月間アプリDL数、7倍への道~エンジニアがアナリティクスを見ながら考えた課題抽出とその解決法

専門職が行うイメージの強いグロースハックですが、中にはエンジニアがその役割を担う会社も。ブレイブソフトのエンジニア、水谷浩明さんがアプリ『HONNE』で行ったグロース施策を振り返ります。

月間アプリDL数、7倍への道~エンジニアがアナリティクスを見ながら考えた課題抽出とその解決法

こんにちは。株式会社ブレイブソフトのチーフエンジニア、水谷浩明です。

SIerのインフラを経て、現在は自社で開発している匿名つぶやきアプリ「HONNE -本音が言える匿名つぶやき&チャットアプリ(以下、HONNE)」のプロダクトオーナーとしてアプリの開発、そしてグロースを手掛けています。

本稿では「エンジニアはいかにプロダクトの成長に向き合うか」ということに焦点を当て、HONNEのグロースハック事例を紹介していきます。

HONNEとは

「HONNE」は、完全匿名で自由に本音を投稿できるアプリです。月に80万強の本音が投稿され、累計アプリダウンロード数は50万を越えました。

2015年から開発者としてジョインし、チームでグロースハックを手掛けた結果、

  • MAUが約1.5倍に (25,700 → 40,000)
  • 月間アプリダウンロード数が7倍に (3,400 → 23,400)
  • 投稿数が3倍に (262,000 → 825,700)

を達成。現在も増加を続けています。

なぜ、エンジニアがグロースハックを手掛けるのか

さて、なぜ開発者がプロダクトの成長を追うことが重要なのでしょうか。まずはプロダクトに対する影響・エンジニア自身の成長というふたつの観点から、エンジニアがグロースハックを手掛けるメリット を見ていきます。

仕様を細かく落としこまずにグロース施策が打てる

グロース施策の実施スピードが早い、という点はエンジニアがグロースハックを手掛ける大きなメリットといえるでしょう。スピード実施できる要因は以下の2点の要因に分解できます。

  • 立案から本番実装までのスピードが早い
  • 実現可能な範囲内で施策が考えられる

「この機能は使われていないから、次のバージョンでは一度外してみよう」「検索機能を充実させればリピートユーザが増えるかもしれないから、試しに追加してみよう」というように、アナリティクスの数値を見ながらすぐに施策が試せます。仕様を細かくドキュメントに落とし込んだり、仕様設計書を作ったりする必要がなく、シームレスに施策実施できるのです。

そしてなにより、サービスの技術的な部分を熟知しているのはディレクターでもマーケターでもなくエンジニアです。アナリティクスの数値を見ながら、思い描いた施策が技術的に実現可能か否かを判断しながら考案できるといえます。

不安に向き合いながらも、ユーザの声を聞ける喜びは格別

グロースハックに関わり始めて以来、いち開発者だった頃よりもより深くプロダクトについて考えることが増えました。今は全業務のうち4割がグロース施策の立案・実施、残りの6割が開発です。

エンジニアが初めてグロースハックに挑戦し、アプリを伸ばす、となるとハードルが高いのも事実です。私自身も最初は開発の工数が減り、集中できなくなることに心理的抵抗を感じました。

そして、ときには不安に向き合わなければなりません。「作って(リリースして)役目が終わり」ではなく、どうすればサービスのユーザ数が伸び、成長していくかをアナリティクスを見ながら考え続けます。

不安を感じる一方で、自分が開発したサービスを喜んでくれるユーザのナマの声が聞けたり、自分の施策によってアプリが成長するのを目の当たりにすると、開発のモチベーションが上がります。加えてサービスに対する愛着もより強くなるので「もっとクオリティの高いプロダクトを作ろう」という気持ちにさせられます。

グロースハックを始めよう

さて、ここからはHONNEがどのようにグロースハックに取り組んでいるかをつづっていきます。

HONNEのグロースハックのプロセスは、立案・リリース・計測・振り返りのPDCAサイクルを早く回すというシンプルなものです。自社アプリということもあり、スピード感を優先し進めています。このプロセスをToDoへと分解すると、以下のようになります。

