2023年度、経済産業省における中途採用が開始した。同公募にあたり、本田技研工業を経て、2021年6月に経済産業省に入省した桂誠一郎さん(通商政策局 アジア太平洋地域協力推進室 室長補佐)を取材した。なぜ、民間から省庁、特に経済産業省だったのか。そこには「民間経験を活かし、世界に誇れる産業の創出に貢献したい」という志があった――。
(※所属は取材時点のものです)
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前職では、本田技研工業にてサプライチェーンマネジメント、インド駐在、事業企画等を担当してきた桂さん。経済産業省への入省動機から伺うことができた。
民間企業での経験を活かし、「事業と政策の連携」を深めていきたい。そういった思いから、経済産業省を志望しました。特に、産業の転換期においては政策、国としてのリーダーシップが非常に重要になると考え、自ら国としての動きに貢献したいと考え、転職を決意しました。
そこには前職時代に抱いた危機感、悔しさもあったと振り返る。
あくまで私の考えですが、日本の自動車産業、その最大の強みは「エンジンを燃焼させ、動かす技術」にあると捉えています。各メーカーがこれまで「水素エンジン開発」を推し進めてきたのも、その強みが活かせるからこそ。ですが、ご存知の通り世界的には「電気自動車(EV)」が潮流となり、産業構造は一変しました。さらに2020年からのコロナ禍によって、サプライチェーンが寸断され、事業において難しい舵取りを迫られるなか、日本はEV化に出遅れたといった見方をされた。そして「水素エンジン」は世界の潮流に乗ることができず、非常に悔しい思いをしました。やはり民間だけでは太刀打ちができないことや限界がある。自動車のような日本の基幹産業を支え、世界で勝負していくためには政策から変えていく必要がある。そういった考えから、経済産業省への入省を決めました。
桂誠一郎(39)/慶応義塾大学経済学部卒業。本田技研工業入社後は、自動車のCKD部品物流業務に従事。部品調達のグローバル化に伴い、インド、中国等の海外部品物流拠点の立ち上げを行った後、インドへ3年間駐在。部品調達から生産、販売店までのサプライチェーンマネジメント、事業企画を担当。帰国後、本社にてグローバルの四輪事業運営に携わる。2021年6月に経済産業省に入省後、通商政策局経済連携課を経てアジア太平洋地域協力推進室室長補佐を務める
現在、APECにおける多国間会合をハンドリングする通商政策局 アジア太平洋地域協力推進室に所属する桂さん。一例として、転職後に配属された通商政策局経済連携課と、現在所属の部署の業務内容について伺えた。
転職後の最初に配属された部署で主に手掛けたのは、経済連携協定(EPA)締結後の調整等です。私自身、日EU・EPAを担当していたのですが、相手国との利害関係が異なるなか、日本として何を要求し、何を守るのか。どこに協力できる余地があるか。日本の国益という中長期的な視点を踏まえ、業務に臨んでいました。特に協定はそこに至るまでの経緯があり、さらに締結して終わりではありません。民間企業に普及させるために何を要求し、何を守るかを考え、さらには民間企業とどう連携して協定を使ってもらえるかを考え、年に2、3回ほどある相手国との定期会合にむけて考えるのもミッションと言えます。
一方、アジア太平洋地域協力推進室は複数国が相手国です。先進国と途上国が複雑にまたがるこのようなフォーラムにおいては、途上国への技術協力も重要な役割です。特に昨今は中国企業が非常に安価でさまざまな途上国のインフラ整備に食い込んできている状態です。これに対抗し、日本における質の高いインフラ投資のプログラムを開始し、様々な国に対する売り込みも行っており、その中で各国の政府関係者の能力開発を行うとともに、技術ある日本企業への実地訪問を行ったりしています。これらの活動を通じて、日本の技術力を訴求するとともに、投資・貿易の促進の協力を行い、途上国との関係性を構築しています。
特に仕事におけるやり甲斐はどういった部分にあるのだろう。
自分の仕事が着実に国益や企業の力に繋がっていく。そう感じられる瞬間は、大きな喜びがあります。そして、何よりも、仕事一つひとつが世の中に与えるインパクトが大きい。日々の取組が、総理や大臣の発言にもつながっていくものもあります。もちろん民間企業でも数千億円規模といった巨大なプロジェクトはあると思いますが、そういった金額だけでは表せないような価値、大きなスケールの仕事に取り組んでいくことができる。ここに大きなやり甲斐を感じています。
