民間の金融機関を補完する役割として誕生した政府系金融機関「日本政策投資銀行(以下DBJ)。総合職募集に際し、渡邊圭さん(35)を取材した。もともとメガバンクで働いていた彼は、なぜDBJに転職したのか。そこには「より公共性の高いプロジェクトに関われる環境に身を置き、ファイナンスの力で地域の課題を解決したい」という思いがあった。
DBJについて
民間の金融機関だけでは対応が難しい分野で融資や投資を行なう「政府系金融機関」の1つ。戦後復興期の産業育成支援を目的に設立。「金融力で未来をデザインする」をミッションに金融機能の高度化を図ることで、複雑化する社会課題の解決に向けて先鞭をつける役割を担っている。
DBJが担う役割は主に4つ。
1. プロジェクトファイナンスやサステナビリティ評価認証融資など、時代を先取りした「金融フロンティアの開拓」
2. 中立的な立場を活かし、企業間の連携を促す「関係者の橋渡し」
3. 企業の挑戦を支える長期安定的な「リスクマネーの供給」
4. 災害時や経済危機下で企業の資金繰りを支援する「危機対応業務」
これらの機能を駆使し、民間金融機関を補完しながら、日本経済の持続的な発展を支えている。
新卒でメガバンクに就職し、法人営業として3年間融資業務を担当。その後、大規模な融資を行なう「シンジケートローン」や主に再生可能エネルギーを中心とした「プロジェクトファイナンス」の業務に携わっていたという渡邊さん。はじめに転職を考えたきっかけ、DBJへの入行理由について聞いた。
私自身は国や地域に貢献したい思いが強いタイプで、前職でも大規模な案件に加え、独立行政法人や自治体向けの案件も積極的に担当していました。前例のない取り組みが形になっていく過程に大きなやりがいを感じていました。次第に「本業として」、社会的意義がある取り組みに注力してみたいという思いが強くなっていった時、次のキャリアの選択肢として浮上したのがDBJでした。
というのも、シンジケートローンやプロジェクトファイナンスの業務を担当した際、DBJと協業する機会が複数回ありました。いずれも半導体や洋上風力といった、国策に近いテーマのプロジェクト。その際のDBJの立ち位置や関わり方から、「短期的な収益にとらわれず、社会的意義を重視する」といったDBJのスタンスや価値観を感じていました。メガバンクでは、収益性の観点を考えると、公共性の高い案件ばかりに注力していくことは現実的ではありません。また、定期的な部署異動により、1つの案件を長期的に支援していくことは難しい側面もあります。私自身の異動により、担当していた取り組みが停滞してしまったこともありました。
その点、DBJなら「公共性と収益性の両立」を追求して働けるのではないか。DBJでも定期異動はあるものの、長期的な視点を他の行員とも共有しながら国や地域に貢献していくような仕事ができるのではないか。そういった確信が深まり、応募を決意しました。実際の選考でも、その思いを伝えたところ、面接官の方から「まさに当行にはあなたの求める経験ができる環境があります」という言葉をいただきました。自分のやりたいことを肯定してもらえたようで、非常に嬉しかったことを覚えています。そしてご縁があり、入行に至りました。

