特定の微生物を「炭」に付与する独自技術(※)により、農地・畑の土壌づくりに革新を起こす――TOWING(トーイング)が開発した高機能バイオ炭「宙炭」を活用することで、それまで5年かかると言われていた良質な土壌づくりを約1ヶ月に短縮。さらに「月の砂」での野菜づくりも可能にするというから驚きだ。彼らが解決のために向き合う地球全体の課題とは。代表である西田宏平さんの志に迫った。
(※)TOWING独自のバイオ炭の前処理技術、微生物培養等に係る技術を、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構が開発した技術と融合し、実用化しました。
バイオベンチャー「TOWING」について
・特定の微生物群を「炭」に住まわせた人工土壌「宙炭(そらたん)」の開発・販売を手掛ける
・「宙炭」は有機農地の土壌改良期間を大幅に短縮。環境に優しく、CO2削減効果が期待できる
・さらに「月の模擬砂」を利用した研究も進行中。月面農業の実現に向けた技術も国プロで開発中
・名古屋大学発スタートアップとして、地球と宇宙の双方で「持続可能な食糧供給」を目指す
特定の微生物を「炭」に付与する独自技術により、農地・畑の土壌づくりに革新を起こす――「TOWING」が手掛けるのは、持続可能な食糧供給プロジェクトだ。彼らはどのような課題の解決に向き合っているのか。その詳細から伺うことができた。
現在、世界中でさまざまな問題が起こっていますが、食糧危機もその一つだと言われていますよね。わかりやすいところだと、世界各地で「土壌劣化」が深刻化し、どんどん農作物がとれなくなってきています。
たとえば、ブラジルでは、以前まで取れていた収穫量を「100」とするなら、現在は「30」くらいに落ち込んでいるそう。主に森林を削る「焼き畑」で畑をつくり、食糧を生産してきたわけですが、環境負荷が非常に高く、持続できない未来が確実視されています。では、焼き畑農業をやめて、持続可能な資源を活用した有機肥料を活用した土壌づくりへとすぐにシフトできるか?といえばそれも難しい。土づくりに相当な時間と労力がかかり、収穫量が下がってしまうからです。つまり、現在の農業手法は「生産効率は高いが、環境負荷も高い方法」か「環境負荷は低いが、生産効率が低い方法」に限られていると言えます。
また、世界的に人口は増加傾向にあり、食糧の増産も必要となります。「人口増加」と「食糧生産増加」のために「生産効率は高いが、環境負荷が高い方法」を取らざる得ない。そういった「負のスパイラル」が生じています。
そもそも農業自体が「エネルギー産業」や「製造業」と同じように、温室効果ガスを非常に多く排出している産業でもあります。たとえば、水田、農地土壌、肥料などからメタンやN2Oが多く排出されています(*1)。じつに、世界全体で排出される温室効果ガス排出の4分の1は、農業・林業・その他土地利用によるもの(*2)。地球温暖化防止においても、新たな農業手法の開発が必要とされています。もう一つ、日本は食糧自給率が低い国ですが、その向上にも寄与したい。これらの課題に対し、健康的な土壌づくりを通じ、持続可能な食糧供給を目指していくのが、私たちTOWINGです。
(*1)参考『気候変動に対する農林水産省の取組 』農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/GR/attach/pdf/s_win_abs-71.pdf
(*2)参考『農業の「脱炭素化」に向けた取り組み~持続可能な「食」を可能に~』 ASUENE MEDIA
https://earthene.com/media/359
「TOWING」が解決に向き合う課題について
その1|地球全体の食糧危機問題
その2|農業によって排出される温室効果ガスの削減
その3|日本の食糧自給率向上
いかに持続可能な食糧供給を目指していくのか。そのソリューションの一つとして注目を集めているのが、TOWINGが開発した高機能バイオ炭「宙炭」だ。
私たちが主に開発・販売しているのが「宙炭(そらたん)」という高機能バイオ炭です。この「宙炭」は、複数の土壌微生物群を、淘汰し合わないように「バイオ炭」に付与し、農地に作用させて、健康的な土壌をつくれるというものです。じつは「日本酒」の研究において「微生物がどう作用しているか」を調べているなかで見つかった独自技術でもあります。この「宙炭」を畑に混ぜ、土壌づくりに活かすことで野菜の収穫量を増やし、生産効率を高めていくことができます。
現在、「宙炭」を使った全国30都道府県、200件ほどのプロジェクトで試験導入されています。農作物や地域によって異なりますが、「宙炭」を使うことで、収穫量を10~70%ほど増せたという結果も出ています。今後はアメリカ、ブラジル、アジアでも事業を拡大していく予定です。
