経済産業省(以下、経産省)での社会人経験者採用にあたり、 伝統・エンタメ業界を経て、2017年4月に経産省に入省した工藤さやかさん(※)を取材した。なぜ、彼女は新たなキャリアに経産省を選んだのか。そこには「文化芸術・クリエイティブを、日本経済の活力にしたい」という志があった。
(※)2024年2月時点、経済産業省から「文化庁文化経済・国際課」に出向中
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まずは経産省を志望したきっかけから伺ってもよろしいでしょうか。
日本の文化芸術、芸能、クリエイティブの価値を、経済やその他の分野においても今以上に活用していく必要があるのではないか、そう考えたことが志望したきっかけでした。というのも、もともと前職では伝統・エンタメ業界で宣伝・広報担当として働いており、非常に充実し、やりがいもあったのですが、もどかしく感じる場面も。たとえば、海外メディアから取材オファーをもらっても、タイミングによっては手がまわらず、断らざるをえないことも一度ではありませんでした。「これだけ海外から注目されているのに、自分の力不足で十分な対応ができていない」といったことに少なからず罪悪感もありました。さらに個社で取材に応えられたとしても、その価値を「日本の力」として最大限活用できていない現状に、課題感を感じるように。何らか枠組を拡げて捉え直すことで、文化芸術の力を経済面でも、国としてのプレゼンス確立という意味でも、日本の力として今以上に活用できるような仕組み・環境整備ができないか。そういった問題意識があり、国の取組や業界全体とつなげるやり方を模索する中で、経産省の社会人経験者採用に応募することにしました。
なぜ、経産省だったのでしょうか。
広報・宣伝担当だったこともあり、人や社会を動かすにあたっての“経済”の力の大きさについては実感として感じているものがありました。そして、あくまで当時の個人的な印象ですが、特に日本は文化芸術の価値を経済的な価値の源泉として“活用”することに非積極的であるように感じていました。その価値を広くPRし、日本経済の力にしていきたい。産業として経済にインパクトを与えたい。そういった問題意識から経産省への入省を決めました。たとえば、韓国などを例に見てみると非常に面白いですよね。文化振興にあたって、観光等の関連産業だけでなく、ICTや科学技術等とも連携して産業競争力の強化が行われています。コスメ・ヘルスケアにしても、音楽・アート業界と連携し、戦略的なPRや販売戦略を展開していく。もちろん個社の企業努力もありますが、やはり産業を横断し、業界全体を巻き込むためには、国として政策や制度づくりが必要。こういった取り組みに挑戦していくならば、経産省だと考えました。
2017年当時における経産省の選考について「非常に楽しく、貴重な経験でした」と語ってくれた工藤さん。「官庁訪問を通じて、濃縮された量・圧倒的なスピードで新たな認識が得られ、そのプロセス自体が非常に楽しかったですね。選考を通じて自身の思考がアップデートされていく感覚がありました。」
入省後、携わられてきた分野について教えてください。
サービス産業の生産性向上、教育産業室「未来の教室」事業の立ち上げ、貿易経済協力など多岐にわたり、携わらせていただきました。前職で全く異なる業種で働いていたことも踏まえ、「公務員としての業務の進め方」を身に着けたいと考えていましたので、もともと入省時に「数年はさまざまな分野で経験を積みたい。まずは力をつけたい」と希望していましたし、それぞれ学びも多かったです。
たとえば、教育産業室での「未来の教室」事業では、経産省にそれまでなかった新しい政策分野に取り組む、プロジェクトの立ち上げに一から立ち会わせていただきました。その中心となった上司が、おそらく合計数百では済まない人数の方と喧々諤々の意見交換をし、仮説を積み上げ、チームアップをし、政策の枠組みを作り、予算を獲得して事業を組み立て、大きな運動論にしていく一連の過程を、入省まもない時期に目の当たりにさせていただいたのは非常に貴重な経験だったと感じます。