  1. 目標設定
  2. 課題のすくい上げ、施策立案
  3. 工数計算
  4. 施策実施(新機能のリリースなど)
  5. アナリティクスの数値から効果測定
  6. 振り返り、施策の継続判断

目標設定

施策を立てる前に、まずは目標を設定します。

HONNEの最終的な目標はアプリが設定された目標額の売上げを立てること。KGIは売上げ額(アプリ内広告掲載収入、プレミアム会員収入)、KPIには継続率を設定しています。

KGIとなる売上げ額は、社の事業部としての目標に到達するような数値を設定します。KGIから月ごとの目標額を据え、「その数値を達成するにはどうすれば良いか?」を考えてアップデートやプロモーションの計画を立てます。

単純に分割するだけではありません。例えば広告収入は、期末で出稿が増える3月には単価が上がりやすい、といった事情も踏まえ目標数値に反映しています。

KPIの「継続率」は、グロース施策の成否の判断材料とします。以前のKPIはアプリダウンロード数でしたが、現在は一定以上のダウンロード数があるので、「ダウンロードしたユーザに長く使ってもらえるアプリかどうか」を目標数値として追っています。

【プロダクトの課題抽出(1)】ユーザの声にいかに対応していくか?

目標が設定されたら、プロダクトの課題解決に向けて動き出していきます。そして、そのためには、まず「課題を見つけ出す」必要がありますが、プロダクトの課題はユーザ側からの意見運営視点から見える改善点の2パターンに分けることができます。

ユーザの意見はアプリ内の投稿やストアのレビュー、問い合わせ内容から拾います。過去にはGoogleフォームを使用したアンケートを実施し、1000件近くの回答をいただいたこともありました。

とはいえ、全てのユーザが何を求めているのかを正確に把握するのは困難です。利用ユーザが増えてくると、さまざまな意見が出てきます。なかには辛辣な声もありますし、ある意見が挙がればその反対の意見も必ず挙がります。

このうち最優先で対応しているのはアプリのバグや広告へのクレームなどユーザ数減少につながり得る課題です。複数ユーザからクレームがあった広告は配信停止の依頼をします。

その他の意見は一度受け止めた上で、過去の施策の分析結果から効果が出そうなユーザーの声を抽出。抽出した声に対応する施策を実施しています。具体的には、以下のようなフローを経て実施に至ります。

  1. ユーザの声から効果が出そうなことを列挙
  • ユーザ増加につながるような施策やアイデア、ユーザの意見などをリストアップする
  • 運営側のアイディアで実施された施策に対するユーザの意見をもとに、修正していくものもある
  • 対応優先度を決定
  • 施策の工数を計算
    • 実装内容を想定し、経験を元にどれくらいかかるかを算出
  • 上記フローを経て算出された工数と優先度を元に、高優先度かつ低工数のものから取り組んでいきます。特にエンジニアのリソースがボトルネックになることが多いため、開発が要らない施策(投稿数やシェア数に応じた背景追加キャンペーンなど)はおのずと優先度が高くなります。

    【プロダクトの課題抽出(2)】アナリティクスの数値から見えてくること

    一方、運営側から見える改善点はアナリティクスから洗い出します。DAUが下がっている、投稿数が増えない、といった問題点を見つけ、週次のミーティングで対策を話し合っています。

    アクセス数などはGoogleアナリティクスで確認し、アプリ内投稿数はサーバー側で毎日集計。レポートがチャットワークに流れてくるように設定しています。

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    こうしたレポートが自動的に毎日チャットワークに流れてきます。

    週次のミーティングのほか、毎週金曜日の終業直前に、直近1週間分の数値を日ごとに集計しています。

    アナリティクスで追っている数値はこちら。

    • ユーザ数
    • DAU(Daily Active User)数
    • MAU(Monthly Active User)数
    • 新規DL数
    • 継続率
    • アプリ内投稿数
    • アプリ内広告の売上額
    • クラッシュ数