ただ、もちろん全ての農家さんで結果が出ているわけではありません。どのような畑にもまけば上手くいくという、魔法の資材ではないので、農家の方と密にコミュニケーションを取った上での実用を進めてもらっています。
この農家とのネットワークもTOWINGの強みと言える。じつは彼ら自身も研究農園も持ち、野菜販売も行なう。それは人工土壌の研究と同時に、事業モデルを深く理解し、農家に伴走していくためだ。
いくら技術的に優れていても、ムリなく、適正な価格でないと、農家さんには継続して利用してもらえません。継続利用いただき、生産効率を上げるためにも、伴走しながら「土づくり」と「アップサイクル」を含めたソリューションを提供していく。たとえば、資材費単体では多少割高になってしまっても「毎年どのくらいの収穫量が期待できるか」を精緻にシュミレーションし、結果を振り返りながら、バリエーションや投入量を調整していくことで、収穫量そのものを増やすことができれば、収益を伸ばしていけます。そんな風に、現場で農家さんのニーズや課題を拾い上げ、収益増に貢献していけるのも私たちの強みです。
実際、バイオ炭や肥料を作る会社はありますが、どのくらい農地にフィットするか、収穫量をどのくらい増やせるか、実地での知見が足りないといったことも。その点、私たちは土壌研究の知見、実地での使い方に入り込んでいける、いわば技術的なプロバイダーでもあります。実際、JAさん、全農さん、その他にも商社・エネルギー企業さん、飲料メーカーさん…さまざまな企業・団体と連携し、プロジェクトを進めており、土壌研究や実装におけるブレーンとしてのポジションを築いています。
「宙炭」について
高機能ソイル技術を活用した高機能バイオ炭の名称。日本酒の発酵技法を応用し、意図的に"土壌微生物菌群"を再現。畑10aあたり、CO₂換算で1~4tの炭素固定が可能で、収量の向上や減化学肥料・有機転換の実現などの効果がある。さらに「月の模擬砂」を焼結し多孔体にすることで、バイオ炭と同じように微生物を付与し、コマツナを栽培させる実験にも成功している。「人類が月で暮らしたいとなった時、月の砂で野菜がつくれるため、土や食物の輸送コストを大幅に削減できる」と西田さんは語る。24年に愛知県に自社プラントを建設し、25年には国内3機の生産体制とプラントコンサル事業を目指す。カーボン・オフセットの選択肢として注目される「バイオ炭」
もう一つ、彼らのソリューションが注目される背景には、企業で進むカーボン・オフセット対応もある。その概要についても解説いただいた。
日本でも対象企業に、温室効果ガスの排出量の報告義務が課されるようになりましたが、併せてカーボン・オフセットへの対応も進んでいます。企業活動においてどれだけ努力しても排出削減がむずかしいところもありますよね。その排出量を算出し、他の分野によって実現された温室効果ガスの排出削減・吸収量を「クレジット」として購入できるというもの。「宙炭」も施用量に応じたカーボンクレジットの代理取得・販売、売却利益の一部還元に対応しており、ニーズに応えることができます。
特にグローバルだと「バイオ炭」が炭素クレジットとして高く評価されはじめています。2023年9月にはマイクロソフト社がバイオ炭の炭素除去クレジットを購入する契約を締結したことも話題になりました。自社の排出量を削減する省エネフェーズからオフセットフェーズになってきているのだと考えています。TOWINGでも、IT系の会社さん、製薬系の会社さんが自社のCO2排出量をオフセットする手法を模索するなかで、私たちのプロジェクトに注目いただくケースが増えています。
なぜ、炭素クレジットとして「バイオ炭」が注目されているのか。その理由について西田さんはこう語る。
まず、鶏ふんや牛ふんなどの堆肥を農地・畑に散布するより、バイオ炭を活用したほうが「炭素固定」ができ、CO2削減につながるとされている点は大きいと思います。
また、たとえば、東南アジアやアフリカなど、今後の人口増が見込まれる地域に「宙炭」の製造プラントを設置できれば、現地の雇用が生まれますよね。さらに地元の農家さんの収穫量アップ、所得アップにつながれば、地域開発にもつながります。そうなれば、炭素クレジットを購入した企業の商品を購入する方が増える可能性にも繋がります。もちろん、CO2吸収源となる森林保全なども一つのアプローチですが、地域開発との繋がりは少し薄いです。同時に多様なオフセットが求められているなか、バイオ炭が新たな選択肢として注目されているのだと思います。
実際、グローバルではさまざまなバイオ炭企業が誕生していて。私たちも競合するのではなく、連携してプロジェクトを進めているところでもあります。バイオ炭だけで見ても、2032年までに54億米ドルの市場規模になると推定されおり(*3)、これからの成長産業として期待されているといっていいと思います。
