掲載日:2025/11/14更新日:2025/11/14
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全国に先駆けて「スタートアップ支援事業」を開始し、そのエコシステム形成を推進してきた神戸市。その中核を担うイノベーション専門官の公募に伴い、同ポジションで活躍する薮崎 ひかるさんを取材した。もともとSIerにて法人営業・営業企画として約7年間働き、2024年5月に神戸市に入庁した彼女。そのキャリア選択の背景には「神戸の未来を創る起業家、挑戦者に伴走し、産業・雇用の課題解決に貢献したい」という志があった――。
公共性の高いフィールドで挑む「共創」
もともと前職はSIerにて約7年間勤務していたという薮崎さん。まずは前職の仕事内容と、転職を考えるきっかけから話を聞くことができた。
新卒で入社した前職では、ITインフラ商材を扱う法人営業、そして営業企画として働いていました。ITはさまざまな規模、業種・業界の企業と関われますし、無形商材ですので、自分の提案次第でお客様の事業に影響を与えていくことができます。特にその企業の強み、そして自社のサービスの特徴を掛け合わせていく「共創」、協業するからこそできる課題解決へのアプローチ、いわゆる「パートナーセールス」に大きなやりがいを感じていました。ただ、キャリアを重ねる中で生まれてきたのが、民間企業ならではの葛藤です。どうしても提案内容は自社のサービスに限られますし、利益のことを考えると、お客様の課題解決のためのアプローチには制約が出てきてしまいます。また、大手企業を担当する部署に所属していたため、中小企業の支援を手掛けられないもどかしさもありました。こういった経験を経て、より広い視野、公益性の高い立場で「共創」に携わる仕事をしていきたい、という思いが強くなっていきました。
そういったタイミングで偶然目にしたのが「神戸市でのイノベーション専門官」公募だったという。
まず転職サイトで市役所の職員募集が行なわれていることに驚き、はじめは興味本位で求人を覗く感覚だった気がします。ただ、そこにあった「神戸市のスタートアップや起業家を支援し、イノベーションを創出していく」といったミッションにとても惹かれました。前職時代にやりがいを感じた「共創」の経験が活きるかもしれない。また、私は神戸市出身なのですが、じつは学生だった頃に「神戸にはやりたい仕事がない」と地元を離れていて。もちろん人それぞれ価値観があり、選択もさまざまですが、少なくとも新たな産業、スタートアップが神戸に育てば、新しい雇用が生まれ、「地元に残って働く」という選択肢が生まれるかもしれない。そういった産業や雇用の課題解決に貢献したいと考え、神戸市役所への入庁を決めました。
選考で印象に残っていることについて「面接というよりカジュアルな面談に近い雰囲気で、本音を素直に話すことができました。」と話をしてくれた薮崎さん。「なぜ神戸に貢献したいのか、ここで何を成し遂げたいのか。私の思いを真摯に受けとめてもらえたことがとても印象に残っています。また、みなさんの思いにも触れ、こういった人たちと一緒に働いていきたいと思い、入庁を決めました。」
未来のイノベーションを担う「高度デジタル人材育成事業」にも挑戦
こうして2024年5月に神戸市へと入庁した薮崎さん。入庁間もなく担当した業務とそこで感じたやりがいについて聞いた。
入庁間もなくは、スタートアップ支援の中でもゼロイチ、つまり創業期の支援を担当しました。具体的には、学生を対象とした「KOBEワカモノ起業コミュニティ」の運営や、女性の起業を後押しする「女性起業家環境整備事業(通称:S-wing!)」といったインキュベーションプログラムに携わりました。
前職時代と大きく違うのは、企業ではなく、一般の方や学生のみなさんの支援に携わるという点です。たとえば、ある起業を目指す女性の方の支援は、今も忘れられない経験になっています。その方はもともとファッション関連、特にスタイリング関連の事業を検討していました。ただ、専門家のメンタリングを通じ、根底には「服の力で人の働き方やモチベーションを支えたい」という強い思い、原体験があることがわかってきました。さまざまなやり取り、検討を経て、最終的には「ファッションを通じ、日々の仕事を前向きにする」というコンセプトを軸に、工場用の作業着・ユニフォームのスタイリングを手掛ける事業案に。仮説検証を行ないながら、今まさに事業としての立ち上げを目指しているところです。専門家のサポートを通じて「思い」が形になり、事業としても磨かれていく。そういった変化、そして挑戦に関われることは大きなやりがいになりました。
そして2025年度、薮崎さんは今まさに新たな事業の立ち上げを任されている。