    各種数値は1~2カ月のスパンで計測しており、10%以上変化があった場合は「変動した」とみなして原因を分析していきます。

    特にユーザ数は数値の日々の増減が分かりやすく、つい一喜一憂しがちです。しかしHONNEは学生ユーザが多く、学校の休みに応じて利用ユーザ数も大きく変動します。2カ月間隔で減っているようであれば対策を打つものの、こうした環境要因に左右されることも少なくありません。

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    週次ミーティングで施策と結果を共有した後は、次に向けてのアクションを検討し始めます。

    エンジニアがグロースハックにアプローチするには

    ここまでHONNEのグロース手法をお伝えしてきましたが、グロースハッカーとしての最初の一歩を、どのように踏み出せば良いのでしょうか。

    グロースハック手法を学ぶ前に、まずはドッグフーディング

    私はグロースハックの手法を勉強するより先に、アプリを実際に使ってユーザ目線の理解を深める(ドッグフーディング)ことから始めました。

    エンジニア目線だと処理速度・方法など、サービスを動かす技術が気になってしまうもの。しかし、初めのうちはひとりのユーザとしてアプリを使い、気になった部分を挙げていきました。いちユーザとしてHONNEを使っていると、「もっとこうなっていると嬉しいよね」という点がおのずと見えてきます。

    私が提案して実装した機能のひとつが、投稿した本音の背景画像をぼかす機能です。

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    HONNEにはユーザの本音とともに、リアルな画像が投稿されるときもあります。

    HONNEは匿名かつ画像投稿も自由にできるため、いわゆる「グロい」画像がアップされることも多くありました。しかし私自身がそのような画像への耐性がなかったので、タイムラインの中の画像をぼかす機能を「ひとりのユーザ」として提案したのです。

    今ではユーザ間で「こんな機能があるよ」とおすすめされるような必須機能になっています。

    「便利そう」をユーザが求めているとは限らない

    これまで多数の施策を実行してきましたが、成功したものばかりではありません。

    運営側の「これがあったら便利そう」という目論見とユーザの反応がミスマッチだったのが、自分に関わる投稿を一覧表示できる「トーク」機能です。他のユーザから新しくコメントが付いた自分の投稿や、自分がコメントしたユーザの投稿がすぐ見られるタブがあると便利そうだな、と考えて実装しました。

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    ※画像は機能開発当時のものであり、2018年6月現在アプリにこの機能は搭載されていません。

    しかしアナリティクスを見ると使われていませんでした。多くのユーザは「通知機能があるから必要ない」と思ったのでしょう。

    このような想定と比べて明らかに使われていない、かつ機能改善では補えそうにない機能を対象とし、半年ほど数値を見た上で変化がなければ本格的に削除を考えます。

    前述のトーク機能も実装から半年で削除しています。

    ユーザの声を聞きながら仮説を立て、自社プロダクトに実装し検証

    利用ユーザの声をもとにさまざまな仮説を立て、自社プロダクトに実装し検証するのがHONNEグロースハックの基本です。私自身、ユーザ視点に立った機能提案・実装・分析を繰り返していくうちに、「どういうふうに伸ばしていくのか?」という目線が身に付き始めたように思います。

    例えばリリースから2年を迎えるタイミングでは、HONNEの世界観に合わせてUIのリニューアルを実施しました。

    HONNEにはSNSや現実世界(リアル)では言いづらい本音や秘密がつぶやかれています。この独自の世界観と「デザインと投稿の内容がマッチしないな」という違和感の解消のほか、競合サービスとの差別化を図るためチーム内でディスカッションを重ねました。

    2016年6月に白が基調のインターフェースからダークカラーベースのインターフェースに変更しています。

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    左が初期リリース時の製作中データ。ベースカラーだけでなく表示される投稿数も現在のものとは異なります。右が2018年6月時点のインターフェース。ベースカラーはダークになり、タイムラインも2列になりました。