(*3)バイオ炭市場レポート |グローバルインフォメーションhttps://www.gii.co.jp/report/imarc1451221-biochar-market-report-by-feedstock-type-technology.html
「TOWING」の強みについて
【1】日本酒の発酵技法を応用した土壌微生物菌群 × バイオ炭による人工土壌を独自開発
【2】JAや全農とも連携。自社でも農業経営。全国30都道府県の農家とのネットワーク
【3】世界で新たなカーボン・オフセットの選択肢として増す「バイオ炭」の引き合い
そして伺えたのが、今後の展望について。
まず何よりも大切にしていきたいのは、農家さんとのコミュニケーションの積み重ねです。私たちは、表立って目立っていく存在ではなく、縁の下の力持ち。そんな風にしてどれだけ伴走し続けられるかがこの事業にとって一番のポイントだと思っています。
当たり前ですが、食卓で野菜を食べるときに「これがバイオ炭による炭素固定のメカニズムによって作られた野菜なんだ」と意識する人ってほとんどいないわけですよね(笑)でも、それでいいと思っているんです。理想は、みなさんが普段当たり前にしている食事がじつは脱炭素な社会、そして未来につながっていく状態を作ることです。
目の前でいえば、「宙炭」の製造プラントを増やしたり、海外展開を加速させたり、やるべきことは山積みです。研究、製造、アライアンス、さらに農家さんへの農地改良や収穫量アップのためのコンサルティングなど、全方位的に取り組んでいく考えです。
最後に、西田さんが抱く「夢」とは――。
唐突にこの夢だけを話すと、変な人だと思われるのですが(笑)もともと会社をつくろうと思った目的は「宇宙で農業をすること」だったんですよね。月面で機能する農業システムをつくりたい。実際、内閣府が主導する「宇宙開発利用加速化プログラム(スターダストプログラム)」にも採択されており、宇宙農業のための開発も進めているところです。
そういった夢を抱いた原点に近いのかもしれませんが、もともと名古屋大学の地球環境学部に在籍していた時、講義である動画を見たんですよね。カナダの豊かな森林を伐採し、シェールガスを採取していくというもの。非常に印象的だったのは、現地の人たちが非常に困っているものの、何もできない現状でした。
日本での私たちの豊かな生活は、グローバルで見たとき、非常に歪な構造の中で成り立っているのではないのか。そういった社会の歪さに関心を抱くなか、食糧領域のプロジェクトには、世界を変えるポテンシャルがあるかもしれないと考えるようになりました。もともと農業や宇宙の分野に興味があり、時代の潮流ともフィットしたのだと思います。
ただ、そういった課題意識はありつつも、自分としてやりたいのはシンプルに、宇宙で暮らす、未来の人たちがおいしい野菜を食べられるようにしたいということ。まずは地球を良くしていくこと、事業化していくことで、宇宙のことをやる余裕も生まれていくと考えています。まずは東南アジアやアフリカ、ブラジルなど、これから開発が進んでいく地域でプロジェクトを成功させ、宇宙に進んでいきたい。もちろん日本にもまだまだポテンシャルがあります。未来を生きる人たちが食べものに困らず、これ以上暑くならない、住みよい環境にしたい。そのためにも、まずは2030年、そして2050年の脱炭素計画を成立させていけるよう、自分たちの技術を社会実装していければと思います。
西田さんに聞く「TOWINGにフィットする人物像」について
TOWINGは研究、製造、販売、アライアンス、農業コンサルティング、海外展開など全方位的に事業展開を行なっているスタートアップです。そのため、メンバーたちの多様性が非常に高いことが特徴。さまざまな職種のメンバーたちと連携しながら、未知の事業を推進していける方が活躍いただけると考えています。もちろん、農業、肥料製造・開発、土壌微生物など、高い専門性を持つメンバーも多くいますが、さまざまな人たちから積極的に情報をインプットし、柔軟性を持ってプロジェクトに加わり、変化を楽しむことができる方がよりフィットすると思います。
また、農業や土壌づくりに興味がある、資源循環や脱炭素をミッションとして取り組みたい、経営層と近い距離で仕事をし、スタートアップでの経験を積みたいといったメンバーが多く在籍しています。自らの発言・提案が事業展開に大きな影響やインパクトを与えていける環境ですので、農家さんたちとのコミュニケーションをヒントに、事業やビジネスに活かしてほしいです。ぜひ多様なメンバー、そして社外のパートナーとも一つのチームとして新たな市場創出と「持続可能な食糧供給」を目指していきましょう。
TOWING 代表取締役 CEO 西田 宏平