他方で、その後異動した貿易経済協力局では、経済安保の重要性が増すなかで、日本と中国との第三国市場協力を進める政策を担当。東南アジア等で日本の存在感を高めるため、初期投資のみにとらわれずライフサイクルコスト全体でみた経済合理性を提案する「質の高いインフラ」の海外展開等に携わりました。外交と経済、両視点から国としてどう振る舞うか。歴史や地政学を踏まえ、俯瞰して捉えていく視点を学ばせていただきました。
そういった多様な経験は、経産省で働く魅力の一つと言えそうですね。
そうですね。携わる分野が多岐にわたるので、常に新しいことに挑戦ができますし、知識欲も刺激されると思います。何よりさまざまな職員、有識者、専門家と出会い、その方々の考えに触れられる。社会のために何ができるか、ソーシャルグッドのために今何をすべきか、といったことに真剣に向き合い、取り組んでいる方ばかりですし、「こんなにもすごい人がいるのか」と感動することも少なくありません。そういった出会いや経験を通じ、自分の成長を実感できる環境だと思います。
もう一つ、入省して感じた魅力、やりがいで言うと、若手に裁量が与えられていること。積極的な提案が歓迎されますし、意見も求められる。そこから政策の企画立案を任されることもあります。ただ、裏を返せば、自ら考え、動かすことは当たり前ということ。私自身の体験で言うと、入省後まもなく当時は係長級だったのですが、会議直前に審議官から「今日の会議、どういったゴールを設定している?」と問われ、何も答えられず、自分が恥ずかしくなった経験も。審議官クラスに係長級でも意見を言っていいし、一つひとつの案件にオーナーシップを持って携わっていく。それが経産省の文化ですし、求められるところだと思います。
工藤 さやか|文化庁文化経済・国際課 新文化芸術創造室 専門官(※2024年2月時点/経産省より出向)
東京大学教育学部卒業。新卒にて伝統・エンタメ業界に就職し、政府委託事業や興行担当を経験。その後、公演宣伝と伝統文化の広報業務に従事した。経産省入省後は、商務・サービスグループにおいてサービス業の生産性向上や、教育産業室の「未来の教室」プロジェクトの立ち上げ、運営を行った。その後、貿易経済協力局においてスマートシティ・デジタルインフラの海外展開、日中第三国市場協力等を推進。コロナ禍を受け「海外サプライチェーン多元化等支援事業」立ち上げに携わる。産休・育休を取得後、現職に至る。
現在、文化庁に出向されていると伺いました。そこでの仕事内容について教えてください。
現在は、2018年に文化庁内に新設された「文化経済・国際課(※)」にて専門官(課長補佐級)として働いています。いかに国内の文化芸術を活用し、経済・社会面でも価値の源泉を生み出していけるか。そこで得られた経済的メリットを再び文化芸術に還元し、文化芸術自身の自律的・持続的な発展につなげていけるか。そのための政策や取り組みを担っています。
(※)文化経済・国際課…2017年の「文化経済戦略」に基づき、文化と経済の好循環を目指す上で2018年10月に新設。文化経済戦略は、国・地方自治体・企業・個人が文化への戦略的投資を拡大し、文化を起点に産業など他分野と連携した創造的活動によって新たな価値を創出すること、その新たな価値が文化に再投資され持続的な発展に繋がる「文化と経済の好循環」を目的とするもの。
(参考)https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunka_keizai/index.html
政策や制度によって文化芸術における経済的・社会的価値をつくっていくと。具体的にはどういった事例があるのでしょうか。
国が政策として文化芸術の多様な価値形成を支援している例は多くあります。たとえば、身近な例で言うとお隣の韓国ではKOCCA(KOREA CREATIVE CONTENT AGENCY)があり、国をあげて韓国コンテンツの海外進出を支援しています。また、文化芸術分野に税制面での優遇措置を設けている国も多く、現代美術に消費税や相続税がかからない国もあります。そのくらい文化芸術を国として重視し、優遇しているわけです。一方で日本ではどうしても「文化芸術は個人の趣味領域」に捉えられがち。経済的な価値、社会的な価値が低く見積もられ、活動主体からの価値発信・PRも他国に比べると少ない状況です。まだまだ政策や制度による後押しは少なく、今後取り組むべきことが多いのではないかと感じています。