    同時にタイムラインも2列表示にしたところ投稿・コメント数が35%アップしています。世界観がマッチし、かつ表示される投稿が増えたのが数値増加につながったのでしょう。

    2018年1月(iOS版。Android版は2018年3月)に実装した「グループ」機能も、競合サービスとの差別化を狙ったものです。「恋愛」「趣味」「ネタ・お笑い」といったカテゴリからグループを探し、匿名のまま複数人でメッセージのやりとりができます。

    ただ本音を投稿するだけでなく、ユーザ同士のコミュニケーションを活性化する取り組みは現在も続けています。例えば本稿の執筆時点(2018年6月時点)では以下のような施策を立て続けに実施しています。

    • グループコメントで画像も送信できるように(2018/6/4)
    • グループコメントの未読位置が分かる機能実装(2018/6/4)
    • 毎週テーマが変わる「スペシャル」というカテゴリで、投稿数に応じて背景を追加するキャンペーンを実施(2018/6/8)
    コラム:施策担当者と、どうコミュニケーションする?

    エンジニアとグロース施策を実施する担当者(ディレクターやマーケターなど)とのディスコミュニケーションは「あるある」と語られがちです。私の場合、この「あるある」を回避すべく、心掛けているのはユーザ視点で欲しい機能をディスカッションすることと、コミュニケーション総量を増やすことの2点です。

    ユーザとしても運営側としてもアプリが好きで、もっと多くの人に使ってほしい。ディレクターにも、より面白く使いやすいサービスにするための改善策や、成長施策を話し合うようにしています。

    また、ディレクターから信頼を得るためには、ちょっとしたことでも相談し、コミュニケーション量を増やすことが大切です。自社プロダクトはスピード重視。お互い歩み寄るのももちろん大切ですが、「やっておいたよ」と、たとえ独断で実施したことを言っても許されるような、信頼関係を作ることが重要です。

    サービスを育て続けるために~開発側のアプローチ

    長くサービスを育て続けるための設計にも気を配らなければなりません。グロース担当を経て「機能の追加・削除は頻繁にあるもの」という前提で開発を進める大切さを改めて認識しました。

    グロース施策によっては、大幅なアップデートが必要になることもあります。そうした場合でも機能の追加・削除が行いやすいよう、自由度や拡張性の高さを保つ工夫が必要でしょう。

    HONNEでも機能をモジュール化し各機能の依存関係を最小限にするほか、広告の表示位置や、期間限定背景の表示/非表示をサーバ側で設計できるようにするなど、自由度の高い工夫をしています。

    もちろん、ソースコードそのものの整備も大切です。私がHONNEのチームに加わったのも、リリースから2年のこと。数多の機能改修を重ねており、ソースコードが整理されていない状況でしたが、前述の通り、拡張性を担保した設計に変更されています。

    今後も改善を続けつつ、「育てられる」サービスでいれるような設計を心掛けていきます。

    始まりから終わりまで担当できるエンジニア兼グロース担当

    プロダクト開発とグロースは切り離して考えられがちです。しかしエンジニアであれば、開発からリリース、成長までプロダクトのほぼ全ての工程に関わることができます。「この画面遷移をもっと気持ちよくできないかな」などなど、考えたことをすぐに実現できるのは、面白い立場だと感じています。

    そしてなにより、自分の施策や実装によってサービスが成長したときの達成感は非常に大きいもの。この記事をきっかけに、「実装して終わり」とは違う嬉しさが少しでも伝わりますと嬉しいです。

    執筆者プロフィール

    水谷浩明(みずたに・ひろあき)

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    学生時代からプログラミングを学ぶ。趣味で携帯アプリ、スマホアプリを制作していた。前職ではユーザ系SIerであったが、面白い仕事を求めて転職。現在はBtoC自社事業にて企画、開発、運営全てに携わっている。

    編集:薄井千春(ZINE)

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