人々の暮らし、そして未来と深く関わる壮大な挑戦となる宇宙開発。その中心的役割を担う「国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)」にて10ポジション以上での公募が開始された。同募集にあたり、もともと航空会社にて技術職として働き、2021年にJAXAに入構した大濱伸之さんを取材した。なぜ、大濱さんは次なるキャリアにJAXAを選んだのか。また、有人与圧ローバー(月面探査車)をはじめ、JAXAでこそ携われる宇宙開発ミッションとは――。
JAXAが「業界経験不問」で10ポジション以上を一斉公募
日本の次なる基幹産業と目される「宇宙産業」――2040年には世界市場が140兆円規模へ拡大すると予測され、国内市場規模も2030年代早期に倍増させる目標が設定されるなど、産業としての大きな可能性が期待されている。JAXAでは、こうした成長を後押しするため、10年間で1兆円規模を支援する「宇宙戦略基金」の創設、民間企業による宇宙輸送等を可能にする「宇宙活動法」の改正といった、多様な取り組みを中心的に推進。「宇宙と空を活かし、安全で豊かな社会を実現する」という使命のもと、宇宙分野の基礎研究から開発・利用に至るまでを一貫して行なっている。また、多様な企業や大学等と連携する宇宙関連事業のハブ(結節点)として人類の活動領域拡大を目指し、種子島宇宙センターをはじめとする全国19ヶ所、加えて海外5ヶ所に拠点を構え、宇宙安全保障の確保や地球環境問題の解決、イノベーションの創出など多様なミッションに挑み続けている。
月面探査や天文・地球観測、技術実証など、常に多様な宇宙プロジェクトを推進していくJAXA。こうした挑戦をさらに前に進めるため、高度な専門性を有するより多くの仲間を求めている。募集ポジションの一例として、1972年のアポロ17号以来となる有人月面探査を目指す「アルテミス計画」で重要な役割を担う有人与圧ローバー(月面探査車)開発や、月の水資源の利用可能性を調査する「LUPEXプロジェクト」におけるLUPEX探査車(ローバー)開発、そして国際宇宙ステーションにおけるシステム開発などが挙げられる。いずれも重要なプロジェクトに携わるポジションとなる。ぜひ詳細を確認の上で、この貴重な機会に応募をしてほしい。
大学院卒業後、航空会社に「技術系総合職」として入社し、約10年間勤務をしたという大濱さん。なぜ転職を考え、JAXA入構を決めたのか。その経緯から話を聞いた。
前職は、まさに「技術で公共交通機関を支える仕事」であり、社会への貢献が実感でき、大きなやりがいがありました。一方で、航空産業は歴史が長く、成長産業というよりは円熟した産業と言えます。そういった中で芽生えたのが、これから新しく立ち上がっていくような産業で、自分が培ってきた「乗り物を使う(運用)」という経験を活かせないか?という思いでした。
じつは大学時代に宇宙系の研究をしていたこともあり、抱いていた宇宙への思いが再燃した部分もあったように思います。ちょうど私が転職を意識するようになった2020年前後、アメリカのNASAがアルテミス計画(*)を公表し、「再び月へ行く」と打ち出したタイミングでもありました。当時、日本もそれに参画するというニュースが広く報じられており、自然とキャリアの選択肢として考えるようになっていきました。
宇宙分野の中でも、ロケットや人工衛星は歴史が長いですが、「有人月探査」は1972年のアポロ17号以来、まだ誰も本格的に着手していないフィールドです。航空業界でも新たな航空機開発はありますが、それらは過去の実績の延長線上にあります。それとは全く違い、産業そのものがまさにこれから立ち上がっていく。その黎明期に自ら携われるかもしれない。そこに大きな働きがい、魅力を感じ、JAXAでキャリア採用に応募し、入構を決意しました。
(※)アルテミス計画・・・アメリカ航空宇宙局(NASA)が主導する、月面への有人着陸および長期滞在を通じた持続的な月探査を目的とした計画。同計画で日本は有人与圧ローバーを提供する代わりに、日本人宇宙飛行士による2回の月面着陸機会を得ることが決まっている。米国人以外の月面着陸が実現すれば、初の事例となる。

▼大濱さんの前職の仕事内容について
「前職は、航空会社にて海外製エンジンを中心とする広義の「航空機エンジニア」として働いていました。3年ほど航空機の整備現場で経験を積んだ後、航空機の整備プログラムの企画や、海外メーカーとの技術調整などを担当しました。職種的には技術職ですが、いわゆる「作る側」ではなく、作られた飛行機をどううまく使うか、つまり「使う側」の立場で航空機の運用や新たな整備技術の企画や導入を専門としてきました。たとえば、技術的な整備プログラムや整備計画の検討、航空機メーカーとの技術調整、そして整備士が使うマニュアルなど手順書作成を担いました。どのような点検をどのタイミングで実施すれば故障が起きる前に検知できるか、また、メンテナンスを増やしすぎるとコストがかさむため、どのようなアプローチをすればコストを最小限に抑えつつ高い信頼性を維持できるか。こういったさまざまな課題について、メーカー側のエンジニアとも話し合いながら仕事を進めてきました。立場が異なる様々なステークホルダーと意見を交わしながら業務に携わった経験は、JAXA入構後も活きている部分だと感じています。」
