厚生労働省(以下、厚労省)での社会人経験者採用にあたり、大手IT企業を経て、2023年4月に厚労省に入省し、健康・生活衛生局で課長補佐として働く鈴木康平さん(32)を取材した。なぜ、彼は新たなキャリアに厚労省を選んだのか。そこには「国民生活のための公共政策に携わっていきたい」という思いがあった――。
まずは前職の仕事内容と、転職を考えたきっかけから伺わせてください。
前職は、いわゆるプラットフォームビジネスを展開するIT企業にて、法務として4年ほど働いていました。主な業務としては、各事業において必要な契約書の審査、新規サービス立上げ時の規制チェック、運用上の法務相談対応など。さまざまなビジネスモデル、関係法令、対応事案があり、非常にたくさんのことが学べる環境だったと思います。
やりがいもあり、充実していたのですが、学生時代からあった「公共政策に携わりたい」という思いも次第に強くなっていきました。生活に密接するさまざまなサービスに携わるなかで、民間からだけではなく、公共からも何かできないか。社会の基盤に関わることを仕事にできないかと思うようになりました。じつは働きながら体調を崩した時期もあったのですが、「いつまで健康で働き続けられるかは誰にもわからない」「これからの人生で、自分は何がしたいのか」と考えたことも、転職を決めた一つのきっかけになりました。
「公共政策に携わる」と言ってもさまざまな選択肢があるなか、なぜ、厚労省を志望されたのでしょうか。
所管が非常に広く、生活に密接した政策や法律に携われるのではないか?と考えました。私自身、母子家庭で育ったのですが「さまざまな制度や支援に助けられ、ここまで生きてくることができた」という思いもあって。だからこそ社会の基盤を支える側として何か貢献できることがあればしていきたい。また、前職時代に生活に密着した分野に携わってきたこともあり、イメージがしやすかったという部分もあります。とくに健康上の都合で働けなくなってしまった方でも、もう一度、社会で元気に活躍していけるような支援などは、多くの人に必要とされるもの。そういった領域にも貢献したい思いがあり、厚労省を志望しました。
大学時代、ボランティアなど社会活動などに参加し、「公共政策にも携わりたい」という思いを抱いたという鈴木さん。「学生時代には国際協力に関する団体でのインターンやNGOでの活動などにも参加しました。特に東南アジアでのボランティアでは、日本とは全く異なる衛生環境を目の当たりにし、現地の課題にも直面しました。ただ、個々のNGOだけで解決できる課題には限りがある。そういった課題に向き合うためにも、社会の基盤をつくっていくような仕事に携わりたいと考えました。」
現在の仕事内容について伺ってもよろしいでしょうか。
現在は、健康・生活衛生局総務課の課長補佐として、「がん・疾病対策」や「生活衛生の向上」に関する業務を担当しています。健康・生活衛生局には「かけがえのない命と健康を守り、支える」 というミッションがあるのですが、少子高齢化が進行する中、人生100年時代を見据え、誰もがより長く元気に活躍できるよう、健康づくり、がん・循環器病対策、難病対策、生活衛生関係営業の規制・振興、食品安全の確保、感染症対策などに取り組んでいます。
私が担当している領域でいえば、理容業や美容業、クリーニング業、旅館業等、国民の生活に密着した業種の衛生規制と振興に関する業務や、国内におけるがんの罹患状況等を把握し、それらの情報を調査研究に活用して、その成果を国民のみなさまに還元するがん登録の制度など、がん対策に関する業務にも従事しています。
一つの局でも担う領域が広いと言えそうですね。そういった業務のなかでも、特に達成感、やりがいを感じた仕事があれば教えてください。
直近では、昨年の通常国会で新たに成立した法律をもとに、旅館・ホテルなど事業者向けの指針の策定等に携わったのですが、無事にリリースすることができ、達成感が得られた仕事でした。
具体的には、検討会の立ち上げから携わったのですが、旅館・ホテルの事業者団体、学者・有識者、弁護士の方々に加え、障害者関連団体、患者団体の方々にも参加いただき、検討を進め、取りまとめていきました。利用者側、事業者側、双方から挙げられるさまざまな意見や懸念点について、双方と調整しつつ、一つひとつ解消していくプロセスに携わることは、大変でもありましたが、双方に納得されるものを作り上げることができたときは、達成感を感じました。
