札幌・北海道による「スタートアップ推進担当係長」公募がスタートした。担うのは、札幌発、世界で戦えるスタートアップ企業の創出だ。「スタートアップ推進担当係長」は官民連携のハブ役となり、スタートアップ支援を行う。「北海道でも前例のないポジション。草分け的存在であり、非常にやりがいがある」こう語ってくれたのが、札幌市役所・イノベーション推進課で働く中本大和さんだ。北海道・札幌発のユニコーン企業は生まれるか――。
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官民連携のハブ役に。求む、スタートアップ推進担当係長
2020年7月、スタートアップ・エコシステム拠点都市に選定され、スタートアップ支援を本格化させている札幌・北海道。
全国的に見てもユニークなのが「さっぽろ産業振興財団」「札幌市役所」そして委託先である民間企業「株式会社D2 Garage」の3者によって『STARTUP CITY SAPPORO(SCS)』事務局を設立。ハイブリッドなチームで起業家・スタートアップ支援を行っている。
その大きな目的について、札幌市役所・イノベーション推進課で働く中本大和さん(38)はこう語る。
「イノベーションを通じた北海道全体の課題解決を目指したいと考えています。海外に目を向けると、スタートアップが既存の市場を壊し、世界を変えていく時代。札幌をはじめ、北海道の課題もそういったスキームで解決できる部分も多い」
日本全体でも労働力人口の減少、高齢化の課題がある。そして北海道からの若者の流出も大きな課題だと中本さんは語る。
「例えば、北海道大学、特に理系学生は、卒業すると9割が道外へと就職してしまう現状があります。優秀な人材が北海道で働きたいと思っても選択肢が少ない。ソフトウェアはもちろん、AI、宇宙、バイオテクノロジーなど、若者を惹きつけるようなユニークなスタートアップが集まれば、そういった状況も変えていけるはず。当然、短期的に急成長を目指すスタートアップ、成長産業が活発になれば、経済も活性化し、魅力ある土地として価値創造につながります。札幌・北海道のスタートアップ支援を通じ、このスパイラル、エコシステムの構築を目指したい考えです」
スタートアップ支援の取り組みは、2019年に始動し、今まさに土壌が整ってきたフェーズ。初となる「スタートアップ推進担当係長」の公募にあたり、その概要とやりがいについて伺った。
「STARTUP CITY SAPPORO(SCS)」での取り組み・プログラム一覧
▼SCS Startup School
学生向けに開催する、起業を学ぶためのプログラム。現役の起業家から体験談を聞く、考え方や知識を身につける、事業化に向けた相談などができる。
▼SCS RESEARCHER’S BOOT CAMP
研究者を対象に、研究活動で蓄積したナレッジ価値を分析し、プロジェクトを考え、人に共有するためのプロセスを学ぶプログラム。専門アドバイザーから継続的なフォローアップを受けることも可能。22年2月にはバイオヘルスケア編として、健康医療産業に関わる研究者が参加した。
▼SCS STARS Incubation Program
新しい起業家を生み出すための×TECHコミュニティ「STARS」と連携。起業志望・起業初期の社会人を対象としたコミュニティ型の連続講座。
▼Local Innovation Challenge HOKKAIDO
「さっぽろ連携中枢都市圏内」12自治体と連携。国内外のスタートアップと協働で、圏内の地域・行政課題の解決を目指す国内最大級の行政オープンイノベーションプロジェクト。「新しい観光サービスの開発」「地場産品の販路拡大」「交流人口・関係人口の創出」「スマート農業」「行政DXの推進」など計14のテーマに対するアイデアを募集。
▼SCS café
スタートアップの相談窓口。希望に合わせてオフラインかオンラインの選択が可能。毎月2回、札幌市・図書情報館での出張相談も実施。
▼J-Startup HOKKAIDO
経済産業省北海道経済産業局と共に、グローバルな活躍が期待される「地域に根差した有望なスタートアップ企業」を選定。2022年2月17日時点で計32社。累計資金調達額で約31億円の「AIQ」など飛躍的な成長が期待されるスタートアップも誕生している。
札幌のスタートアップ拠点で、コミュニティ運営を
はじめに伺えたのが、今回採用するスタートアップ推進担当係長が担うミッションについて。札幌・北海道を象徴するようなスタートアップ支援施設を開設したいと考えており、そこでのスタートアップコミュニティ運営を期待したいと中本さんは語る。
「入庁後まもなくは新しいスタートアップ支援施設の企画や開発、そしてコミュニティの立ち上げ、運営に期待したいと考えています。コロナ禍を経てオンラインでも活発にコミュニケーションが図れるようになりました。さらにこの拠点を軸に、スタートアップ関係者が出会い、つながることで、コラボレーションが生まれる場づくりを進めたい。スタートアップが盛り上がっている空気、機運を街全体でつくっていきたい。その象徴的な場所としたいと考えています」
過去、札幌市として「創業支援」は継続して行ってきた取り組みだ。ただ、そこにも課題もあったという。
「相談できる人が少なかったり、失敗に対するリスクが大きいと感じてしまったり、これまで起業に踏み切れない方が一定数いました。その点、スタートアップのコミュニティ、横のつながりが活性化すれば、情報共有によって成功確率が高まることはもちろん、一つの事業に失敗したとしても、その経験がむしろ価値になり、次なるチームでの挑戦機会につながっていくことも。札幌のエコシステムは、規模は小さいですが、キーパーソンにすぐ会えますし、みなさん非常に協力的です。失敗を恐れず挑戦ができる、そういった「チャレンジしやすい街・札幌」のイメージにもつなげたいと考えています」