もちろん、すぐに成果が現れるものではありません。ただ、未来に向け、着実に日本として大きな国益に繋げていくことができる。そのスケールと責任を感じながら、日々業務を行なっています。
続いて伺えたのが、民間出身である桂さんが思う「省庁で働く上で向いている人物像」について。
あくまで個人的な意見ですが、民間企業で培った事業や経営の知識、産業の相場感、さらには、社内外の折衝で得たコミュニケーション力等は強みとなるはずです。私自身でいえば自動車産業の知識はもちろん、インド駐在時に300人ほどのマネジメントを行なっており、このあたりは強みだと感じています。
また、省庁全体の観点になりますが、ビジネスモデルやスキームを作るなど「ストラクチャーをつくりたい」という方にこそ向いていると感じます。一方で、業績、売上といった実際の数字を追求したい方は民間企業が向いているかもしれません。
これは大学の先輩からの受け売りではありますが、「ルールや枠組を作る側になるか、あるいは、ルールのなかで革新的なことに存分に挑戦する側になるか」の違いがある。前者にチャレンジしたい方にとって、省庁ほど適した環境はないはずです。
桂さん自身、入省当初は「ぶつかった壁」もあったと振り返る。「霞が関での仕事の進め方は、特有のものがあると思います。私の実体験で言えば、まず書類作成、文書化が重視されるのですが、その際に用いる「正確な日本語」に苦戦しました。さらに協定等でも専門的な用語が多く、なかなか自分一人では内容を正しく読み解くことができませんでした。こういった経験、知識の差をいきなり埋めることはできません。だからこそ、いかに周りから協力を得られるか。これは、霞が関であれ、民間であれ、共通する重要な考え方ですよね。例えば、まずは周りの人々がどのようなプロセス、判断軸で行動しているか、よく観察をしていく。できるだけ顔と名前を早く覚えてもらえるように、会話する機会を自ら作っていく。これらは意識した部分だったと思います」
経済産業省への入省から約2年。桂さんの今後の目標とは――。
世界に誇れる日本の産業の創出に貢献したい、ここに尽きると思います。そのためにも、まずは日本企業がグローバルでも存分に戦えるようなルール、スキームを構築していきたい。そしていずれは前職でお世話になった自動車産業にとってもプラスとなるような政策に携わることができればうれしいですね。
なぜ、桂さんは「世界に誇れる日本」に対し、強い思いがあるのか。そこには少年時代の原体験も影響しているという。
私自身、海外で少年期を過ごしたのですが、当時、現地の人たちから差別的なことを言われるなど、非常に悔しい思いをしました。ただ、日本製の商品に関してだけは「メイドインジャパンは素晴らしい」として受け入れられ、高く評価されていた。それがすごく誇らしかったんですよね。良いものは売れ、悪いものは売れない。前職への入社動機もまさにそこにありました。海外ではバイクのことを「HONDA」と呼ぶ国もあるほど浸透し、尊敬されていた。これはすごいこと。例えば、途上国で耕運機を導入すれば、農作業が劇的に効率的になり、生活水準が向上していく。次にバイクや車、最終的には飛行機へとつながっていく。日本製の「エンジン」を通じ、喜びや豊かさを提供していく。このような世界に誇れる企業、産業を創っていきたいです。
そして最後に伺えたのが、桂さん自身の仕事観について。彼にとって「仕事」とはどのようなものなのだろう。
仕事は「自分の成長を通じ、社会により良いインパクト」を与えていくためのものだと考えています。そして、自分の成長が大きければ大きいほど、社会インパクトが大きければ大きいほど、より多くの方の喜びに繋がっていくのではないでしょうか。また、そのプロセスにおいて「周りと自分が楽しむこと」も大切な要素だと捉えています。ただただ苦しい仕事をしていても、良いアウトプットは出てきません。いかに大変な仕事であっても、ある種の遊び心を持ち、前向きに関わることで、高いモチベーションが維持でき、プラスアルファの付加価値を生み出すような発想につながっていくはず。これからも楽しみながら、より良いインパクトを社会に与えていく仕事につなげていければと思います。