日本郵船が2026年度採用を開始。今回は、総合職(陸上職事務系)として2024年3月に入社した岩佐 早希子さん(取材当時28歳)にお話を伺った。もともと政府系金融機関でM&Aアドバイザリーや人事を経験した彼女は、「海運の最前線には、金融業界のような"上流"では見られなかった景色があった」と語る。なぜ彼女は次のステージに日本郵船を選んだのか。そして、どういった経験を得て、どんなキャリアを描いているのか。そのストーリーを追った。
※画像内は転職時の年齢となります。
「海運」という日本の重要産業で、当事者として貢献したい
政府系金融機関では、M&Aアドバイザリー、人事をそれぞれ2年ずつ経験した岩佐さん。まずは、転職を考えるようになった経緯から伺った。
金融機関の一員として、日本の未来をつくるようなプロジェクトに金融というビジネスの根底から関われることに、大きな意義を感じていました。一方で、特に人事として学生に会社説明をするなど、会社を俯瞰して見るようになってから、投資の先にある“実業”そのものを担えない点に、もどかしさを感じるようになったんです。次第に、金融という第三者の立場ではなく、事業を動かす当事者になりたいという思いが強くなりました。その上でこれまでの経験も活かせたら、より「自分の仕事が日本社会を動かしている」という実感を得られるのではないか。そう考えるようになりました。
なかでも海運業界に興味を持ったのは、前職の研修で「日本の物流の99.9%は海運が担っている」と聞いたことがきっかけです。もともとインフラに関わる仕事には関心がありましたが、「海運」は盲点でした。その話を聞いて初めて、「海に囲まれた日本において、海運なくして私たちの生活は成り立たない」という事実に気づかされ、ハッとしたんです。
そこでアンビで「海運」と検索したところ、たまたま日本郵船の募集を見つけました。日本の海運を牽引するリーディングカンパニーであることに加え、前職では得られなかった、グローバルな舞台で活躍できる機会がある点にも、大きな魅力を感じました。「こういった会社でこそ挑戦してみたい」と感じ、応募しました。
そして、より志望度が高まったのが、一次選考でお会いした女性社員の方々が、とてもはつらつとしていて親しみやすく、その柔らかな雰囲気に惹かれたことでした。歴史ある大企業なので、少し堅い社風をイメージしていましたが、良い意味で裏切られましたね。
私自身も、前職で「バイタリティの塊」と呼ばれるほど元気が取り柄なタイプなので、お二人と波長が合い、会話が非常に盛り上がったのを覚えています。「ここなら自分らしく働けそう」という期待も高まり、幸いにもご縁をいただいて入社に至りました。
ちなみに、入社後に面接フィードバックでは、特に「快活で人当たりの良い人柄」を評価いただいていたと聞きました。国内外含めてさまざまな関係者と協業していく仕事が多いため、「この人なら周囲を巻き込みながら業務を進められるのではないか」と期待していただけたのかもしれません。
アンビで日本郵船の求人と出会ったという岩佐さん。「『興味あり』を押した数日後、合格可能性判定で『〇』と届き、『もしかして私にも可能性があるのかも…!』と嬉しくなり、応募しました」
海運の現場を知り、初めて見えた景色
こうして2024年3月に入社した岩佐さん。働く中で感じる仕事のやりがいについて、こう語る。
入社後は、「運航管理」という、お客様から預かった荷物を積んだ船を、定められた時間までに安全・確実に目的地へ届けるための業務を担当しています。まさに海運の最前線です。
入社の動機とも繋がりますが、日本の経済を支える人々と直接関わり、陸上から彼ら彼女らを支える仕事に大きな意義を感じています。これは、これまでの仕事では、決して見ることのできなかった景色でした。
特に記憶に残っているのが、入社5ヶ月目に参加した乗船研修です。名古屋~横浜までの1泊2日でしたが、そこで海上のタフな現場を目の当たりにしました。
船長は、荷役を終え、夕方に出航してから深夜まで、4時間以上もずっと立ちっぱなし。常に周囲を監視しながら、クルーに的確な指示を飛ばしていました。キャデット(航海士の研修生)たちも、休む間もなく船内を動き回り、記録をとっている。私はといえば、見学しているだけでも疲れてしまうほどでした。
私たちの手元にモノが届く裏側では、これほど多くの人々が使命感を持ち懸命に仕事をしている。その事実に衝撃を受けました。以来、現場の負担を少しでも軽くするために、陸上の自分たちに何ができるか、といった視点を持てるようにもなりました。
