起業経験を活かし、「副業」でスタートアップ支援を――名古屋市が「客員起業家」公募を実施する。この公募にあたり現在、同市の客員起業家(スタートアップ・エコシステム構築の推進リーダー)として活躍する木野瀬 友人さんを取材した。もともとニコニコ動画運営「ニワンゴ」共同創業者である木野瀬さん。なぜ、彼は本業であるスタートアップのCTOと並行し、名古屋市の客員起業家を務めるのか。そこには「地元名古屋に貢献したい。先端領域で活動できる場を広げたい」という思いがあった――。
2023年7月、名古屋市の公募を通じ、国内初となる市役所で働く客員起業家(EIR)となった木野瀬さん。はじめにそのきっかけから話を聞くことができた。
もともと22歳でニワンゴを共同創業し「ニコニコ動画」を世に送り出してきました。その後、VCでパートナーとして働くなどもしたのですが、40歳というタイミングで「次は何をやろう」とキャリアを模索していた時期があったんですよね。ちょうどそのタイミングでスタートアップ関連のイベントに顔を出し、偶然、名古屋市職員の方々と知り合う機会がありました。市役所内に「スタートアップ支援室」があること、そして全国で初めて自治体として「客員起業家」公募があることを知り、興味を持ちました。実際、応募要項を見て「自分のやってきたことが活かせるかもしれない」と応募し、現在に至ります。
もともと名古屋で育ったのですが、僕が学生だった頃は「テクノロジーの先端領域で仕事をしよう」と思うと東京に出る以外の選択肢はありませんでした。もしかすると何かしら仕事はあったのかもしれませんが、少なくとも知ることができず、もどかしい気持ちもありました。「先端領域で活動できないから東京やシリコンバレーに行く」ではなく「名古屋だからこそ先端領域に携われる」という環境にしたい。そういったところに少しでも貢献できればと、名古屋市の客員起業家として働くことにしました。
木野瀬 友人|名古屋市 客員起業家(スタートアップ・エコシステム構築の推進リーダー)
幼少期から技術の実用化に興味を持ち、慶應義塾大学総合政策学部にて人工知能とサイバーセキュリティーの研究をはじめ、SFC(湘南藤沢キャンパス)ならではの多様な先端領域に触れる。2005年、当時ドワンゴ会長の川上量生氏、2ちゃんねる管理人西村博之氏とともに株式会社ニワンゴを設立、エンジニアリングスキルのある取締役としてニコニコ動画の周辺サービスの企画・開発に従事。シリアルアントレプレナーかつ、経営から開発までを見通す人材として数多くの会社に貢献。Antlerでは日本のパートナーとして日本発のグローバルスタートアップ創出および技術シーズの商用化を担う。現在は株式会社エアトランク執行役員CTOと名古屋市客員起業家を務める。
こうして名古屋市の客員起業家として働き始めた木野瀬さん。その仕事内容・ミッションについて聞くことができた。
僕のミッションとしては、名古屋のスタートアップ・エコシステムを構築することです。「名古屋」と言いながらも東海エリア全般において活動しており、より広い立場で関わる機会が多く、基本的には施策の立案・実行がメインですが、起業家を目指す人たちの心理的サポート、実務的な支援・サポートなども行なっていますね。たとえば、ブランディングのイベントを東京で開催したり、名古屋での交流会に東京などのプレイヤーを招待したり。その他にも、スタートアップ創出のためのハッカソンイベント、起業家教育の事業や講演活動、ピッチの審査員などもしています。スタートアップ支援施策の改善から現場まで、行政と起業家の両サイドに立ちながら、起業家と共に夢を循環が生まれる「場づくり」が主な役割です。
これはやってみて気付いたのですが、自治体としてのスタートアップ支援は、国のスタートアップ政策の実行においても、とても重要な役割を担うということです。たとえば、僕がそれまで携わることが多かったディープテックや医療研究領域など、さまざまな国のスタートアップ支援制度・施策は、多くの人たちが口を揃えて「なかなか地方の大学やスタートアップには届かない」と困っていました。そもそも「ツテ」がないと。ですが、自治体であれば大学とのつながりがありますし、何よりも創業前の起業家志望の人とつながることができます。つまり本当の意味の「上流」を掴みにいける。ある意味、国と地方のスタートアップの連携をスムーズにする潤滑油のような役割を担うことができると感じています。
