「観光としての発展」、そして「地域住民の豊かな暮らし」を両立させる次世代の地域共生型リゾートへ。長野県下高井郡 野沢温泉村(以下、野沢温泉村)の挑戦が今始まろうとしている――その指揮を執るのが、2025年4月に新村長となった上野 雄大さん(44歳 ※取材当時)だ。もともとプロスキーヤーとして活躍した実績を持ち、生まれ故郷である野沢温泉村の新たな発展に向けた一歩を踏み出す。「今回の公募を含め、今が野沢温泉村の未来を左右する重要な分岐点だと考えています」と真剣なまなざしで話す上野さん。野沢温泉村で描くビジョン、公募への思いとは。


海外観光客からも高い人気を誇る「野沢温泉スキー場」を主軸に、歴史ある湯治文化、道祖神祭りなどの伝統行事、情緒ある街並みなど、さまざまな魅力溢れる「野沢温泉村」。2025年4月、新たに上野雄大さんが村長に就任し、新村政がスタートした。まずは村として取り組む課題・重要テーマから話を聞くことができた。
まず重要なテーマとして位置づけているのが「観光としての発展」と「地域住民の豊かな暮らし」の両立です。野沢温泉村は、これまで100年にわたりスキーや観光で潤ってきた村でもあります。近年はインバウンド需要の増加により、特に冬場の観光は活況となっています。ただ、その裏では「地域の暮らし」が圧迫され、徐々にバランスが崩れてきている現状もあります。
特に野沢温泉村は、これまで村民が主体となり、水や土地、温泉といった資源管理、スキー場運営などに取り組んできた歴史的な経緯があります(※)。たとえば、地域にある温泉は、村民が無償で清掃・管理を行なっている場所でもあり、観光客で混雑する冬場の温泉は汚れが特に酷く、その負担は年々大きなものになっています。当然、冬場はゆっくりその温泉に浸かりにいくこともできていません。
(※)野沢温泉村には、江戸時代後期より続く、伝統ある地縁団体「野沢組」がある。村人(組員)自治組織として全員村民で構成され、村人の共有財産である山林や水源、温泉を守り、村人の生活全般を支えている。現在は、野沢温泉村長が認可する地縁団体として法人化されている。また同団体が「野沢温泉スキー場」における株式の52%を保有しており、その運営・経営にも村民たちが深く関与している。
さらに深刻なのは、不動産価値の上昇です。観光が発展すればするほど、不動産価値が上がり、「物件を売り、村を離れよう」という村民の動きも加速しています。このまま何もしなければ村離れが進み、野沢温泉村らしさ、歴史・文化は失われてしまいます。今後、外部資本による画一的なリゾート開発が進むことになるかもしれません。こういった問題にどう取り組むべきか。まだ明確な答えは出ていませんが、少なくとも、これまで村民主体で運営されてきた村だからこそ、村民皆様の「声」を拾い上げ、政策に反映させていきたい。そういった覚悟と危機感を訴え、新しい村長に選んでいただきました。そして、今まさに本来聞くべき「声」を整理し、どのような村づくりを進めるべきか、どのような形にしていくのが理想なのか、対話と相互理解から取り組んでいるところです。ここからは中長期的なビジョンを策定し、具体的な政策にしていく。そういったロードマップを描くためにも、外部を含めてさまざまな方々の力が必要だと考え、今回の公募に踏み切りました。

上野雄大|YUTA UENO|野沢温泉村 村長
1981年5月25日 長野県下高井郡野沢温泉生。2歳からスキーを始め20年間アルペン競技選手として活動。その後、フリースキーハーフパイプ日本代表選手として国内外で活躍。現役引退後、野沢温泉村内にて通年型アウトドア関連事業を展開。ショップ、レンタル、ツアー企画運営などを手掛け、有休施設を活用し4店舗を経営し、若者移住者の雇用創出など地域課題解決に取り組んだ。2021年からは野沢温泉村の議会議員としてさらなる豊かな村づくりに躍進。2025年3月野沢温泉村長選挙へ立候補・当選。現在に至る。