現在は、学生を対象とした「高度デジタル人材育成事業」を担当しています。これは、神戸市として約10年間スタートアップ支援に取り組んできた中で見えてきた課題意識から生まれた事業でもあります。というのも、これまでの支援でスタートアップの裾野は広がりましたが、今後の課題は、いかにグローバルで成長するようなスケールアップの事例を生み出せるか。次世代の産業を創るためには、AIなどの先端技術を社会実装できるデジタル人材が必要とされます。そこで、この事業では、学生たちがデジタル技術への関心を深める入口から、専門教育機関と連携した高度な学習機会の提供、さらには海外派遣プログラムを通じた現地のエンジニアと交流する機会まで、幅広く企画・運営していきます。
事業構築にあたり、アメリカへ視察に行ったのですが、企業が大学に先行投資し、共同で研究開発を行なう光景が当たり前のようにありました。また、学生が企業とつながり、人が育つ土壌もある。同じように神戸でも企業と大学のつながりを増やしていけないか。行政が接続点になれないか。こういったゼロからの事業立ち上げに挑戦しています。
正直、入庁1年でこういった社会的意義の大きな事業を任せてもらえるとは思っていませんでした。もちろん私一人の知識や能力では、事業の立ち上げはできません。ですので、プログラムの対象となる学生のみなさん、そして大学、専門機関で働くプロフェッショナルのみなさん、企業、同僚となる専門官、それぞれ「生の声」を聞き、ダイレクトに施策に反映させていく。周囲の知見を借り、協力を得ながら、一つの事業を責任者として推進していく。こういった挑戦に大きなやりがいを感じています。
神戸市によるスタートアップ支援事業例
▼ 神戸発AIスタートアップ創出・成長支援プログラム「SET SAIL!」
神戸から、グローバルで活躍する「AI関連スタートアップ」を創出するため、Microsoft AI Co-Innovation Lab Kobe等との連携により、プロダクト開発を中心とした伴走型支援を行なうプログラム
https://set-sail.jp/
▼ ひょうご神戸スタートアップファンド
兵庫県・神戸市を中心に、民間企業と連携し、兵庫・神戸から世界に羽ばたくスタートアップへ投資を行なう
https://big-impactfund.com/hksf/
やりがいの一方で「厳しさ」について「裁量が大きい分、全てが自分次第。強い当事者意識がなければ、事業は前に進みません。前職時代にも「営業企画」として働きましたが、同じ「企画」でもその業務内容は全く違うものだと痛感しています。」と話す薮崎さん。「行政の仕事には売上・利益のような明確なKPIが無いものが多いです。ただ、説明責任が問われる中、何をもって成果とするのかを定義し、そこに向かって工夫し続ける力が必要とされます。また、市場の動向、ニーズを素早くキャッチアップするなど、学び続ける姿勢も不可欠です。ただ、表裏一体ですが、当事者意識を持って学びながら挑戦したい方、それを楽しめる方にとっては最高の舞台になるはずです。」
イノベーションが生まれる土壌づくりに貢献を
そして取材後半に聞けたのが、薮崎さんが「仕事を通じて実現していきたいこと」について。
まずは現在取り組んでいる「高度デジタル人材育成事業」を軌道に乗せ、産学官連携の仕組みを形にしていくことが当面の目標です。同時にこのイノベーション専門官という仕事には任期があります。満了までに、どれだけ自分が関わる事業で最大限の成果を出すことができるか。一つでも多くのイノベーションが生まれる瞬間を創造していけるか。長期的な視点も持ちつつ、年度単位で目標を設定し、集中して取り組んでいきたいと思っています。
その先に、この神戸というフィールドで、人と人、人と企業をつなぎ、新しい可能性が生まれていく。もっと言えば、私自身は「神戸にはやりたい仕事がない」と地元を離れて就職しましたが、新たな雇用が生まれるなどして「神戸にもさまざまな挑戦のフィールドや仕事の選択肢がある」という未来につながっていけば、これほど嬉しいことはないですね。
最後に、薮崎さんにとっての「仕事」とは一体どういったものなのだろう。
私にとって仕事は「社会に対して、何かしらのアクションを起こしていく手段」だと思います。これまで大切にしてきたのも「自分の働きが、どう社会をより良くしているか」という実感でした。おそらくその価値観の原点には、両親の影響があると思っています。両親は神戸でイベント関連の会社を経営しており、幼い頃の記憶ですが、阪神・淡路大震災の追悼式典、淡路花博といった地域イベントで、父や母が働く姿を近くで見ていたんですよね。地域活性化に奔走する、その姿は今の私の礎になっているように思います。私自身も同じように仕事を通じ、どう地域に貢献していけるか。この神戸という街で、多様な人々が自然とつながり、それぞれのやりたいことを通じ、自然とイノベーションが生まれていく。そんな未来に近づけるよう、微力ながらも全力でサポートを続けていければと思います。