もちろん、ただ指針があっても、社会に浸透しなければ意味がありません。指針ができた後はいかに周知・広報していくか。簡略化したリーフレットを作成したり、旅館やホテルで掲示できるポスターを制作したり、一般の方々にも理解しやすいように配慮し、さまざまな資料なども用意したり。今後どれだけ多くの方に知っていただき、適切に運用が進むか。そういった部分は今後の課題として見ていければと思います。大きな方針は法律で決まっていくものですが、具体的な内容をどうしていくか。実際にどう運用していくか。どう社会に浸透させていくか。重要な政策の方向性を担うやりがいがあると思います。
「選考において印象的だったのは、意見や見解を求められたこと」と振り返る鈴木さん。「面接では志望動機や転職理由など一般的な質問もありましたが、さまざまな政策や社会の動きについて意見・見解を求められたことが印象的でした。私なりの考えはお伝えしたものの、違う視点から「こういった場合はどう考えるか」「その案だとこういった課題は解決されないがどう捉えるか」などディスカッションに近いもので、非常に勉強になり、楽しかった記憶があります。私の勝手な推測に過ぎませんが、完璧に答えられなかったとしても、どのような課題が存在し、考え方をどう展開できるか。論理的な思考によって、多くの選択肢のなかから検討ができるか。そういった部分が重視されていたのかなと思います。」
続いて、ミスマッチをしないためにも知っておくべき厳しさがあれば教えてください。
影響範囲が大きい決定をしていくわけですが、同時に時間も限られています。そのため、ほとんどの仕事で速度と正確さの両立が求められ、厳しさを感じる方もいるかもしれません。たとえば、先ほどの指針の調整の際の話で言えば、指針に関するたくさんの修文意見があったとして、根拠・データに基づく正確な情報を収集し、さらに正しくスピーディーに反映する。さらにさまざまなステークホルダーにも合意を取っていくわけです。
当然、一人で全てを完璧に行うのはむずかしいため、チームとして着実に進めていく力が求められます。特に入省したての頃は、資料ひとつとっても、押さえるべきポイントを押さえられているか、正しく記載ができているか、上司とのコミュニケーションを密に取り、できるだけ多くのフィードバックをもらうことが重要だと思います。厚労省は、若手であっても、中身が伴った意見であれば、その意見を取り入れてもらえる環境であると思います。一方で、誰にも見せず、自分だけで80%ほど進捗させたとしても、そもそもの方向性が間違っていたら、全てをやり直すことになってしまいます。そうならないためにも、その都度細かく見てもらうことは特に意識していました。
活躍している優秀な職員の共通項について伺うと「あくまで私が思う部分ですが、考えが深く、限りなく最適に近い判断が素早くできる方が活躍しており、優秀だと感じます。」と鈴木さん。「判断がむずかしい局面、答えがない問いに直面した時、その時点における最適解を導き出せるか。これまでの経験、見てきたものの多さ、相場感もあると思うのですが、多角的な観点から検討を加えた上で回答する。そういった経験に裏付けられた、深い考察力と洞察力を持っている方が優秀だと思いますし、私自身も磨いていきたい部分です。」
最後に、鈴木さんご自身が仕事を通じて実現したいことについて伺わせてください。
仕事をすることで社会に継続的に関わり、何らかの形で貢献していきたいと考えています。そこに向き合いつつ、自分自身も成長できればいいなと思います。どう社会のためになることができているか。最もわかりやすい方法が「仕事」なのかもしれません。やはり人のためになる仕事をしたい気持ちは強くあるのだと思います。そう考えると、あらためてより国民生活の基盤に近い厚労省の仕事は、私自身の関心にも近い領域だと言えます。
また、これだけ変化の激しい時代なので「変わらない」ということは、インプットがなく、ただ損失していくだけとも捉えられます。だからこそ、日々勉強していきたい。常に新しいことにチャレンジし、取り入れていきたい。良く言えば好奇心旺盛、悪く言えばただの飽き性なだけかもしれませんが(笑)あらためて厚労省は多岐にわたる公共政策、事業を所轄している省でもあるので、各分野で学びを深め、さまざまな新しいことに挑戦していきたいです。