平成24年度から実施されている外務省経験者採用試験(書記官級)。この試験で、食品メーカー勤務を経て入省し、現在、在ポルトガル日本国大使館にて書記官として活躍する遠藤亜希さん(肩書きは当時のもの)を取材した。なぜ、彼女は民間企業を経て、外務省に入省したのか。そこには「日本と世界を繋げる仕事に携わりたい」という志があった――。
社会人留学を経て「世界」へ
もともと食品メーカーで勤務していたと伺いました。まずは前職でのお仕事内容、転職のきっかけについて伺ってもよろしいでしょうか。
前職は、コーヒー・菓子・食品などを扱うメーカーで営業、在庫管理などを経験しました。同僚・上司との関係性も良かったですし、海外研修に参加させていただけるなど非常に働きやすく、恵まれた環境でした。
ただ、どうしても「これからもずっとやり続けたいことか」といった個人的な思いがありました。一度きりの人生ですし「やりたいことをやろう」と退職を決めました。ただ、この時はまさか自分が、外務省で働くとは思ってもみませんでしたね。
1社目を退職後、どのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか。
まずはイギリスの大学院に1年間、留学をしました。もともと学生時代から海外に関心があり、国際問題について学んでいて。改めて発展途上国の開発について学び、マスター(修士号)を取得したいと考えました。
そもそもなぜ「海外」に興味を持たれたのでしょうか。
日本は恵まれている国ですが、自分たちが「当たり前」だと思っていることも、途上国に行けば全く違うわけですよね。そこに広がっている、自分の知らない世界をこの目で見てみたいと考えていました。ですので、大学院卒業後は在モザンビーク日本国大使館にて専門調査員を2年ほど経験し、さらに在アンゴラ日本国大使館で任期付職員として約1年半働くことができました。その後、「外務省経験者採用試験(書記官級)」を受け、正職員として働くことになりました。
外務省入省後は本省アフリカ部、在リオデジャネイロ日本国総領事館での勤務を経て、現在、在ポルトガル日本国大使館にて政務班長として働く遠藤さん(取材当時)。語学力、専門的な知見、類まれな行動力、コミュニケーションスキルを生かしながら活躍している。
「日本の顔」として、外交の最前線で働くやりがい
ちなみに「国際的な仕事」でいえば、他にも選択肢はあったと思うのですが、なぜ「外務省」だったのでしょうか。
決め手としては、やはり「日本の顔」として外交の最前線で働けることにありました。これは入省前の話ですが、途上国での学校建設プロジェクトが無事におわった時、現地の子どもたちが「日本の国旗」を手に持ち「ありがとう」と笑顔で言ってくれた場面にも遭遇をしました。海外の政府関係者だけでなく、現地の方々と触れ合うなかで「日本」について知ってもらい、好きになってもらうことができる。「組織」ではなく「国」の代表として見てもらえる。「日本人」として日本と世界の国々とつないでいきたい。そういった思いがあり、外務省を志望しました。
確かに「日本の顔」として働くことができるのは外務省ならではですね。ちなみに現在、在ポルトガル大使館ではどういった役割を担われているのでしょうか。やりがいと併せて伺わせていただければと思います。
大使館では政務班長という役割を担っています。二国間の協力関係を強化する外務省の仕事の入り口として、政治情勢等に関わる情報の収集・分析を行います。また、外務本省の指示に基づき、ポルトガル政府との連絡や交渉に当たっています。
2020年には外交関係160周年を記念し、日本の外務大臣がポルトガルを訪問したのですが、その際の外相会談、大統領表敬などの調整業務なども行いました。また、二国間外交以外にもG7などの多国間外交の大型行事が開催される際は、世界中から外務省の仲間たちが集い、「チーム日本」として集中して業務にあたります。
現場では、限られた時間内での首脳会談などを行う場合もあり、到着時間のコントロール、会談室の国旗の入れ替え、警察との綿密な調整…各チームが分刻みで進行していきます。全員がそれぞれの仕事を完遂し、日本外交の成果として結実していく。やり遂げた時の充実感は大きく「この仕事をしていてよかった」と感じられます。まさに国の行く末を左右するような外交に関わっていく達成感は大きいですし、やりがいですね。
国益最大化のための最善策を
