INTERVIEW
スリーエスキャピタル

マスコミ時代、レールから外れたけれど。戦略コンサルタントへの挑戦権をくれた、スリーエスキャピタルへ

掲載日:2026/05/29NEW更新日:2026/05/29
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「野球だって1回空振りしても、2回までバットを振っていいわけですからね」と話すのは菊地悠人さん(取材当時32歳)。戦略コンサルティングサービスを提供する、スリーエスキャピタル社でアソシエイトとして働く人物だ。ビジネスメディアの記者・編集者から、戦略コンサルタントという異業種への転身を果たした。「スリーエスキャピタルは、経歴よりもポテンシャルを評価してくれた」と語る彼のストーリーから、同社で働く魅力に迫る。

※画像内は「転職当時の年齢」となります。

スリーエスキャピタルとは
2017年、外資系投資銀行出身者らにより設立されたプロフェッショナルファーム。事業会社や投資ファンドを中心に、お客様が抱える様々な課題に対するコンサルティング、M&Aアドバイザリー業務を含むフィナンシャルアドバイザリー、上場まで一気通貫でサポートするスタートアップ支援、プリンシパル投資などを手がける。さらに、コンサルティングに留まらず幅広い事業展開が特長。商社事業、店舗展開事業、不動産事業の3事業を軸に展開する「総合商社部門」、各業界での最適な事業パートナーと提携しながら新規事業を展開する「インキュベーション部門」も存在しており、各部門が連携し、複雑に絡み合う経営や社会課題の解決に挑む。

「企業経営」を、別の角度から追求してみたい

マスコミでの記者・編集者を経て、スリーエスキャピタルに転職した菊地さん。そのキャリアチェンジの裏側には何があったのか。まずは応募までの経緯を伺った。

もともと「企業経営」に関心があり、経営者や機関投資家など、あらゆる人の話を聞きに行ける点に惹かれてビジネスメディアの運営企業に入社しました。投資情報誌の記者、ウェブの記事や書籍の編集に携わり、刺激的で充実した日々を送っていました。

ただ、28歳の時に体調を崩し、休職を余儀なくされたことが、キャリアを見直す大きな転機となりました。復職はしたものの、休職前のパフォーマンスを発揮できず退職。

退職後は、フリーランスとして活動もしていましたが「メディアとは異なる切り口、たとえば戦略コンサルタントのような立場から、企業経営に向き合う道もありなのではないか。全くの異業種に飛び込んでみるのも面白いのではないか」そういった思いが大きくなっていきました。

転職を考えた初日、たまたまアンビ(AMBI)のスカウトメールを通じて知ったのが、スリーエスキャピタルでした。調べてみると、業務改善やIT関連コンサルティングではなく、自分の興味のあった戦略コンサルタントとして関わっていける環境があると知り、興味を持ちました。

さらに同社への志望度を決定づけたのが、選考を通じて「ポテンシャルを評価してくれたこと」だったと菊地さんは振り返る。

応募時すでに30歳を超えており、未経験。まして、当時は回復し元気だったものの、一度ドロップアウトした経験がある以上、転職活動は厳しいものになると予想していました。しかし、面接を担当してくれた当時のマネージャーは、自分の事情を知った上でも、門前払いするどころか「あなたのスキルは当社の業務で活かせる」と前向きに評価してくれました。

前職時代から、上場企業の開示資料を多く読む機会があり、取材活動を通じて地道な情報収集を積み重ねてきました。その経験を、「ビジネスデューデリジェンス業務で活かせるはずだ」と具体的に提示してくれた。未経験の自分を育てようと向き合ってくれている姿勢が、何より嬉しく、「ぜひここで働きたい」と入社を決めました。

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もう1つ惹かれたポイントに「個人を尊重し、個人の裁量に任せるカルチャー」を挙げてくれた。「マスコミの仕事は他社が報じない独占インタビューやスクープを獲得できたかが高評価につながりました。出社して1日中、一生懸命机に向かっていようがいまいが、プロセスは重視されない世界。その意味で、スリーエスキャピタルにも共通する空気感を感じます。高い成果を出すことは大前提ですが、堅苦しいルールに縛られることはなく個人の事情を尊重してくれる風土がある。服装1つとっても、今日は久々にスーツを着ていますが、普段はオフィスカジュアルで過ごしやすい格好で働いています」と菊地さん。