これまでにない「自治体の客員起業家」という役割だが、どういったスタンス、向き合い方がより重視されるのだろう。
シンプルですが「起業家やスタートアップが成長するようにサポートすること」です。いかにその企業を成功に導くことができるか。真の価値を生み出せるか。考え向き合っていきます。一見すると当たり前のことを言っているようですが、難しさもあると思います。
たとえば、名古屋市が課題解決のために実証実験のフィールドなどを提供することもありますが、どうしても「名古屋市のため」とだけ考えると「とにかくアプリをリリースしよう」など短期的な成果に目を奪われがちです。そもそも未熟なスタートアップが、本質的に社会の課題を解決していくことはそう簡単ではありません。だからこそ、客員起業家として、単なる施策の実行で終わるのではなく、その先にある企業の成長に貢献していく。名古屋市だけでなく、企業のほうを向く。長期的な視点やマインドセットで取り組み、企業の成長に貢献していく。そうすることで雇用が生まれ、産業そのものが元気になっていくはずです。
また、前職時代、VCでパートナーとして働いていたからわかるのですが、起業家が資金調達する大変さは常々感じていたことでもあります。だからこそ、彼らが成長できるように支援したいと思いますし、いろんな人たちをつなぎ、成果が出た時はとても嬉しいです。何よりも共に喜び合うことができる。それがこの仕事の一番の醍醐味だと思います。
本業であるスタートアップのCTO、そして名古屋市の客員起業家と「二足のわらじ」を履くことについて「総合力につながり、いろんな人たちとより高度な話ができるなど相乗効果もあると思います。」と木野瀬さん。「よくアルファベットの「T」のように横に広く学びつつ、どこか一つ深く掘る「T型人材」がキャリアにおいて重要だと言われていますよね。僕自身、大学時代からコンピューターサイエンスを専門としつつ建築、音楽、リーダーシップ、ロジカルシンキングなど全般的に学ぶ姿勢は大切にしてきました。今もその延長線として、それぞれ違う領域での経験が刺激になっています。そういった探究のために幅広い仕事をしている側面もあるかもしれません。」
続いて聞けたのが、名古屋市の客員起業家として働く魅力について。「次なる起業を志す方にもプラスとなるはず」と木野瀬さんは話す。
次にまた起業したい、成功の確率を高めたい、そういった人にもおすすめしたいですね。もちろん、VCや大学で働く客員起業家もいいと思いますが、僕個人としては名古屋市での経験のほうがよりプラスは大きいように思います。
まず、自治体としてスタートアップ支援に携わる、ということは、「国」から「スタートアップ」「大学」まで、まるで反復横跳びのように両方の「視点」を行ったり来たりできます。そうすることでスタートアップの全体像が把握でき、プログラムや講座には出てこない「リアルな実例」にたくさん触れることができます。もちろん、実証実験事業として採択されるまでの流れ、行政の仕組み、許可申請といった実務面の知識・学びも多く得られる環境です。また、起業家本人はもちろん官公庁職員、支援機関、金融機関・VCとさまざまな人と出会えるのも大きなメリットです。たとえば、銀行が主催するようなイベントにも誘ってもらうこともすごく増えましたね。「起業のことを語れる名古屋市の職員」として重宝してもらえる。そういった場に呼んでいただけるのはとても嬉しいですし、ある意味「社会資本を持つ起業家」になれるのが魅力だと思います。GovTechや行政関連のサービスの立ち上げにも活きるかもしれません。とはいえ、僕個人として、そこだけを目的にしてほしくないな、という思いはあります。ぜひスタートアップの全体像を掴める人として、リーダーとなり、エコシステム構築のために活動のフィールドを広げていく。そういった機会につなげていってほしいなと思っています。
