「不当な安値輸出を是正し、不利益を被る企業を、一社でも多くなくしていく」こう語ってくれたのは、経済産業省 貿易経済協力局 貿易管理部 特殊関税等調査室 室長の平林孝之さんだ。特殊関税等調査室では、「貿易救済措置調査」担当官を公募する。同ポジションが担うミッション、そして求める人材像について伺った。
※既に応募受付は終了しました。
「特殊関税等調査室」
聞き慣れない言葉だが、経済産業省にて貿易救済措置を担う専門家集団だ。海外企業による日本国への不当な安値輸出(ダンピング)の是正をミッションとする。
具体的に特殊関税等調査室は、
・アンチダンピング(AD)
・補助金相殺関税(CVD)
・セーフガード(緊急輸入制限措置 / SG)
の3つの貿易救済措置を担当する。
今回募集するのは、こうした貿易救済措置に関わる調査の中でも、財務会計分析を専門とする「調査官」。特に世界的に活用ニーズが高まる「アンチダンピング」発動に際し、財務会計分析の観点から正当性を示すための調査を担う。
その詳細について、特殊関税等調査室 室長の平林孝之さんに伺った。
アンチダンピング
AD(アンチダンピング)措置とは、輸出国の国内価格よりも低い価格による輸出(ダンピング輸出)が、輸入国(日本)の国内産業に被害を与えている場合に、その価格差を相殺する関税を賦課できる措置のことです。この措置は、WTO協定(GATT・AD協定)において認められているものです。AD措置は、原則、国内生産者(申請企業)からの申請(課税の求め)に対し、経済産業省・財務省等からなる調査チーム(調査当局)による調査(原則1年、最大18カ月)を行い、要件を満たしていることが認められた場合に発動されます。課税期間は原則として5年以内ですが、期限内に正当な見直しが行われた場合には延長されます。(引用:https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/trade_control/boekikanri/trade-remedy/about/index.html)
平林 孝之 | 経済産業省 特殊関税等調査室 室長
1998年、通商産業省(現:経済産業省)入省。経済産業省における様々なポストをはじめ、日本貿易振興機構(ジェトロ)ベルリン事務所 次長などを歴任。2019年3月より現職。
まず平林さんより伺ったのが、国内において高まるアンチダンピングの重要性とその背景について。
「今、国内のあらゆる産業が海外企業との価格競争に巻き込まれています。ただこれまで多くの企業が、自分たちの営業努力が少ないからだ、競争力がないからだ、と自己責任と捉えてしまっていました。置かれている状況に対し、おかしいと気づいていただく。しっかりと声をあげられる環境をつくっていかなければならないと考えています」
実際に制度改正・運用改善をはじめ、認知獲得に向けたセミナーやHPでの情報発信など、企業の積極的な活用に向けた取り組みが進んでいる。
「米中の貿易摩擦や新型コロナウィルスの感染拡大などの影響により、世界の貿易構造は変化し、ビジネス環境はますます厳しさを増している。あらゆる企業が非常にチャレンジングな状況に直面する中で、不公正な競争環境に不利益を被る企業を一社でもなくしていかなければなりません。公正な競争環境をしっかりと整備できれば、日本の企業は必ず活躍できる」
不公正な競争環境の是正に、より多くの企業がアンチダンピングを活用できる環境をつくっていく。ここで一つ課題となっているのが、発動に向けた正当性を示すための「調査」技術だ。
「率直に申し上げると、日本は調査技術において、世界から遅れをとってしまっている。技術を高めるためには、調査の経験を重ねていく必要がありますが、日本と世界の発動件数にはまだまだ大きな開きがあります。こうした状況下で、いかに早くそのギャップを埋めていくかは大きな課題となっている」
こうした中、特殊関税等調査室が推進するのが、外部人材の登用だ。
「省内でも人材育成を進めているところではありますが、この調査に携われるレベルに達するには相応の時間が必要となります。だからこそ、民間企業などで専門的な経験・スキルを積んだ方を迎え、その力を発揮してもらいたい。また知見やノウハウを共有いただくことで、いち早く日本国としての調査技術を向上させ、少しでも多くの企業のニーズに応えていきたいと考えています」
では、今回募集対象の、財務会計分析を専門とする調査官としてどういった経験・スキルが活かせるのか。
「民間企業で決算や財務分析、会計監査などに携わってきた方にとって、非常に親和性が高い業務だと捉えています。例えば、企業の経理や財務担当、監査法人のコンサルタント、銀行での与信を担当されている方などはダイレクトに経験を活かしていただけるはずです」
「アンチダンピングは国家権限により関税をかける。そのため、発動には大きな責任のもとで、正当性を説明しなければなりません。特に調査官が担う分析は、このプロジェクトの成果に最も寄与する調査のコアの部分となります」
具体的に調査官はどういったミッションを担っていくのか。
「アンチダンピングの発動には、海外企業による不当な安値輸出が実際に行われているのか、それにより国内の事業者が損害を被っているかを立証しなければなりません。調査官は海外・国内の事業者双方から得られた対象産品にかかる取引明細や財務データを分析し、これに迫っていくことになります」
平林さんはアンチダンピングの調査プロセスについて、次のように解説する。「発動までにはいくつかのステップがあります。まず利害関係者に質問状を送付し、その回答を分析するフェーズ。数字上の分析だけでなく、実際に現地を訪問し、内容について裏取りも行います。こうして調べ上げた内容から報告書を作成し、仮決定、そして最終決定となる。調査官には仮決定までの分析フェーズで、中心的な役割を担っていただきます」
プロジェクトは通商政策の専門家である行政官をはじめ、法律の専門家など、様々な分野の専門家とともに進められる。多様な観点から学べる環境があるのも、調査官という仕事の特徴だ。
「法律の観点もそうですし、国際通商の世界からも見ることができますし、当然企業の内部事情というのも入ってきます。多様な側面を業務の中で経験いただけるはずです」
取材終盤、平林さんより伺ったのが、調査官として求める人材の資質について。
「非常に重要なポイントと捉えているのが、現場を知っている、ということです。事業者の方からいただくデータは、必ずしも正確なものとは限りません。特に海外の事業者は、少しでもダンピングマージンを抑え、課税の負荷を低くしたい。意図的に数字を変更し、提出いただく可能性もありうることです。ここにおかしいと気づけるかどうか、不正を見抜けるかどうかは重要な素養となってきます」
そして平林さんは最後にこう締めくくってくれた。
「なぜ私たちはこの業務をやっているのか。自分たちの経済、国をいかに支えていくのかということに、出発点があると考えています。経済産業省は多様な部局があり、つかさつかさでそれぞれが活躍し、ひとつの経済力となって国民に還元されていく。目の前のミッションをしっかりと完結していくことが、企業を成長させ、雇用を創出し、生活の豊かさにつながっている。こうした仕事の意義を感じ、働けるのは行政でなければ得られないものではないかと思います。ぜひ民間で培った経験やスキルを活かし、この行政という場で活躍いただけるとうれしいですね」