INTERVIEW
WWFジャパン

総合商社を経て『WWF』へ。地球の自然環境保全にビジネス経験を活かす――彼女のキャリア選択

掲載日:2022/07/14更新日:2024/02/16
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世界最大の環境保全NGOである『World Wide Fund for Nature(世界自然保護基金、以下WWF)』。その日本拠点、WWFジャパンでコンサベーションオフィサーとして働くのが中溝葵さんだ。もともと大手総合商社に新卒入社し、石油ガス掘削における鋼管(パイプ)貿易/脱炭素化に関する新規事業開発等を経て、2021年、WWFジャパンの一員となった。そこにあったのは「企業が収益と環境保全の両方を追求するあり方」を広めていく志だった――。

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環境保全と、持続可能なビジネスは、つながっている

 もともと大手総合商社、いわゆる花形でもあるエネルギー企業とビジネスを展開する部署で働いていた中溝さん。なぜ、商社からNGOというキャリアを選択したのか。

まず大きくあった課題感は、自分たちが暮らしている地球はこの先どうなっていくのか。100年先も事業が継続できるような世界を残しておくために、今どのような資源の使い方をするべきか。そういったことを未来から逆算、バックキャストして考える人が増えたらいいなという思いを持っていました。

そういった経緯もあり、前職時代、石油掘削の際の温室効果ガス(GHG)排出を減らす新規ビジネスを検討、アメリカのスタートアップへの投資検討等に携わることができ、仕事は非常におもしろかったです。ただ、GHG削減は一つの環境課題でしかありません。温暖化はエネルギー転換だけで抑えられるものではないですし、環境破壊も止められない。すぐには収益化しないような挑戦に社内の賛同を得るのも難しかった。そこにジレンマも感じていました。

そういった中、感銘を受けたのが、Harvard Business School onlineの「Sustainable Business Strategy」の受講だったと振り返る。

もともと環境問題に関心はあり、オンラインで数週間かけて「Sustainable Business Strategy」を受講し、ビジネスを見る目が変わりました。ざっくりといえば、ビジネスの持続可能性の追求が、地球環境の改善に貢献できるだけでなく、企業価値向上に繋がる、というもの。環境保全は追加コストと考えがちですが、収益と環境保全、両方を追求する企業が評価される、と。より多くの企業がこの考え方を持てば、持続可能な事業活動が広がるはず。そこから多くの企業と対話をできるNGOといった職業に関心を持ちました。

そして出会ったのがWWFジャパンだった。

説得力のある話をするためには、環境問題の全体感を知る必要があります。一つの環境課題ではなく、全体にフォーカスしているのはどこか。そして、社会で実践しながら知識を蓄えられる職場はどこか。そう考えた時、WWFジャパン以外に選択肢はないと思い、入局を決めました。

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中溝葵(自然保護室 森林グループ コンサベーションオフィサー)筑波大にて国際関係学・環境経済学を専攻。学生時代に国際ワークキャンプの一員としてイタリア、トルコなどに行き、世界中から来たボランティアと簡易的な環境保全活動等にも参加。ヨーロッパや北アフリカを一人でバックパッカー旅行。卒論テーマ「南太平洋の島しょ国で観光に起因するごみ問題」など環境保全に関心を寄せていた。積極的に海外に行ける職場として大手総合商社に新卒入社。金属事業部門において石油ガス掘削の際に使われる鋼管(パイプ)の貿易、また、エネルギー業界の脱炭素化に関わる新規事業開発等を担当。2021年9月にWWFジャパンに入局。現在「ブラジルのフィールド担当」「森林コモディティ担当」として働く。

ミッションは、企業における持続可能な調達の拡大

こうしてWWFジャパンの一員となった中溝さん。現在、森林グループに所属し、2つの役割を担っている。その1つ目が「ブラジルのフィールド担当」だ。

主な役割は破壊されたブラジルの森林を再生させていくこと。現地のWWFオフィスと協力して、そこに暮らす人々の生活にもプラスになるような森林再生の仕方を考え、実行を支援していく。そのプロジェクトのマネジメント等を担っています。ブラジルの森林減少は深刻な状況にあり、改善が急務。たとえば、南米の大西洋沿岸部にはアトランティックフォレストと呼ばれる熱帯雨林があるのですが、開発が進み、もとの森林の12%ほどしか残っていない。生物多様性の宝庫でもあるこの場所を再生させ、森林面積の拡大を目指す。この活動をご支援くださっている企業への報告等も重要な業務です。

そしてもう一つの役割が「森林コモディティ担当」だ。

日本企業が海外から調達している森林コモディティ(原材料等)が現地の森林減少や土地の劣化につながっていないか。もし環境負荷があるならば、それらを減らすような、責任ある調達の仕方に変えていけないか。企業と対話を行っていきます。