続いて聞いたのは、目指していきたい「野沢温泉村の姿」について。上野さんは「世界に誇れる理想郷」だと話す。その真意とは。
これまで世界中さまざまなリゾート地を訪れましたが、出た結論としては「野沢温泉村が目指すべき姿は、まだどこにも存在しないのではないか」というものでした。
もともと「スキーリゾートにおいて夏季観光をどう盛り上げるか」といった観点から、たとえば、カナダのウィスラーを参考にすべきだと思っていました。ですが、昨年改めて視察し、「野沢温泉村として目指したい姿ではない」という考えに至りました。確かに夏季観光も盛り上がっており、観光地としての進化にも驚きました。ただ、あれだけ整備された大規模且つ完結した観光インフラを整えることは到底できません。また、大手開発企業や外資系ファンドによる投資、商業化・グローバルブランドとして展開が進めば、世界中どこでも同じようなサービスが提供される場所となってしまいます。地域に根づく文化・歴史、伝統行事や地域の暮らしとの接点は希薄になります。さらに投資による不動産価値の上昇で、スキー場の麓に住んでいた人々はいなくなり、「地域住民の暮らし」が外に追いやられてしまいます。
果たしてそれでいいのでしょうか。私自身、子育てをきっかけに生まれ育った野沢温泉村に戻ったのですが、本当に素晴らしい場所です。何よりも「野沢温泉らしさ」を失いたくない。厳しい豪雪地帯でありつつ、地元に残り、そして温泉資源や伝統文化を守っている人々がいます。そんな「湯沢温泉村らしさ」を維持・活用しつつ、年間を通じた地域資源活用による収益還元、雇用を「住民の暮らしの豊かさ」につなげていく。これが実現できれば、野沢温泉村は、世界に類を見ない独自の歴史・文化が残る山岳リゾート地、誇れる理想郷になるはずです。そういった真の「地域共生型リゾート」に挑んでいく。今回の公募はその重要な一歩として位置づけています。
野沢温泉村を世界に 誇れる理想郷へ|5つの政策の柱
1)村づくり
村民の声を聞き、村政の見える化を実現する「暮らしの充実第一主義」を掲げる。そのために、各地区懇談会を再開し、世代ごとや各種団体との定期的な対話を実施。また、人口減少に対応するための暮らしの仕組みの見直しを検討する委員会立ち上げを進めている。
2)経済活性化 / 観光 / 農林業
新たな財源の確保に向け、夏季観光、農林業含む、年間を通じた地域資源の活用促進を図る。特に「夏季産業と観光」「歴史的文化財の有効活用」への投資比率を増加させ、指定管理へ。冬だけに依存しない観光地を目指す。たとえば、夏場にはエネルギー循環の取り組みを活かし、村内を電動自転車で巡るアクティビティ体験の提供、企業による視察・研修受け入れなども検討する。
3)教育・子育て環境整備 / 人材育成の推進
若者の生活環境の改善を徹底へ。休日保育の導入と遊び場の整備を積極化。ボーディングスクール導入のための検討会を立ち上げ、若者の意見を地域の重要項目と位置づけ具現化していく。子育て世代の移住支援など、自然環境の中での育児を支援する仕組みを構築し、新たな財源の確保につなげていく。
4)健康増進 / スポーツ振興スポーツを通じた地域活性化を推進。村民に向けた健康増進プログラムを提供し、健康寿命の延伸と保険料負担の軽減に努めていく。村内の各団体を統合してスポーツイベントや合宿の積極的誘致なども検討へ。100年にわたりスキー産業で発展してきた歴史があり、オリンピアンを多数輩出した実績も活かし、スポーツ文化を通じた地域活性につなげていく。
5)景観保全 / 自然エネルギー
美しい自然環境と景観保全の取り組みを強化する。自然と調和した街づくりを推進し、村内の街灯運営システムの見直しを図る。中高層建築の条例の見直しを行ない、エネルギーの村内循環を目指し、クリーンな村づくり、脱炭素地域の推進を促進していく。雪と共に暮らしの礎を築いてきた地域として、いかに自然環境を守りつつ、自然の力を活用したエネルギー循環、エネルギー事業を通じた地域住民や事業者に利益還元される仕組み構築を目指す。自然資源に生かされてきた地域、人口約3500人の村から成功事例を生み出し、世界に向けたメッセージとして発信していく。
「目指すのは、これら全ての政策・取り組みに携わる人々が「循環」する村づくりです。たとえば、旅行者、村民、地域の事業者、役場・行政など全員が接点を持ち、得られるもの、享受できる利益が循環する、そういった仕組みを共に考え、実行してくださる仲間を求めています」(上野さん)


今がまさに分岐点にあるという野沢温泉村。今回の公募で求める人物像について聞くことができた。
全ポジションに共通する資質、抽象的なマインドになってしまいますが、前例にとらわれず、未来を見据え、新しいことに挑戦したい人を求めています。もっと言えば、前例をつくっていく覚悟、情熱のある方が理想です。
たとえば、「夏季観光」を例にとってみても、1シーズンだけの施策や取り組みであれば、そう難しくありません。これまでもさまざまなアイデアを試してきました。ただ、ビジョンを共に描き、他の地域には無いもの、確固たる価値を生み出すことは簡単ではありません。さらに「観光」と「暮らしの質」を両立させ、100年先の理想的なリゾートを見据え、挑戦し続けることが求められます。野沢温泉村は豪雪地帯ですし、都会的な施設は少なく、正直、給与も高いとは言えません。そこには覚悟と情熱が不可欠です。ですが、それさえあれば、世界屈指のスキー場、温泉、伝統文化、雄大な自然、そしてこの地で暮らす人々の逞しさ、誇り、温かさなど「豊かさ」があります。世界中のどこでも経験できない、目指すべき姿から描く「理想郷づくり」が体験できるはずです。
今まさに各地区の座談会や会合などを通じ、意見を取り入れながら「100年構想」をカタチにしているところでもあります。これからの村が目指していく方向を少しずつ言葉にし、構想にしていく。その構想を考えるところから、戦略を練り、チームを作り、実行していく。こういった経験も野沢温泉村だからこそ得られるものですし、キャリアの財産になるはずです。