続いて「やりがい」の一方でミスマッチしないためにも「事前に知っておくべき厳しさ」があれば教えてください。
先ほどのやりがいの裏返しでもありますが、当然、責任やプレッシャーは大きなものになります。厳しい状況に置かれても最後までやり抜くマインドがあるかどうか。また、日本との時差がありますし、緊急事態への対応、情報収集・提供が求められる場面もあります。正直、体力勝負です(笑)ですので、精神的にも、体力的にも「タフ」であることは大切だと思います。
もう一つ、これは厳しさというよりも「求められること」に近いですが、いわゆるカウンターパートとの良好な関係構築、いざという時に協力を得られる人脈作りも重要です。
例えば、先ほどの大統領表敬の時間を確保できたのも、さまざまな関係者の協力があったからこそ。「チーム日本」としてのミッションもそうですが、外務省での仕事は、たった一人で遂行できることは何一つありません。いかに協力者を増やしながら、調整ができるか。一つの案件、省内でも考え方は異なり、合意を得るのは簡単ではありません。国益最大化のための最善策は何か。共通する目標に向け、時には口論しながら、最善の落としどころを地道に探っていく。それらを一つひとつ乗り越えていくことが求められます。
大使のポルトガル共和国議長表敬に同席をする遠藤さん(画像左)
民間出身者として「外務省」に新しい風を
外務省での仕事に「前職経験」が生きている場面があれば伺ってもよろしいでしょうか。
民間企業における営業、マーケティングなどの考え方、スキルは生かせていると思います。報道されるような大きな協定合意、首脳会合も、その裏には生身の人間が地道に試行錯誤し、相手国担当官に粘り強く働きかけることから始まっています。まさに「営業活動」そのものですよね(笑)
その他、例えば、現地でセミナーやイベントを開催するとなった時も、ゲスト選びから、アポイントの設定、交渉、当日のアテンドまで、自分たちで担うことも少なくありません。粘り強く電話で出演依頼をしていったこともありました(笑)どこまで腹を割ってお話ができるか。信頼してもらえるか。段取りを組めるか。人間力、営業力の勝負とも言えます。
確かに民間での経験が活きる場面も多そうですね。
そうですね。可能性はすごく広がっていると思います。特に外務省は世界各国の全く違う文化や価値観を持った方々の理解を得て、仲間を増やす仕事とも言えます。違う世界を経験したからこそできることがあるはず。さらに外務省にも多様な人材を受け入れる土壌が広がってきているように思います。世界を相手に「日本の顔」として仕事をしてみたい方は「遠い世界」と思わず、ぜひ一歩足を踏み入れていただけるとうれしいですね。私自身も、この仕事に携わる以上、「外から来た人間」として自分なりの付加価値をつけた何かを残していきたい。良い意味で「染まりすぎない自分」で外務省を見ていければと考えています。
「楽しんだもん勝ち」の精神を大切に
最後に、仕事に対する価値観についても伺わせてください。遠藤さんご自身はなぜ働くのか、そして「仕事」をどのようなものとして捉えていますか。
まずなぜ働くのか、という部分ですが、先進国でありながら、伝統的な文化を持つ多面的な「日本」という国について、ぜひ世界の人々に知ってもらいたい。その魅力をさまざまな方法で伝え、一人でも多くの人に日本を好きになってもらえたらと考えています。
そして「仕事」は人生の大半を費やすもの。だからこそ、人生が楽しくなったり、豊かになったり、自分を成長させてくれたりするものであればいいなと思っています。当然、タフなことも少なくない。これは以前の上司の言葉なのですが「49%は苦しかったけど、51%は楽しいと感じられた仕事は最高」と。「もっとできたはず」と後悔しないよう、最大限がんばって、最後の最後でようやく「楽しかった」と感じることができたらいいのかなと思います。
もう一つ、とにかく「楽しんだもん勝ち」の精神を大切にしています。以前、アフリカの途上国で暮らしていましたが、どれだけ経済的に貧しくても、毎日をすごく楽しそうに過ごしている人たちばかりで「私も負けていられない」と思ったんですよね(笑)外務省という環境でいえば、多岐にわたる業務がありますし、住む国が数年ごとに変わることも珍しくありません。思ってもみなかった国で暮らすことになるほど、多くの経験、機会がどんどんやってくる。この環境を思い切り楽しんでいければと思います。