取材とは違う形で、日本企業の発展に貢献していく

こうして2025年3月に入社した菊地さん。同社で働く魅力について、「インパクトの大きなプロジェクトに関われること」を挙げてくれた。

スリーエスキャピタルは、外資系投資銀行出身者により設立された会社です。経営陣が培ってきたお客様との強固な信頼と関係性は、確かな事業基盤となっています。だからこそ、日系・外資系を問わず大手企業の案件や、今注目を集める投資ファンドのプロジェクトにも深く関わることができます。正直なところ、入社前は「小規模な会社だから中小企業の案件が大半ではないか」と予想していたので、この環境の充実ぶりには良い意味で裏切られました。

その一例として、現在私が担当している、外資系投資ファンドに向けた伴走支援業務があります。日本の上場企業に対し、企業価値向上を目的として欧米流の経営手法導入を働きかけていく上で、対象企業について深く掘り下げて課題を構造化・分析し、改善案を含めたレポーティングを行なっていく。そうした資料が投資先への提言に使われ、ファンド側のアクションとして世に出ることもあり、非常に刺激的です。

働くなかで感じる「仕事のやりがい」については、こう語る。

前職や現職を通して外資系投資ファンドや機関投資家と長く向き合う中で、彼らの志や熱意に触れ、私のビジネス観は大きく変わりました。世間では「利益ばかりを追う存在」と誤解されがちな外資系投資ファンドも、実際は日本企業のポテンシャルを信じ、変革を真摯に後押ししようとしていると知りました。

以前、ビジネスメディアという「野党」の立場にいた頃は、どうしても批判的な視点が先行しがちでした。もし彼らの志にも目を向けていたら、より多角的な視点で取材をできたのではないかと今では感じます。コンサルタントとして、日本企業の価値向上という変革のプロセスに直接伴走できることに意義を感じており、やりがいにつながっています。

「日本の企業にいかにして貢献できるか」――。菊地さんのその視座には、幼い頃の原体験が深く関わっている。

実家は自動車部品を製造する町工場です。幼い頃から祖父を通じて、日本の高度経済成長期の話をよく聞かされていました。自動車産業が日本の基幹産業として世界を牽引したこと、この国がいかに発展を遂げてきたのかという時代の熱量を、祖父の話から肌で感じて育ちました。

ですが、時代は移り変わり、リーマンショック、コロナ禍、そして昨今はAIの台頭を経て、世界の勢力図は変わり続けています。かつて「メイド・イン・ジャパン」と世界から称賛された日本の製造業も、今では「世界では遅れをとっている」と揶揄されることも珍しくありません。

日本にはまだまだ魅力的な企業がたくさんあります。そのポテンシャルはもっと正当に評価されて良いはずです。前職から現在に至るまで、そこは変わらない軸だと思います。

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菊地さんの、転職前後での働きがいの変化を示すグラフ。

「好奇心」に従って生きる

取材終盤、菊地さんの現在地と、今後の目標について伺った。

入社から現在までの1年間は、記者・編集者の経験で培ったスキルを、コンサルティング業務にどう落とし込めるか、模索する時間だったように思います。まだまだ修行の身であり、上司からはいまでも「構造化が甘い」と厳しい指摘を受けることもあるため、コンサルタントとして求められる思考力は引き続き磨いていきたいです。

そのうえで、次の目標は「ソーシングスキル」を身につけていくことです。今は上司が獲得した案件を動かしていますが、今後は自ら外部とアクティブに繋がり、案件を創出していきたい。能動的に仕事を生み出し、会社に貢献していくことが次のステップだと考えています。

最後に、仕事における価値観について尋ねた。

究極を言えば、どこの会社で働いても、「飯を食う」ことはできると思います。だからこそ、せっかく働くなら年収がどうかよりも、自身の好奇心に素直に従うことが何より大切だと考えています。

勢いのある業界で毎日長時間働いている友人の年収だけをみれば「羨ましい」と思うことは正直あります。けれど、自分の興味がなかったとしたら、そこに飛び込んでもきっと長続きせず苦しいだけだと思います。

たとえば、1日8時間を仕事に費やすのであれば、「給与が高いからこの仕事をする」よりも、「自分が好きでやっている仕事に、給与や昇給が後からついてくる」というスタンスでいたい。その方が、人生の幸福度は高まると思います。

実際、現職への転職にあたっては前職よりも年収は下がりましたが、未経験から学ばせてもらう以上当然のことだと受け入れていました。企業経営について別の角度から追求できる今の環境に来たことに悔いはありません。1日の終わりに、「今日もやりたいことをやりきった」と思える日々を、これからも積み重ねていきたいですね。

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