国内最大級の夜間・休日の救急プラットフォームを提供するファストドクター。2022年6月現在、パートナー契約を結ぶ医師は1,500名、看護師300名、医療従事者300名を超え、往診実績は年間80,000件を突破した。代表取締役の水野敬志さんは、「近い将来、『救急車を呼ぶ』という選択肢だけでなく、みんなが当たり前に『救急往診』という受診行動をとる文化を定着させていきたい」と語る。彼らの目指す世界、ビジョンについて、代表の水野敬志さんに伺った。
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救急医療体制の課題解決をサポートしたい
夜間や休日の急病、急な発熱で動けない、そんなとき。問い合わせれば看護師が医療相談にのり、最短30分で医師が自宅に来てくれるーー
時間外救急プラットフォームを提供する「ファストドクター」。2016年の創業以来、躍進を遂げている。
「ファストドクターは、救急車を呼ぶ、だけではない新たな選択肢になることを目指しています。救急車の無駄な出動を減らし、本当に重症な患者さんの搬送に救急車を活用できる状態に近づけられる。仮に消防に連絡が入り、救急車が行くまでではなさそうなケースにおいても、万一を考えてファストドクターに行ってもらおう、ということができれば死亡事故のリスクも減らせるはずです」
こう語るのは、ファストドクター代表の水野敬志さん。医師である菊池亮氏とともに、共同代表を務める人物だ。
119番をしたとき、救急車を呼ぶか、ファストドクターを呼ぶか選べる体制にしていくことで、救急医療体制の課題解決に挑むーー。
まず患者から問合せがあると、看護師が医療相談にのり診察が必要なのかどうか、緊急性の判断(トリアージ)を行なう。すぐに診察が必要と判断されれば、最短30分で医師が訪問する。
代表取締役 水野敬志
1984年生まれ。京都大学大学院農学研究科修了。新卒では外資系戦略コンサルティングファームに入社。その後、楽天にて戦略および組織マネジメントに従事。2017年よりファストドクターを含む複数ベンチャーを支援し、2018年にファストドクターの代表取締役に就任。管掌領域は事業全体。DX領域では医療現場を支える医師の働き方の改善、往診を効率化するシステムの開発に取り組み、患者様の立場にたつとコンタクトセンターの質の向上やリソースの確保、さらに地方においてもファストドクターをインフラにすべく地域のクリニックとの連携、組織の状態・採用なども行なう。
医療を届けるまでの一連を、シームレスに。
まずはじめに、なぜ夜間・休日の救急往診が求められるのか。その背景について、水野氏はこう語る。
「これまで、夜間や休日の急な体調不良時には、救急診療に対応している医療機関が少ないことから、救急外来が開いている大病院を探して徒歩やタクシーで駆け込むか、救急車を呼ぶ以外の選択肢がありませんでした。日本の制度上、救急車は要請に必ず応じるため、軽度な症状の患者のもとにも救急車が出動する。これにより、限られた人数で対応している救急医たちの疲弊につながるほか、本当に救急車を必要とする重症患者の搬送遅延が起きてしまっています。実際、ファストドクターのトリアージの結果でも、すぐに往診が必要な患者さんは全体の3割。7割の患者さんは、救急搬送の手配が必要な一部を除きほとんどは翌日のかかりつけ医受診や、近隣の救急外来の案内にとどまっています。この数字からも、いかに不要な救急車の出動が増えているのかがわかると思います」
救急医療におけるこうした課題を解決するためにファストドクターが立ち上げたのが、日本で初となる夜間・休日に特化した「時間外救急プラットフォーム ファストドクター」だ。「ファストドクター」では、医療アクセスが困難な夜間や休日に患者からの救急相談を受付け、緊急度判定のもと、必要であれば救急往診や救急オンライン診療といった受診環境を手配する。相談は誰からも受付け、事前の会員登録が不要なオープンアクセスの救急プラットフォームとなっている。とはいえ、オープンアクセスな受診環境の構築には課題があった。
「往診の仕組みは江戸時代からあるのですが、あくまで「かかりつけ医が日頃から診療している患者を訪問する仕組み」にとどまっていました。医師にとって、既往歴や保険情報、支払い能力の有無も分からない初診の患者のもとを訪れるのは、非常にハードルが高い。医師一人で医療設備・備品を患者宅まで運ぶのは困難ですし、病院と同じような検査も難しい。仮に処方箋を渡したとしても、患者さんは一人で薬を取りに行けない場合も多い。こういった事情から、初診患者の往診は進んでいませんでした」
そこで、ファストドクターは、テクノロジーとオペレーションによってこうした課題を解決し、診察室も薬局も持ち歩けるようにした。
「ファストドクタープラットフォームには1,500名の医師、300名の看護師、医師を現場まで運ぶドクターアテンダント(ドライバー)や医療事務といった人材のほか、往診車、処方薬、コロナやインフルエンザなどの感染症検査キットやレントゲン、点滴など、救急診療に必要なヒト・モノを集約しました」
そして、各持ち場における業務を最適化していくために取り入れているのが、自社開発によるDXやITによる効率運用だ。例えば、患者自身がオンラインで保険証登録や支払い登録をできるようにすることは、患者にはスマートな医療体験を提供し、医師にとっても事前確認などの負担を軽減することになる。
これにより、従来、参入が困難であった「初診患者の往診ができる体制」を構築したのだ。
「黒船」から一変、医師会からも頼られる存在に
コロナ禍では病床の逼迫により、自宅療養を余儀なくされる患者が相次ぎ、ファストドクターの需要はコロナ前の8倍になったという。
