経済産業省(以下、経産省)での社会人経験者採用にあたり、2021年に同省へ入省した草苅 裕亮さん(製造産業局 産業機械課 ロボット政策室 係長)を取材した。もともと新卒で山形県庁に入庁し、内閣官房への出向を経験。そんな彼はなぜ次なるキャリアとして経産省を選んだのか。その背景には「一自治体では解決できない社会課題に、国の立場で挑みたい」という強い思いがあった――。
国の立場で挑む、社会課題
もともと前職では山形県庁の職員として約8年間勤務をしていた草苅さん。前職の仕事内容と経産省への入省経緯から話を聞いた。
前職である県庁職員の仕事では、さまざまな前例のないプロジェクトに携わることができ、非常に大きなやりがいがありました。例えば、山形市が「特例市」から「中核市」へ移行するタイミングでもあり、その道筋をつけるプロジェクトにも携わりました。当時、山形県内には中核市が一つもなかったため、まさに全てが手探り。「県」から「市」に事務権限が移譲されるにあたり、その膨大な量の業務の把握と調整をし、道筋を立てることができました。そして、目標としていた期間内での移譲を達成でき、大きな手応えがありました。
じつはその後、内閣官房への出向も経験しています。配属先は、内閣危機管理監のもとで国の危機管理そのものを司る、通称「事態室」でした。そこでは各省庁や自治体などと連携しながら、東日本台風や千葉県の大停電といった大きな風水害、北朝鮮からのミサイル発射、そして新型コロナウイルス感染症への対処など、国における様々な非常事態への対応を経験しました。間違いなく大変な仕事ではありましたが、そうした重要な役割を2年間担当できたのは、得難い経験でした。というのも、それがその後のキャリアを考える上で非常に大きな転機となったからです。内閣官房での仕事は大きなやりがいがあり、自身の成長に直結した実感がありましたし、何よりも「国全体を動かしていく仕事がしたい」と考えるようになりました。
また、国家公務員を志したもう一つの動機として、地元への思いがあります。私の地元である山形県は全国に先駆けて人口減少が進んでおり、地域の衰退が肌で感じられる状況でした。こうした人口減少、少子高齢化、東京一極集中といった根深い社会課題は、もはや一自治体の努力だけで解決するのは困難です。だからこそ、国全体で取り組む必要があり、国家公務員としてならば、こうした大きな社会課題の解決に直接貢献できると考えました。
その中でも特に経産省を志望したのは、その所掌範囲の広さに魅力を感じたからです。産業イノベーション、通商貿易、資源エネルギーなど、日本の社会に大きなインパクトを与えていくことができます。加えて、内閣官房時代に接点を持った経産省職員の方々の姿も印象的でした。彼らは縦割り意識にとらわれず、常に「この国のために、今本当に何をすべきか」を第一に考え、行動していく。例えば、出向時代に千葉で大停電が発生した際、正確な情報が滞り、現場が混乱したことがありました。その際、経産省の職員がいち早く現地リエゾンとして、現地の状況を確認されたと聞き、その行動力に感銘を受けたことを今でも覚えています。民間企業や自治体、教育研究機関、中小企業支援からイノベーション創出まで、あらゆる垣根を越えて壁を突破していく。こうしたダイナミックな仕事が経産省であればできると確信し、入省を決意しました。
草苅 裕亮 |経産省 製造産業局 産業機械課 ロボット政策室 係長
大学卒業後に、山形県庁に入庁し、税務行政や市町村行政の取りまとめ等を担当。その後、内閣官房に出向し、大規模自然災害や新型コロナウイルス感染症等の非常事態対処に従事。2021年8月に経済産業省に入省。中小企業庁にて政策金融改革等に携わる。2023年6月より現職に至る。
仕事を通じ、社会をより良い方向へ。「国」でこそ担える役割がある
こうして2021年8月に経産省へと入省した草苅さん。現在の仕事内容とそのやりがいについて話を聞くことができた。
現在は、産業機械課の「ロボット政策室」という部署で仕事をしています。同室のミッションとしては、まず日本のロボット産業が海外勢と比肩し、その競争力をしっかりと維持・強化できるよう支援していくことです。
じつは、日本は世界有数のロボット大国であり、特に工場などで使われる「産業用ロボット」は世界シェアの6割以上(*1)を占めています。一見すると多く感じますが、かつては約9割を誇ったといわれるシェアが一貫して右肩下がりになっており、海外勢の追い上げが激しくなっているのが現状です。さらにファミリーレストランの配膳ロボットに代表されるようなサービスロボット分野では、大きく海外勢に後れを取っているのが実情だと言えます。こうした厳しい状況の中で具体的な政策を打ち出し、シェアの維持・拡大を目指しています。
また、ロボットが社会の様々な場面で活用されるための環境整備も、もう一つの重要なミッションです。例えば、人手不足が深刻な業種へ、いかにしてロボット導入を促していくか。特に食品製造業や建設、小売、物流といった分野では、事業継続が困難になったり、生活を支えるエッセンシャルワークの担い手が不足し、社会に不可欠なサービスが提供できなくなったりする懸念さえあります。ロボット活用や自動化は、その解決の切り札になり得ると考えています。ただ、まだまだその普及には様々な課題があります。そこで、ロボットを導入しやすい環境整備を推進していく。たとえば、取り組んでいるのが「ロボットフレンドリーな環境(*2)」の構築です。個別の企業がそれぞれ開発するのではなく、国が旗振り役となって協調領域を作っていく。このように国だからこそ果たせる役割を担い、その影響範囲の広さに大きなやりがいを感じています。
加えて、これまで携わってきた中でも、特に印象的だった業務とは。