そして、自身で感じる変化を「能動的に動く姿勢が徹底的に鍛えられました」と語る岩佐さん。その背景には、入社1年目の苦い経験があった。
運航管理は、基本的に1人で一隻の船を担当するため、責任の重さが前職とは異なります。前職はチームで仕事を進めることが多く、今思えばどこかで「誰かがなんとかしてくれる」という甘えがあったのかもしれません。
その意識を根底から変えるきっかけとなったのが、入社1年目に起こしてしまった「遅延」です。私の見通しの甘さが原因で、荷役の前日になっても船の到着が間に合わないという事態を招き、クライアントや営業部、さらには後続の船にまで多大なご迷惑をおかけしてしまいました。
今振り返れば、予兆はいくつもありました。目的地までに間に合うための所定のスピードを維持できていなかったり、翌日の悪天候が予報されていたり。ただ当時の私は、「船長が間に合うと言ってるしきっと大丈夫だろう」と状況を楽観視してしまった。完全に「受け身」の姿勢でした。
あの失敗があったからこそ、常に先を読み、自ら考えて動く力が身につきました。今では、少しでもデータ上で不安な点があれば、海上職の先輩に相談しつつ、まずは正確に現状を把握して改善余地を模索するよう努めています。計画ルート上に低気圧の発達が見られれば、それを回避できる航路を調べて提案するなど、関係各署に最新の情報をこまめに共有し、リスクの芽を早期に摘むことを徹底しています。
もちろん、冬の荒れる太平洋や刻々と変わる世界情勢を相手にするため、今も気が抜けない日々は続いています。ですが、能動的に動くことによって「自分で案件をハンドリングできている」という手応えが、1年目の頃とは比較にならないほどの自信につながっています。
自動車船のアメリカ航路を担当している岩佐さん。船長やクルー、アメリカ現地で各種手配をしてくれるポートキャプテンとのコミュニケーションは英語だ。「TOEICの勉強はしてきていたものの、実際に仕事で英語を使う機会は前職ではなかったので、正直少し不安がありました。ですがいざ飛び込んでみると、チャットやメール、出張先での会話も思いのほかスムーズに進めることができています。完璧な英語を話すこと以上に、『あなたと一緒に働けることが嬉しい』といった気持ちで積極的に関わろうとする姿勢が大切だと実感しています」
転職前後での働きがいの変化を示すグラフ。
目指すは経営企画。全社の投資判断を担う人になる
取材終盤、「今後の目標」について伺った。
実はこの春から、不定期船の収支管理や金融取引などを担う部署に異動することになりました。運航管理で培った知見を活かしつつ、次は事業を「数字」の面から学んでいきたいと考えています。
入社当初から変わらない目標なのですが、私はいつか、全社の投資判断を担う「経営企画」の仕事に挑戦したいんです。そのためには、まずは現場を知り、次に経営に必要な数字を学ぶことが不可欠だと考えていました。そのため、運航管理で現場を学ぶ第1ステップを終え、いよいよ目標実現に向けた次のステップに進めることに、今とてもワクワクしています。
私の経験上、日本郵船はキャリアの希望を伝え続けていれば、必ずチャンスを与えてくれる会社だと感じています。採用面接はもちろん、上長とのキャリア面談やメンターとの定期的な1on1など、機会があるたびに自分の目標を話してきました。その結果、メンターが経営企画の方との面談を設けてくださったり、今回の上長からの後押しに繋がったりと、周囲が私の挑戦を応援してくれていることを実感しています。本当にありがたい環境です。
明確な目標を掲げ、そこに向け着々と突き進む岩佐さん。何が彼女をそこまで突き動かすのか。
前職でM&Aアドバイザーとして、ある地方企業の案件を成約に導いた経験が、今の私の原動力となっているように思います。当時、お客様から非常に感謝されたとき、「『投資』の仕事には、企業の事業成長、ひいては地域経済を支える力がある」と感じることができたんです。この喜びが私の「一生の糧」となり、投資や経営企画の道を極めようと決意するきっかけになりました。
私にとって仕事とは、「さまざまな人と関わり合いながら、社会の一員として生きている」と実感するための大切な手段です。これから先、ライフステージに変化があったとしても、変わらず仕事は続けたい。仕事を通じて社会に貢献している実感を持ち続けて生きていければと思っています。