なぜ「100年」の構想を描くのか。そこには「野沢温泉村」発展の歴史があると上野さんは話す。
2023年で「野沢温泉スキー場」開業から100年を迎えたのですが、その節目を踏まえて次なる「100年」の構想を描こうと決めました。約100年前、厄介者だった「雪」をどうすれば味方につけられるか。村民たちは一丸となり、1本のワイヤーを引き、スキー場の「第1リフト」が生まれました。そこから現在につながり、世界中から人々が訪れ、とても賑わう地として発展を遂げてきました。
当時の村民が100年後を具体的に描いていたかはわかりません。ただ、「みんなで豊かになろう」という思いは着実に実現されてきました。100年でこれだけの発展を遂げたのだから、次の100年でも新しい「発展」があるはずです。私自身も多くの恩恵を受け、まさに村に育ててもらったと思っています。ここからは、基盤を残しつつ、見直すべきところは見直し、次の100年に向け、より豊かに暮らせる村にしていきたい。当然、私は「100年後」を見届けることはできません。それでも今回加わっていただける方々、そして村民皆様と共に次世代に向けた取り組みを始めていければと考えています。
最後に、上野さん自身の価値観についても聞くことができた。彼にとっての「仕事」とは一体どういったものなのだろう――。
あくまで私個人における価値観ですが、「社会の土を耕し、次代に芽を託す」ことが仕事であり、それが使命だとも思っています。「社会の土を耕す」とは、広い意味で、社会を支え、発展させていく基盤づくりなのかなと思っています。アスリート時代にも感じていたことですが、スポンサーや応援してくださる方々がいてこそ、競技に打ち込めるわけですよね。また、アスリートを引退し、事業を立ち上げた時も、たくさんの人たちの支えがありました。そこから、そもそも事業計画を緻密に立てるタイプではありませんでしたが、まずは人々に幸せや楽しさ、喜びを届けることを考え、その結果、対価としてお金がもらえるだろうと向き合ってきました。その後、そもそも村の発展がなければ事業の成長はなく、循環する仕組みも生まれないだろうと村議会議員、首長になりました。こうして振り返ってみると、多くの人たちの支えや応援、村の発展、そして社会の循環があり、自分は生かされてきたのだと思います。だからこそ、これからはその恩返しをしていく意味でも、夢ある未来がこの村に息づき続け、村全体の利益につながるよう、土を耕していければと思います。
野沢温泉村 合同公募プロジェクト|募集団体について
今回の公募は、
■ 野沢温泉マウンテンリゾート観光局(DMO)
■ 野沢温泉スポーツコミッション
■ 野沢温泉村(村役場・行政)
3団体での合同募集となります。
それぞれの組織における役割、募集背景をご確認ください。豊かな自然と温泉、そして多様なアクティビティを有する野沢温泉村において、観光振興、スポーツ振興、地域政策の各分野で活躍いただける意欲的な人材を求めています。
▼ 野沢温泉マウンテンリゾート観光局(DMO)
村内の各種団体を取りまとめる役割を担う観光局(2023年に団体登録)。旅館組合、商工会、(株)野沢温泉(スキー場の管理会社)、村役場が構成員に含まれる。重要決定を行なう際に各団体から理事が一人ずつ出席し決議を行なう。特に、2025年度はこれまで各団体が独自に行ってきたマーケティングやプロモーション活動を、「村の観光資源」を軸に統合・戦略的な実行を目指していく。既に総合的な地域の広告情報発信も観光局が担っており、役場の「観光産業課」との連携も進んでいる。
▼ 野沢温泉スポーツコミッション
スポーツ庁からの補助金を活用した「スポーツを通じた観光振興」と「住民の健康増進」のための検討委員会として立ち上がった団体(2024年)。スキークラブ運営(※)、村のイベント受け入れ実行委員会などをまとめるハブとしての役割を果たす予定となっている。その他、スポーツ関係の施設の管理、合宿やイベント誘致、ネーミングライツ活用・スポンサー獲得、企業版ふるさと納税などの企画立案・実行を担い、各スポーツ事業収益分配の仕組み構築、経済効果へとつなげていく。(※)現在スキークラブは任意団体として活動しており、子どもたちへの指導やスキー大会の現場運営などを中心に行なっている。教育委員会と連携し、小中学校のスキークラブにコーチを派遣してもらうなどの取り組みも実施している。
▼ 野沢温泉村(村役場・行政)
住民の生活を維持し、暮らしを支えていく基盤づくりを担う。エネルギー分野、デジタル化の推進も重視しており、2026年度の春には組織改革・新たな課の設置を予定している。特に人口減少が進む中、デジタル化における知見・スキルを外部から取り入れていく。行政手続きのオンライン化、遠隔医療、地域交通の確保、教育・育児支援、新たな産業創出などデジタル活用を検討していく。※野沢温泉村役場の公募については後日公開予定です。





