職は、換気扇や空気清浄機、除湿機といった製品を開発・製造する電機メーカーの経理職として働いていました。入社から4年ほど転職を考えることはなかったのですが、その後コロナ禍が一つのきっかけとなりました。社会が大きく混乱するなか、ふと考えるようになったのが「自分の仕事はどう社会に役立っているのだろう」ということでした。
もちろん経理として、会社の経営を支え、社会に良い商品が出れば、より良い生活の実現に貢献できるかもしれません。ただ、どうしてもその関わり方は間接的なもの。そうではなく、社会に対し直接的に影響を与えていけるような仕事ができないか。そして、学生時代から抱いていた「日本と海外、特にアジアの架け橋になりたい」という思いを叶えたいと考えるようになりました。
もともと法整備支援や国際協力の分野に関心があり、その一環で大学時代にはカンボジアへの留学を経験しました。この留学で初めて自分が「外国人」の立場になったことで強く感じたのが「日本はとても恵まれている」「日本に生まれてよかった」ということ。100年後もそう思えるような日本の社会にしていきたい。また、日本とアジアをつなぐ平和の架け橋となり、日本社会の発展につながる一助となる仕事がしたいと考えました。じつは出入国在留管理庁(旧入国管理局)のことは大学時代から知っており、挑戦したいという思いがありました。メーカーや経理職とは全く異なる分野ですが、転職にためらいはなく、むしろ社会に直接貢献できる仕事への期待が大きくありました。「やらないで後悔するよりは、挑戦してダメだった方が良い」と考え、改めてチャレンジしようと応募し、入庁を決意しました。

小田 侑哉|出入国在留管理庁 参事官室 法規企画第二係長
2016年3月に大学を卒業後、同年4月より大手家電メーカーのグループ企業・経理センターにて勤務。その後、2022年4月に出入国在留管理庁に入庁。情報システム管理室、参事官室、東京出入国在留管理局、法務省大臣官房会計課での勤務を経て、2025年4月より現職(出入国在留管理庁 参事官室 係長)に至る。入庁時の選考について「特に印象に残っているのは、官庁訪問の面接で担当者の方と入管政策についてディスカッションしたことです。」と話す小田さん。
こうして2022年、出入国在留管理庁に入庁した小田さん。入庁後に携わり、特に印象に残っている仕事について話をしてくれた。
特に印象に残っているのは、令和5年の入管法改正に携わった業務です。内容が多岐にわたる改正だったのですが、入庁1年目から関わることができ、非常に貴重な経験でした。政府としてどのような政策を作るべきか、そしてそれをどう国民に理解してもらうのか。立場の異なる意見の間に立ち、最適な着地点を見出すことの難しさと、その責任の重さを痛感し、深く考える機会になりました。私は、いわゆる送還忌避者(*)のデータ集計・統計、資料作成に携わったのですが、広く閲覧され、その影響力を感じることもできました。事実として何が言えるのか、正しい情報はその後のさまざまな議論の土台にもなるものです。また、改正された法律がその趣旨に則って社会で適切に使われるためには、法律成立後のプロセスもまた重要であることを学びました。
(*)参考
送還忌避者について…入管法に定められた退去を強制する理由(退去強制事由)に該当し、日本から退去すべきことになった外国人の多くはそのまま退去する。一方で中には、退去すべきことが確定したにもかかわらず退去を拒む外国人がおり、「送還忌避者」とされる。https://www.moj.go.jp/isa/policies/bill/05_00007.html

続いて、現在の所属組織とその役割、仕事のやりがいについて聞いた。
私が所属する参事官室では、法律の改正のほか、国の法律を具体的に動かすための全国的なルールとなる「政令」や「省令」案の精査、内閣法制局審査への対応、関係省庁・入管庁内の関係課室との調整などを行なっています。法律は成立しただけでは社会で適切に運用できず、法律より一つ下の階層である「政令」や「省令」といった、より具体的な手続きを定めたものが必要になります。それらの具体的な検討を各担当部署が行ない、参事官室に提出され、条文化していくといった役割を担います。
また、それらの施行準備において重要になるのが、現場で使いやすいようにすることです。多角的な現場の目線を持ち、運用場面を想像していく。もちろん自分の目で全ての現場を確認できるわけではないので、実務に詳しい経験豊富な上司や同僚に話を聞くことなどを大切にしています。また、特にウェイトが高いのが「政令」に関する内閣法制局の審査です。「政令」は閣議決定を経て公布・施行されるため、法律に次ぐ厳密な手続きが求められ、審査もより厳格に行なわれます。私たちは内閣法制局に対して、実現したい政策内容や、条文表現が他の法令の用例に基づいていることなどを説明し、さまざまな指摘に対応していきます。他の法令との矛盾はないか、表現の違いが意図せぬ解釈につながる可能性がないか、法的妥当性、整合性、正確性を慎重に精査します。つまり、参事官室は法令の改正、法令解釈の最終的な責任を担う部署でもあるということです。非常に慎重な姿勢が求められますし、責任は決して小さなものではありません。同時に自身が携わった法律が直接的に社会で使われていく、そういった大きなやりがいを感じられる仕事でもあります。

令和6年度の「育成就労制度」創設と、「在留カードとマイナンバーカード一体化」に伴い、その施行準備などにも携わっている小田さん。やりがいの一方で、知っておいたほうがいい厳しさとして「時期や部署による繁閑の差はありますが、ある程度の多忙さは覚悟する必要があるかもしれません。」と話す。「特に国会会期中は緊急の対応が求められるなど忙しい部署が多いように思います。また、着任間もない立場であっても担当する分野の“専門家”としての役割が求められます。たとえば、担当する法令の詳細、法改正の経緯などが把握できているか。主体的に学び続ける必要があり、その姿勢はどの分野を担当するにせよ求められると思います。」
そして取材後半に聞いたのが、小田さん自身の「目標」について。
入庁の動機と重なりますが、「日本と海外、特にアジアをつなぐ架け橋になる」ことが私の目標です。たとえば、在留する外国人が増えることで雇用、治安、社会保障などにどのような影響があるのか、まずはそういった見通しを持つことが重要だと考えています。その上で、どうすれば互いを尊重しつつ、軋轢が生じない共生社会につながるか、私一人の力は微力かもしれませんが、さまざまな考え方や立場を尊重しつつ、中長期的な視点で考え続けていければと思っています。もちろん「架け橋になる」ことや「共生社会を考える」ことは、ルールを守らない人に対してただただ優しくすることではありません。むしろ、ルールに則って適切に対応していくことが重要です。たとえば、それが送還忌避者であれば、そういった人が減ることで外国人に対するイメージも良くなり、結果として「軋轢の生じにくい共生社会」にもつながっていくと考えています。
最後に、小田さんにとっての「仕事」とはどういったものなのだろう。
私にとって仕事は「社会により良い影響を与えるための手段の一つ」だと思っています。改めて振り返ってみると、子どもの頃から地図や国旗を見るのが好きで「海外」に興味を持つようになりました。そこから「困っている人を助ける弁護士」に憧れ、法学部へと進学をしました。結果的に弁護士になることはありませんでしたが、その「海外」と「人のためになることがしたい」という軸、思いは変わっていないように思います。国家公務員の仕事は、中長期的に社会のためになる「仕組み」をつくっていくもの。どういう社会をつくりたいのか。そしてどのような立場で、どのように関わりたいのか。最終的には自己満足なのかもしれませんが、人生のかなりの時間を費やす「仕事」を通じ、少しでも社会に良い影響を与えていければと思います。