無計画な調達と利用は、現地の生態系を劣化させ、そこに暮らす人々の生活も崩しかねません。企業には、まずは今使っているコモディティがどこで生産されていて、それが責任ある生産方法で作られているか、というトレーサビリティの向上に取り組む重要性をお伝えします。森林破壊リスクが高い地域からの調達に関して、具体的な取り組み予定を、調達方針で明確にして頂くことなどを提案しています。そこを見直すことは環境保全にも直接的につながっていきます。より一般的に、森林コモディティ調達のトレンド等をお伝えしていくセミナーなども森林グループとして開催しています。

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グローバルでは、森林減少に関連する原材料の消費を減らすための認証制度や法整備も進んでいるという。「欧米では森林減少につながる材料を使用して生産された商品は輸入させない、といった法案の検討も進んでいます。こういった世界的な動向の情報を企業に提供したり、ビジネス上のリスクをお伝えしたりしています」

プロフェッショナルと肩を並べるための膨大なインプット

これまで商社でしか勤務経験がなかった中溝さん。WWFジャパンという組織で働くなかで、今まさに直面している壁があると率直に語ってくれた。

想像をはるかに超える知識量が求められます。働くメンバーも全員がプロフェッショナルです。「地球を守りたい」という想いだけでは足りず、相当勉強しないと肩を並べていけない。たとえば、研究論文を何本も隅から隅まで読み込んでインプットした上で発表に挑む。環境保全の基本的な知識はもちろん、生産から消費までのコモディティ流通の仕組み、法律、国際情勢、行政における管轄部署など…それぞれについて知識を持っていなければ対等に話ができないわけですよね。今はまだ一つのコモディティを担当していますが、先輩方はいくつも担当をこなしてらっしゃるので、もうどれだけインプットしても追いつける気がしなくて。日々プレッシャーはありますね。

一方で商社時代に培ってきた経験が活きる場面も多いという。

企業との初めての対話の場面で、全てを初めからお話いただけるわけではありません。どう信頼を得て、こちらの話に耳を傾けて頂けるか。本質的には商社時代とやっていることはあまり変わっていないように思います。競合ではなく当社からモノを買っていただくのか、調達の方針を変えて頂くのか。どちらも何か相手の中で「変化」を起こそうとしている点は共通しています。「聞き取る能力」を活かし、何に疑問を感じているのか、どこに懸念があるのか。それによって、先進事例をご説明したり、業界に関連する新しい情報をお伝えしたり。そういったアプローチの仕方は活かせていますし、重要になる部分だと感じています。

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WWFジャパンで働く魅力のひとつに「多様な価値観、バックグランドを持ったメンバーがいること」もあるという。「研究者、ビジネスバックグランドを持つ方、NGOや官公庁にいた方…本当にメンバーが多様。私にとってここは新鮮ですごく面白いですね」

Together possible 一緒なら達成できる

そして取材後半に伺えたのが、中溝さんの仕事観について。仕事をどのようなものとして捉えているのだろう。

限られた人生、時間のなかで、仕事は「どうしても時間を割いてやらなければならないと感じること」であってほしいと思っています。家族との時間、自分が楽しみとしてやりたいこと、それらを削ってする仕事。その時間も意義を感じることに費やしたいとは、すごく思っていますね。

そして『WWF』での仕事でいえば、世界中に同じ方向を向いている人たちがいる。対話していく企業も目指すところは同じ。「持続可能な未来」という目標を共有する多くの仲間がいます。

当然、1社だけが変わっても、大きな変化は起こせません。ただ、その1社が変化したという事実に感化され、他の企業に波及し、より多くの消費者も賛同し、さらに政府も動き…。すると大きな変化の流れが起こります。そんな将来を目指し、1社でも多く、1人でも多く、目を向けてほしい。WWFのスローガンで「Together possible」、「一緒なら達成できる」と言っています。仕事を通じ、より多くのプレイヤーを巻き込み、一緒によりよい未来を作っていけると信じています。

彼女を突き動かすもの、その源泉には何があるのだろう。

これは転職をする時に思ったことですが、単純に子どもたちに胸を張って「地球を守ることがお母さんの仕事、すごいでしょ」と言いたかったんです。あとは、学べば学ぶほど、できることはいくらでもある、と希望が湧いてきます。でも、今変えなければ、子どもたちに健全な地球環境を残せなくなってしまう。その変化を促す知識・情報を広めていきたい。ただ危機的状況をそのまま伝えても、なかなか響かない。企業向けには「持続可能なビジネスを通じて、もっといい社会にしていきませんか」と伝えることで、また1社、仲間を増やせることもあると思います。ビジネスの持つ力を何年も目の当たりにしてきたからこそ、その力をより大きな環境保全へと向けていく。ビジネスをやってきた経験を、そういった強みに変えていければと思います。

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