▼ JAXAでの選考で印象に残っていることについて
「まず、メーカーなど宇宙関連事業での採用の場合、多くが設計・開発職の募集であり、私のキャリアでは転職が難しいのではないか?と感じていました。ただ、国の宇宙機関、つまりJAXAであれば企画調整の経験が活かせると考え、応募しました。選考面接では「航空業界での経験をどう活かせるか」という点を重点的に話した記憶があります。また、約10年ぶりに履歴書を書くにあたり、これまでのキャリアをじっくりと振り返るきっかけになりましたし、自身の強み・スキルを再認識する意味でも非常に良い機会になったように思います。」
こうして2021年にJAXAに入構した大濱さん。働く魅力についてこう話をしてくれた。
民間企業や大学と一体となって「宇宙開発」を盛り上げ、産業全体を立ち上げていく。そのハブ(結節点)を担い、大局的な視点で関われるのは、JAXAで働く魅力だと思います。
特に海外のパートナーであるNASAはもちろん、国内ではトヨタ自動車をはじめとしたメーカー、そして政府の方々など、仕事で関わるステークホルダーが幅広い。そこで交わされる議論の密度の濃さは、まさに国の宇宙機関であるJAXAならではだと思います。
特に日本の宇宙産業では、人工衛星やロケットの分野で多くの企業が活躍しています。JAXAは、そうした企業が自身の戦略や技術を活かして宇宙開発を進めることを後押しする立場でもあります。資金的な裏付けをもって支援し、産業の幅を広げていくことも私たちの役割です。
もちろん、現在進行中の宇宙機開発に携われることも醍醐味ですが、仮にその機会を逃したとしても、JAXAには複数のプロジェクトや事業があり、新たに立ち上がるミッションや多岐にわたる宇宙領域に関与できることは非常に魅力的だと感じています。
実際、大濱さん自身も2021年の入構当初は事業推進室にて「宇宙戦略基金」の立ち上げに携わり、現在は2031年に向けて開発を進めている有人与圧ローバー(月面探査車)のプロジェクトに携わっている。現在のプロジェクトでのやりがいについても聞くことができた。
有人与圧ローバーの開発は人生で一度きりのような大きなプロジェクトです。人類がまだ誰も挑戦したことのない課題を検討し、新しいことを実現していく。そのプロセスは、大変であると同時に大きな面白みを感じています。
技術的な課題は本当に誰も経験したことのないものばかりで、誰も明確な答えを持っていません。だからこそ、お互いに手探りの状態から様々な議論を重ねていく。仮説を立てては試験を繰り返す。ゼロから何かを立ち上げていくプロセスに今まさに携わることができています。開発はまだ初期段階のため、今後数年間は「確かな答えはないけれど、まずやってみよう」という挑戦から始められる醍醐味があります。
また、前職の航空会社での仕事とも重なりますが、実際に「人を乗せて動くもの」をつくるので、そういった光景を目の当たりにできる感動はあるかもしれません。もちろんローバー開発で言えば、まだ開発段階ですが、プロジェクトが順調に進み、月に到達した暁には、夜空に浮かぶ月を見上げて「あそこに、自分たちが作ったローバーがあるんだ」と思える日が来るかもしれません。もちろん、そこに至るまでの道のりは、日々の地道で大変な業務があり、それらを一つひとつ乗り越えていかなければなりません。ただ、これは他では決して経験できない特別な仕事だと感じていますし、その瞬間が今から本当に楽しみです。
続いて聞けたのが、前職時代のどういった経験、培ってきた能力が活かせているか。
まず技術的な基礎知識はとても役に立っていると思います。宇宙技術は、航空技術から派生して立ち上がってきた歴史があり、技術的な専門用語やシステム設計の考え方、そして有人機に求められる安全性の基準など、航空業界と宇宙業界で親和性が高いものは多いと感じます。宇宙飛行士の中にはパイロット経験者もおり、航空機を基準に話すことも多いです。また、前職時代もアメリカのエンジンメーカーとやり取りし、調整を図ってきた経験も活きていると思います。その相手が政府やNASAなどに変わりましたが、調整の進め方、考え方といった部分は親和性が高く、航空会社時代に培った経験が役立っていると感じます。
一方で、全く違うのは「予算の考え方」です。宇宙開発は、国の予算で進めなければならない部分が多くあります。政府を相手に予算を要求していくのですが、限られた国家予算の中で、どのような優先順位と戦略で計画を進めるのが最も現実的か。どのような調整や折衝が必要なのか。これらはJAXAに入ってから、多くの方と話しながら学んでいった部分です。
JAXA入構後、大濱さんが担当してきた業務について
■「宇宙戦略基金」の立ち上げ|2021年~2024年