入省して2か所目の部署で中小企業庁の金融課に配属となったのですが、そこでの担当業務は、私にとっては大きな意味を持つ経験となりました。具体的には、商工組合中央金庫(通称:商工中金)改革に携わりました。着任は2022年だったのですが、当時、2016年に発覚した不正事案を背景に、まさにビジネスモデル・ガバナンス改革が急務となっており、その組織のあり方を巡る議論が長年重ねられていました。同時に、コロナ禍で多くの中小企業が未曾有の危機に直面していた時期でもあり、商工中金をはじめとする政策金融機関が、率先して資金繰り支援を行なうべき極めて重要な局面でもありました。こうした状況変化を踏まえ、新たに有識者検討会を立ち上げ、改革の議論を本格化させていきました。
様々な意見が渦巻く中、現状維持という選択ではなく、どうすれば疲弊している中小企業の真に役に立つ金融機関へと変えるための改革を前に進めることができるのか。どうすれば社会をより良い方向に動かすことができるか。熟考を重ね、最終的に、商工中金が本来持つべき「中小企業のための金融機関」というアイデンティティをより強化する方向で民営化するという結論に至りました。不祥事の発覚から約6年間にわたる議論に一つの終止符が打たれ、その後、商工中金法の改正法案を国会に提出し、審議を経て無事に成立となり、民営化の実現に至りました。非常に多くの方が関わる中、日本の政策金融を大きく変えるこの歴史的な改革に一担当者として深く携われたことは、非常に大きな経験でした。責任の重みを感じましたし、国家公務員ならではの働きがいに直結する仕事だったように思います。
(*1)『産業用ロボット』世界シェアの6割以上
参照: NEDO 成果報告書データベース2023 年度成果報告書『情報収集費 2023年度 日系企業のモノとITサービス、ソフトウェアの国際競争ポジションに関する情報収集』https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ai_robotics/pdf/
(*2)ロボットフレンドリーな環境
経済産業省は、サービス分野等におけるロボット導入を加速させるため、令和6年度より「革新的ロボット研究開発等基盤構築事業(ロボットフレンドリーな環境構築支援事業)」を開始。本事業は従来の個別開発に伴う高コスト化や横展開の困難さといった課題を解決するため、ロボット本体ではなく、ロボットが導入しやすい「ロボットフレンドリーな環境」構築に重点を置くもの。施設管理、食品製造、小売・物流倉庫などを重点分野とし、業務プロセスや施設環境、ICTインフラの変革を支援する。例えば、事業の核となるのは、異なるメーカーや機種のロボットが協働できる共通インターフェイスや規格の策定等を行っている。一例としては、これまでロボットの移動を妨げていたエレベーターやセキュリティゲートとの通信規格を標準化することで、メーカーを問わずロボットが施設内を自律的に移動できる環境を整備していくなどが挙げられる。このように国が主導して協調領域を創出することで、導入コストの低減と運用効率の向上を実現し、ロボットの社会実装を抜本的に加速させることを目指す。
(参照)ロボフレ環境、ますます拡大中!(令和6年度予算事業での取組)https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/robot/240920_robotfriendly.html

やりがいの一方で知っておくべき「厳しさ」について、草苅さんは「国を動かすという大きな責任があるからこそ、決して楽ではありません。」と話してくれた。「例えば、重要かつスピード感が求められる検討会では、非常に短い時間で膨大な資料を作成し、議論に臨むこともあります。その資料の数字が一つでも間違っていれば、議論の前提が崩れ、その後の国会審議にも影響が出かねません。一つのミスが命取りになり得る、それほど重い仕事です。スピード感と正確性の両方が、極めて高いレベルで求められる仕事のシビアさは覚悟しておいた方がいい部分だと思います。一方で、経産省はチーム一丸となって一つの目標に向かって仕事を進めていける、素晴らしい組織風土があると感じています。商工中金改革が佳境を迎えた時期も、周りとの協力があってこそ乗り切ることができました。チームで重要な課題に取り組んでいけるのは、経産省の本当に良いところです。」
経産省で追求していく「国富の拡大」
そして取材後半に聞けたのが、草苅さんが「仕事を通じて実現していきたいこと」について。
県庁時代から抱いてきた思いでもありますが、「地方の衰退を打開する」というのが仕事を通じて実現したいことです。地方でしっかりと稼げる環境、つまり稼げる産業を根付かせていく。一自治体の職員ではなかなかやりきれなかったその難しいチャレンジを、ぜひやっていきたいです。
経産省はまさに「国富の拡大」を追求できる省庁であり、幅広い産業分野を所管しています。だからこそ、地域経済の持続的な発展に取り組めると考えています。例えば、現在携わっているロボット政策も、地方産業の維持・強化や生産性向上につながる可能性があります。「やりたい」という思いに加え、それを実現していくための道筋がある。「国」としての視点でこそ見えることも多く、さらに挑戦していきたい気持ちが強くなったように思います。
最後に、草苅さんにとっての「仕事」とは一体どういったものなのだろう。
私にとって仕事とは「自分自身の思いを実現できる場」です。人それぞれが叶えたい夢や志があると思いますが、それを「仕事」で実現していくことが理想だと思っています。私にとってそれは、改めてですが「地方の衰退を打開する」こと。もちろん、一人では実現できませんが、経産省という看板を背負い、そのフィールドと様々な政策ツールを活用していけば必ず実現できると信じています。ただ、そのためにもまだまだ力不足なので、まずは目の前の仕事に取り組みながら成長し、このフィールドを十二分に活用できるようなプレーヤーを目指していければと思います。