30代に突入し、今後のキャリアを考えていた渡邊さん。「31歳を迎え、本格的に将来を見つめ直す中で、同じメガバンクからDBJへ活躍の場を移した方の存在を知りました。情報収集の一環としてコンタクトを取らせていただいたのが、具体的なアクションの第一歩でした」
2022年2月に入行した渡邊さん。働くなかで感じるやりがいとは。
たとえリスクが高くとも、社会的インパクトが大きいと判断すれば、関係者を説得したうえでプロジェクトを推進できる。そして、投資を通じてお客様と共に新たな事業を創出する挑戦ができる。これは、大きなやりがいにつながっている部分です。
特に印象深かったのは、入行直後に関わった化学メーカーの案件です。その企業は、それまで培ってきた技術をEV(電気自動車)関連部材の製造に応用し、社運をかけて新規事業を拡大させようとしていました。成功すればEVの性能向上、ひいてはカーボンニュートラル社会の実現にも貢献しうる、非常にポテンシャルの高い挑戦でした。
しかし、会社にとっては新たな分野での挑戦なので、当然ながらチャレンジングな取り組みです。「投資」は返済義務のある「融資」とは異なり、事業がうまくいかなければDBJが被る損失は非常に大きくなるスキーム。だからこそ、設備投資計画や営業計画といったデータを開示いただき、事業計画の草案段階から深く関わっていきましたし、実際に米国の工場を視察し、現地スタッフにヒアリングも実施しました。まさに「お客様の事業を理解し、共に創る」という、「投資」の本質を実感できた経験でしたね。
私自身はメガバンクで融資には関わったことがありましたが、投資は未経験。正直、最初は右も左もわからず“五里霧中”ではあったのですが、上司のアドバイスをもらいながら進め、1つ成長を実感できた案件でした。加えて、日々ファンドやVCなど、出資側の方々とお話ししていくなかで視野が広がっていく感覚も得られました。事業を深く理解し、分析しつつ、リスクをとって未来の可能性に賭けるような投資は、前職では経験できなかったと思います。DBJに入行して良かったなと思う出来事の1つです。
さらに、2025年からはさらに公共性の高い事業に特化したチームでの挑戦が始まっている。
2025年7月から、ストラクチャードファイナンス部に異動し、ソーシャル・インパクト・ボンド(以下、SIB)の組成や国内外のインフラ案件を担当し、現在はチームの統括をしながら自らも案件を推進しています。
聞き馴染みのない方も多いかもしれませんが、SIBとは、国や自治体が抱える社会課題に、民間企業のノウハウと資金を活用する官民連携の新しい仕組みです。具体的には、社会課題を解決する為の中長期的なアウトカム(成果目標)を達成すべく、あらかじめアウトカムから逆算して設定された個々の短期的な目標の達成度合いに応じて公共からの支払いがなされるといった手法で、英国で生まれたこの手法は、日本ではDBJが先駆けて導入し、まさにこれから活用を広めていこうという段階にあります。
特に、多様な課題を抱える地方において、柔軟に成果や目標設定が可能なSIBは有効な解決策となり得るため、現在少しずつ導入事例を積み上げているところです。
例えば、DBJは、再犯防止を推進する為のSIBや、「こどもの居場所」を創出する為のSIBなど、社会課題に応じた多様なSIBに対し投資をしてきました。SIBを組成する国内外のファンドにも出資しています。これらの取り組みに対し、DBJは単なる融資機関としてではなく、共に社会課題の解決を目指す投資家として伴走しています。他にも、様々な地域における多様な課題の解決に向けたSIB組成プロジェクトが複数進行しています。
SIBは、私自身がキャリアを通じて追求したかったこと、そのものだと感じています。異動してまだ日は浅いですが、毎日が非常に刺激的です。

社会貢献の高まりについて「化学メーカーの新規事業に投資することが無事に決まったとき、お客様から『DBJさんが投資を決めたという、その事実自体で会社が励まされた。パートナーとして一緒に仕事ができてよかった』といった言葉をいただけた時は、私としても非常に励みになりました」と渡邉さん。

渡邉さんの転職前後での働きがいの変化を示すグラフ。
そして、今後の目標については、こう語ってくれた。
当面の目標は、SIBを通じて日本各地の社会課題を解決に導いていくことです。先ほどもお伝えしたように、SIBはまだ新しいファイナンス手法であり、国内では十分に知られていないのが現状です。この仕組みの可能性を社会に伝え、日本に広く根付かせていくことも、私たちの重要な使命だと考えています。
今はまだ1つひとつの小さな取組みですが、これらを着実に実績へと育てていきたいです。そして将来的には、他の多くの金融機関がSIBを扱うことで、社会全体で地域課題の解決が加速していく。そんな未来の実現を目指しています。
取材中、一貫して「国や地域のために」と語ってくれた渡邉さん。その原動力の源泉を最後に明かしてくれた。
私は山梨県の農村の出身で、高校までをそこで過ごしました。家族が公務員等公的な仕事をしていた影響もありますが、それ以上に大きかったのは、故郷で暮らすなかで肌で感じていた「危機感」です。
地元は過疎化が進むにつれ、バスの便は減り、買い物する場所もなくなっていく。そんな変化を目の当たりにしてきました。さらに、車がなければ生活が成り立たない環境でありながら、高齢になれば免許を返納せざるを得ません。そうなれば、もはや村を離れて暮らすしかなくなってしまう。そんな未来がすぐそこまで迫っていることを、物心ついた頃から、自分事として考えてきました。
この原体験があるからこそ、「国や地域に貢献したい」という思いが揺らぐことなく突き進んでこれたのかなと思います。そして、こうした課題は私の故郷に限った話ではないはずです。DBJでの仕事を通じて、日本全国の地域が抱える課題を一つでも多く解決し、持続可能な未来へとつなげていければと思っています。