札幌市市役所・イノベーション推進課 中本大和
北海道旭川市生まれ。民間金融機関で融資・渉外業務を担当後、子供が生まれたことをきっかけに2014年に札幌市役所へ転職。中小企業への金融支援・創業支援を担当。2019年から始まった札幌市のスタートアップ育成プロジェクト「STARTUP CITY SAPPORO」の立ち上げのプロジェクトメンバーに関わり札幌市のスタートアップ・エコシステムの発展に従事。2020年から出向先の一般財団法人さっぽろ産業振興財団で引き続きSTARTUP CITY SAPPOROのプロジェクトメンバーとして海外連携等を担当。2022年4月より札幌市に戻り、スタートアップ支援を担当している。
札幌ならでの起業メリット・魅力を発信していく
とくに札幌・北海道には他の都府県にはない強みがあり、それらを産業やイノベーションに活かす取り組みもスタートしている。
「例えば、日本の中でも数少ない広大な土地があり、ドローンの実証実験、ロケットの打ち上げなども可能です。食料自給率がカロリーベースで200%と高く、酪農や農業も盛ん。バイオテクノロジーにも強い。空港があり、利便性も高い。豊かな自然と街、そしてスキー場をはじめとしたレジャー施設も近い。他にはないさまざまな特徴があります」
一方で、そういった「ビジネスを基軸とした札幌・北海道ならではの利点」は広く伝えられていないのが現状だ。
「徐々に増えている札幌市での起業ですが、北海道出身の方が多いと感じます。非常に郷土愛が強く、ここは一つの強み。ですが、道外出身の方からすると、そもそも札幌市がビジネスに力を入れていることさえあまり知られていません。ブランディング、発信、プロモーションも大きな課題。ここをゼロから手がけていくことも醍醐味になるはずです。私自身、北海道生まれ、北海道育ちなので、道外、もっといえば海外含めて、北海道をどう魅力的にPRしていけばいいか、あまり客観的に見ることができていません。今回入っていただく方には、ぜひ客観的に見た北海道ならではの強みを打ち出し、広めていく役割も担っていってほしいですね」
札幌市役所のイノベーション推進課は課長と8人のメンバーで構成される。スタートアップ担当が2名、バイオ産業担当が3名、IT産業担当が3名。「スタートアップ担当は、ゼロからイチの立ち上げを任され、必要に応じてバイオ・ITチームと連携します。すごく特殊な部署で、スタートアップや投資家、地元の大企業、その他、市内各所とも仕事をしていく。今までの役所の常識にとらわれない動き方をします。市役所内でも若い職員から憧れられる組織にしていきたいです」と中本さん。
スタートアップの伴走者として働くやりがい
現在、札幌市役所内のイノベーション推進課、スタートアップ担当は2名。そこでの仕事内容、働くやりがいについて中本さん自身の体験談を伺うことができた。
「スタートアップは投資家やベンチャーキャピタルなどから資金調達し、シリーズをあげていきます。そのための支援や事業の企画全般を担当するイメージかと思います。当然、市役所内での調整や許可申請などもありますが、あまり定形の業務はありません。実際のイベント運営、プログラム自体は委託先が行うことがほとんどですが、スタートアップからの直接の相談に乗ることも。例えば、スタートアップと大企業のアライアンスの話があり、交渉に同席したこともありました。札幌市として支援しているスタートアップとして、どういった点が優れているか、評価されているかご説明して。無事、その連携が進んで私自身もうれしかったですね。今まさに急拡大している企業なので、今後も非常に楽しみ。こういった成功事例を、どんどん増やしていきたいと思います」
自治体としてスタートアップに併走し続けていく。そういった「スタートアップ推進担当係長」はこれまでになかったポジションでもある。
「札幌市役所自体、スタートアップ推進担当係長の外部人材登用は初。おそらく北海道全体でも前例がなく、道内で唯一無二の存在といえるはず。将来的なキャリアにとっても必ずプラスになると思いますし、草分け的な存在として活躍いただければと思います」
札幌発のユニコーン誕生を目指して。
最後に伺えたのが、中本さん自身が抱くこの仕事への思いについて。
「札幌市は、2020年7月、スタートアップ・エコシステム拠点都市に選定されていますが、その選定を得るため、私自身、中央省庁に行き、さまざまなお話をお聞きしました。その時、中央省庁の方に札幌の印象を聞いたところ「札幌はビジネスにあまり力を入れていないですよね」とデータを元にはっきり言われ、強い危機感を覚えました。他の地方都市と比べてもその差は明らか。内部ではどれだけがんばっていても、外から見たら「やる気がない」と映っている。この時、「自分たちでやらなきゃいけない」と強く思いましたし、あそこが大きなターニングポイントになりました」
そして今後、何を実現していきたいか。中本さんは、大きな志を胸に秘める。
「現在、起業する場所を考える時、東京が当たり前の選択肢ですよね。資金調達の場もありますし、人もたくさんいて。ただ、その選択肢に札幌が入るような状況を作っていきたい。感覚的で恐縮ですが、札幌にいけばおもしろいことができる、奇天烈なことが起こっている、そういった場所にしていきたい。もともと、前例のなかったことをやるので、例え失敗しても、それは失敗ではありません。一つの事業が実を結ばなかったとしても、次につながっていく。そういった街になれるはず。そして、将来的には、今の子どもたちが働くタイミングになり、札幌に残りたい、札幌で挑戦したいと思える街をつくっていきたいです。ちなみに札幌発のユニコーン企業はまだ1社もありません。国全体でもユニコーンの創出は目指しているところ。そういった企業が生まれる手助けができたらうれしいですね」