まずは企画系の部署である「事業推進室」に配属され、「宇宙戦略基金」の立ち上げに携わりました。これはJAXAで初めてのファンディング制度を構築する事業で、JAXAは資金配分機関として民間企業や大学などへファンディングを行い、新たな技術を育て、社会実装を加速させていく仕組みです。JAXAにとっても全く新しい試みであり、その立ち上げという重要な局面に関われたことは、非常に大きな経験になりました。また、同じ部署に在籍していた時、「有人与圧ローバー」の開発が正式なJAXA事業として立ち上がる際の予算準備や、技術的な審査会の取りまとめなども担当しました。ここでの経験が、現在の部署への異動を志望したきっかけになりました。
■有人与圧ローバー開発|2024年~
事業推進室を経て、現在は有人与圧ローバーの開発を担当する部署に所属しています。担当業務は大きく2つあり、1つは政府への予算要求や企業との契約調整といった予算関連の業務です。もう1つは前職の航空会社での経験を活かせる「クルーインターフェース」機器の開発業務です。ローバーはいわば「月面を走るキャンピングカー」でもあり、宇宙飛行士が乗り、操縦し、生活する乗り物です。操縦性や操作性につながるコックピットのデザインに加え、クルーが快適に過ごせる居住環境をどう構築するかを検討しています。これは、乗り物を「使う側」の前職経験を活かしたいと希望し、担当することになりました。ただ、実際に運用される外部環境をある程度想像できる航空機と、月面を探査する有人与圧ローバーでは根本的に考え方が異なる部分も多くあると感じます。たとえば、月面、特に私たちが目指す南極域は未知の領域です。太陽の位置が極端に低く、強烈な光と完全な闇が混在する環境が想定されます。そのような場所でどのように安全に操縦するのか、という運用コンセプトを根本から考えなければなりません。また、ローバーは単なる移動手段ではなく、数ヶ月間生活する「暮らし」の場でもあります。国際宇宙ステーション(ISS)より狭く、トイレやネット環境も制限される厳しい状況で、いかに生活環境を改善できるか。こういった点を一つひとつ検討し、課題と向き合っていく難しさと面白さがあります。このように「予算」と「技術」の両面から、プロジェクト全体を見渡す立場で横断的に関われるのがJAXAの仕事の面白さだと思います。

やりがいの一方で、ミスマッチしないためにも事前に知っておくといい部分について、「JAXAで働く上で知っておくといいのは、民間企業とは異なる文化、進め方などがあるという点です。」と話す大濱さん。「JAXAはあくまでも国の宇宙機関であり、税金で運営されています。ですので、契約やお金の公平性に関するルールや考え方は民間と全く異なります。その点は航空業界出身の私でも一から勉強し直さなければなりませんでした。ただ、私が所属する有人与圧ローバーの開発部署には民間出身者が非常に多く在籍しています。みんないわば「外から来た者同士」なので、新しく入る人が何に戸惑うかを理解していますし、部署全体でフォローする体制が整っています。ですので、過度な心配は必要ないとお伝えしたいですね。」
そして取材後半に聞けたのは、大濱さんの今後の目標について。
まずは今携わっている有人与圧ローバーの開発を確実に進め、きちんと月へ送り届けていく。これをやり遂げたいですね。ただ、月へ行くまでは序章に過ぎません。月へ到着した後、そこに宇宙飛行士が乗り込み、月面を探査する。そこからが本領発揮です。新しい科学的な成果や、今議論されている水資源の探査などにつながるプラットフォームとしての機能を担います。いかに作るだけで終わりではなく、作った後に「使う」段階でどれだけ価値を発揮できるか。航空会社時代もそうでしたが、「作る側」と「使う側」、両方の立場をつなぐことが、私のキャリアで貢献できる部分だと考えています。その両者を今から巻き込み、月へ行った後に真価を発揮するローバー開発に貢献していければと思います。
最後に、大濱さんにとって「仕事」とは一体どういったものなのだろうか。
仕事に求めるものは人それぞれだと思いますが、私自身にとって仕事は「世の中とのつながりを実感できるもの」だと思っています。前職の「航空機」はまさに公共交通機関でしたし、現在の宇宙機開発も、社会を支える側の仕事だと思っています。もちろん日々の仕事では大変なこともありますが、一つひとつが誰かの生活の一部になったり、「夜空の月」に自分の仕事の成果を見出せたりすること。それらが仕事の手応えとなるものなのかもしれません。
また、特に現在携わっている有人与圧ローバー開発は、オールジャパンで取り組んでいく仕事でもあります。将来日本人だけでなく、アメリカやヨーロッパ、アジアなど、世界中の宇宙飛行士が乗ることになるかもしれません。その際は、それぞれの国の宇宙飛行士が乗っている映像が多くの人々に届くはず。その時には「日本らしい素晴らしいローバーだ」と思ってもらえたら嬉しいですし、その作り込みにも関わっていきたいですね。そういった仕事を通じ、社会との「つながり」を作っていければと思います。