「良いアドバイスかわかりませんが、応募を検討されている方は、ぜひ早めにサイト登録・履歴書作成などを進めておくことをおすすめします。僕自身転職サイトを活用したことがなく、Web経由の応募に慣れていないこともあり、前日ギリギリの応募に。非常に焦ったことをよく覚えています(笑)」と話をしてくれた木野瀬さん。「スタートアップの一連の流れを経験されていたり、ご自身の経験が活きそうだと感じられたりすれば、ぜひ気軽にまずは応募いたただきたいなと思います。」
ニコニコ動画立ち上げを経て、医療領域でのプロダクト・サービス開発にも携わってきた木野瀬さん。彼が公共性の高い仕事に携わる理由とは――。
もともと「ニコニコ動画」という、多くの人たちがさまざまな表現を発信するプラットフォームを運営していたわけですが、僕自身は歌えないし、踊れない。絵も描けないことがコンプレックスでもありました。ただ、コンピューティングは得意でした。だからこそ、その力でまだ人類が成し遂げていないことを実現したい、という思いはあったように思います。また、自治体にせよ、医療・ヘルスケアにせよ、行政サービスや医療制度など、広義でいえば「プラットフォーム運営」ですよね。「ニコニコ動画」を運営していた頃、よくユーザーさんが「おれたちのニコニコ」と表現してくださったのですが、あの時に「プラットフォームとは、みんなのものである」というマインドセットが形成され、今につながっているように思います。学生の頃はまさか自分が公務員になるとは思わなかったですし、今でも向いていないと感じています。ただ、プラットフォーム運営の楽しさは今も共通していますし、自分の価値を活かせる場だと感じることができています。
そして聞けたのが、今後の目標について。木野瀬さんは10年後、何を見据えるのか。
志望動機とも重なるのですが、あらためて名古屋に先端領域における活動の場をつくっていきたいなと思います。今だからわかるのですが、名古屋はさまざまな先端領域の研究が進んでいますし、シードのスタートアップも多くあります。当時はそのことに気がつかず、東京に行ってしまった。そういった人に、少なくとも「名古屋でも先端領域やスタートアップが盛り上がっているんだよ」と広く伝えていきたいです。もちろん、まだまだ産業や文化の中心は東京ですし、名古屋は一周遅れていると感じることもあります。ただ、おそらく10年後にはリニアは開通していますし、東京と同じレベルのスタートアップ都市に名古屋もなっているかもしれない。心からそうなっていることを願っています。同時に、その時に圧倒的に足りないのがCxO人材です。リニア開通で人材の流動性が高まる可能性もあるなか、いかに組織を牽引するCxO人材が多く輩出されていくか。起業は1回して終わりではなく、2回目、3回目とすると、どんどんCxOは増えていきます。そういった人材輩出にも貢献できるよう、活動していきたいです。
最後に、木野瀬さんにとっての「仕事」とは一体どういったものか――。
さまざまな捉え方があると思うのですが、誤解を恐れずにいえば、ある種の「ゲーム」だと思っています。スマホゲーム、MMOの世界だと、レベルが上がるほど、技量や課金だけでは太刀打ちできない景色が見えてくるもの。どんな仕事の世界もそうで、一定のレベルに達すると自らルールを作らなければなりません。勝てるルールのゲームを作り、勝てるゲームで勝つ。いかに自分を「有利な局面」に持っていくか。つまりうまく不向きなことを避け、最大限の価値を発揮できるところに身を置けるようにする。自分を求めてくれる人たちと出会い、自分を活かす。そういった意味でも名古屋の客員起業家はとてもマッチしていたのかもしれません。評価してくださった名古屋市に感謝していますし、これからも名古屋のスタートアップ・エコシステムを通し、スタートアップ、VC、事業会社、行政など、みなさんが輝く場を提供していけるよう、活動していきたいと思います。