「コロナ以前は、年率1.5~2倍成長だったところが、2~3倍になっています。例えばコロナ前は東京、大阪だけで、10人から15人ほどの先生たちが巡回している状態でした。今は東京、神奈川、埼玉、千葉、愛知、大阪、兵庫、京都、奈良、福岡に地域を拡大し、1日で100人以上の医師が出動しています」
リリース時は、医師からすると「ファストドクターはかかりつけ患者を奪う存在ではないか」とも言われ、批判に晒されたこともあったという。
「いくらビジョンはあっても、当時は実績もない状態でしたから、無理もありません。ただ、ファストドクターは、コロナ禍でも1日も止まることなく往診をつづけてきました。実績を積み上げていくことで、『実際に現場で稼働し、患者さんのもとに医療を届けているのはファストドクターだったね』と医師会の方からも評価いただけるように。今では『夜間の診察は頼みます』と依頼をいただくまでになりました。ここから、一気にクリニックとの提携が進んでいきました」
ユーザー層の変化も大きかったと水野氏。「サービス開始当初はお子さまの利用が多かったですが、40代~60代の方々のウェイトが上がってきています。コロナは、糖尿病などの既往歴のある方の重症化リスクが高く、特に既往歴のある方の場合、自宅療養だけでなく重症化予防薬の点滴や酸素投与が必要となることが多いためです。さらに、クリニックとの提携が進んだことで、主治医の先生方からファストドクターを紹介してもらう取り組みを始めました。これによって、最近では高齢の方のボリュームも増えてきています」
救急往診を、持続可能なビジネスにしていく
いまや全国で1500人以上の医師とパートナー契約を結んでいるファストドクター。サービスの要とも言える医師たちからの支持も厚い。
「普段は大学病院に勤められている先生方からは、ファストドクターの理念とビジョンに共感しているし面白いと思っている、日本で本当に必要とされている医療に携われる、新たな医療の在り方をつくっていくことにやりがいを感じている、という声をいただきます」
それを示唆する、忘れられないエピソードがあるという。
「緊急事態宣言が出た2020年4月、5月。まだコロナワクチンもなかった頃、未知のウイルスを前に、レッドゾーンでの往診に一体どれほどの医師が協力してくれるのか、僕らとしても不安だったんです。ただ、当時約700名ほどだった医師にアンケートをとったところ、7割の先生が『診察できます』と回答してくれて。『お金だけであれば、もっと割のいいアルバイトはある。ファストドクターの理念とビジョンに共感しているから協力しているんです』という声をいただいた。本当に嬉しかったですね。先生方には、患者さんからの5段階評価と先生へのコメントも共有しています。なかには、『先生がきてくださったときは救世主のように見えました』といったコメントもあり、モチベーションにつながっているようです。また、将来開業医を目指す先生からは『勉強になる』という声もいただきます。その他、患者評価や勤務状況などの総合点数でグレードに応じた福利厚生も用意しています。携わってくださる先生方は、ファストドクターの財産。良い先生がいかにエンゲージメント高く働けるか。ここは非常に重要視しているポイントです」
続いて、今後のビジョンについても伺った。
「119番通報をした時に、救急車に加え、ファストドクターを一つの選択肢にしていきたい。すでに、一部の都道府県では、119番通報をすると救急車かファストドクターを選べるようにする実証実験をしていく話を進めています。とはいえ、まだファストドクターのキャパを超えたニーズも発生しているのが現状です。今後、さらに協力してくれる医師を増やし、充分な供給量を安定的に提供できるようにしていく。そして、デジタル化によって現場の生産性を高めていく。そうすれば、さらに多くの自治体でも『ファストドクターに相談してみよう』と検討の土台にあげられることも増えると考えています」
エリアマネージャー、DXポジションなどを募集しているファストドクター。入社する方に期待することについて、伺った。「デジタル化や仕組みの見直しによって、現場の業務フローを効率化していくことが重要だと考えています。現在、医療相談にのる看護師は、1人あたり1時間に2件ほどしか対応できていない状況があります。ここに対して、課題となるポイントを把握し、研修体制を見直したり、新たなシステムを導入していくことで、1時間に4~5人対応できるようにしていきたい。現場で状況を見ていただき、課題を発見して改善していっていただけると嬉しいです」
最後に伺ったのは、水野氏自身が、どういった経緯で現在の仕事と出会い、向き合っているのかについて。
「『高齢化』の問題は、日本の課題においてトップアジェンダであることは間違いないと思っています。私は以前コンサルティングファームで働いていた頃から『高齢化』に伴う、介護・医療領域こそ今後挑戦していくべき領域だと捉えていました。また、これは僕個人の話ですが、過去のキャリアを振り返ってみたとき、『労働集約な業務や取り組みが、ITの力でスムーズに流れていくとき』に最も自分の介在価値を感じられたんです。介護や医療の世界においても、人が介在せずともできることが多く残ってるはず。であれば、そこをテクノロジーによって解決していきたい、と思いました。現在、経営者として働くなかでは困難なこともたくさんある。命をすり減らしているような感覚すらあります。ただ、取り組めば取り組んだ分だけ、救急往診の文化が少しずつ日本全体に浸透していっている手応えを感じているんです。実際、認知率や利用率といった数字にも現れている。手をかけた分、ちゃんと手応えがあるからこそ、これからも走り続けられると思っています」