直近、工藤さん自身が携わられたプロジェクトがあれば教えてください。
2024年1月、文化庁主催のシンポジウムを行ったのですが、その企画や運営などを手掛けました。内容としては、文化芸術の価値づけ・価値発信について具体的な事例を参照しつつ、いかに文化芸術の持続可能な発展を支えていけるか、文化とビジネスの協働の可能性について議論を交わすといったもの。企画の発端は、文化経済部会において「世界的なメゾン(ハイブランド企業)からも日本の伝統工芸(技術)は注目されているが、適正な売り方ができていない。効果的な価値づけ・発信ができておらず、廃れていく伝統工芸も多く存在している」といった問題提起があったこと。「このままでいいのか、世に問いたい」と委員の先生方からご意見をいただき、シンポジウム開催に至りました。当日は質問も多く飛び交い、議論も白熱し、改めて多くの方が問題意識を持っていることがわかりました。今後は外資活用の視点も含め、日本の価値をいかに売り出していくか。文化芸術セクターだけでなく、ビジネス的な座組を組み、互いの価値を活用し合いながら、グローバルに出ていく。そういった後押しができるような政策・制度についても考えていければと思います。
工藤さんが企画・運営を担当した、2024年1月30日に東京のSHIBUYA QWSにて行われた文化庁シンポジウム「発見される日本から売り込む日本へ―ポスト・コロナ時代を生きる日本文化のサステナブルな発展と継承―」。国内外の多様な専門家が登壇。日本の文化と経済の好循環を目指して、文化芸術の持続的な発展と継承について白熱した議論が交わされた。
続いて、今後仕事を通じて実現していきたいことについて教えてください。
経産省は「国富の分配」ではなく、「国富の拡大」を追求する官庁であることを謳っていますが、改めて文化芸術の価値を最大限活用してそこを目指していければと思います。いわゆる「失われた30年」と言われる時代に育ち、ずっと心のどこかに「日本はこのままだと将来立ち行かなくなる」という危機感がありました。実際、欧米やアジアなど、さまざまな国に行きましたが、どの国でも感じるのは、日本の存在感がどんどん薄れているということ。そういった世界を舞台に、エネルギー資源がなく経済的に成熟期を迎えた日本でどう新たな富を創り、拡大させられるか。当然、産業全体で見た時、エネルギーや半導体、様々な産業が非常に重要な役割を占めています。ただ、どうしても埋蔵量・生産力等に限度があり、そのパイを奪い合うことに。その点、文化芸術は、奪い合うことがなく、シェアし合える「その国固有の価値」になり得るはず。そういった価値創出に貢献し、世界へと広めていければと思います。
そういった志を抱くようになったきっかけなどはあったのでしょうか。
シンプルに価値があるものが、あまり知られず、埋もれてしまうことに危機感があるだけなのかもしれません。もともと物事を掘り下げて知ること、学ぶことが好きで。同時に広く伝えることで影響範囲も広がり、物事が動くことに意義を感じてきたのだと思います。伝統・エンタメの世界で働いたきっかけも、そこにしかない伝統、歴史、思想などを深く掘り下げて知りたい、という好奇心が発端にありましたが、知った上で掘り下げ、付加価値をつけてその重要性をたくさんの人に認識してもらい、広めることにやりがいを感じていました。「今いる場所」に限定せず、「広いところ」に目を向けてみる。すると景色が広がり、得られることがある。変化が起こる。その延長線に今もいるのかなと思います。
最後に、工藤さんにとっての「仕事」とはどういったものか、伺わせてください。
難しい質問ですね。最近は子育てに悪戦苦闘しているので、私自身のポートフォリオが大きく変わっている認識があるのですが(笑)、少なくとも少し前までは自分自身を形作るものの大部分であり、将来的にも自分の時間の多くを使うものなので、自身が楽しめることをやる、これはすごく大切だと思っています。そして、自分が楽しいだけで「社会の役に立っている」と感じられないのであれば、やはりそれも時間と情熱をかけて取り組めるものではないように思いますので「自分が楽しいと思えること」そして「社会の役に立つこと」が両立してはじめて私にとっての仕事と言えるのかもしれません。今後も妥協せず、その二つの追求を大切にしていければと思います。