2023年9月に「静岡県スタートアップ支援戦略」を策定し、その取り組みを本格化させている静岡県。今回行なわれるのは、同県初のスタートアップ専門人材募集の公募だ。ミッションは起業家・VC等とのネットワーク構築、そして静岡県へのスタートアップ誘致・創出へ。本庁(静岡県庁)勤務職、東京駐在職、それぞれでの募集に至った背景、そして得られる働きがいについて長谷川 泰三さん(産業イノベーション推進課 スタートアップ共創推進室長)に伺った。
静岡県 スタートアップ専門人材募集について
静経済産業部 産業革新局 産業イノベーション推進課
一般職の任期付職員
〇本庁(静岡県庁)勤務職
・県内スタートアップの創出・育成支援、県外スタートアップの誘致
・首都圏や海外のスタートアップと県内企業・自治体との共創促進(県内対応)
・ネットワーク形成、情報発信・イベントの実施、 情報収集、誘致活動等 (県内対応)
・上記に加え、県内スタートアップの成長・創出支援、県内学生等におけるアントレプレナーシップ醸成に向けた企画・取組 等
静岡型スタートアップエコシステム構築に寄与いただけることを期待しています。特に県内スタートアップ・県内機関との接点づくり、成長促進等が主なミッションとなります。また、首都圏スタートアップの受入体制の構築等も行ないます。
〇東京駐在職
・首都圏や海外のスタートアップと県内企業・自治体との共創促進(首都圏対応)
・ネットワーク形成、情報発信・イベントの実施、 情報収集、誘致活動等 (首都圏対応)
・上記を通じた、本県地域課題の解決、県内企業のスケールアップ促進
・本県へのスタートアップや各種支援者の誘致 等
知見やネットワークを活用し、多くの関係者と良い関係を構築。首都圏でこそ得られる情報収集、連携・シナジーの創出、イベント企画・運営の実施などを期待しています。
知事も明言。静岡県がスタートアップ誘致・振興を本格化
2023年9月「静岡県スタートアップ支援戦略」を策定し、民間から専任職員を公募する静岡県。5月28日に就任した鈴木康友 知事もスタートアップ企業誘致・振興策の強化を明言する。なぜ、静岡県はスタートアップ支援を強化するのか。その背景から伺った。
静岡県として、スタートアップを中心にした新産業の育成・創出、そして雇用、所得、財政を支える新たな担い手を増やすべく、スタートアップ共創推進に本格的に取り組むことになりました。2024年5月28日に就任した鈴木康友 知事自身、浜松市長時代に実績をお持ちですし、同領域の強化は明言しているところでもあります。
スタートアップ企業にはさまざまな定義があると思いますが、その特徴の一つは「短期間での企業成長」が期待できること。可能な限りスピード感を持って、静岡県をスタートアップに選ばれる有望な地域にしていきたい。そしてスタートアップにチャレンジしていく機運を生み出していく。そのような狙いのもと、まずは146社あるスタートアップ(2023年時点)を、2028年度までに250社以上にすることを目標に掲げています。また、県内スタートアップの資金調達総額や評価額100億円以上のスタートアップ創出数等もKPIに設定しており、それだけ本気で取り組んでいくということ。これらに対し、既存の県庁職員にはその経験や知見、ネットワークなどが不足している。そこでぜひ民間出身の方々の力をお借りしたいと考え、今回の公募に至りました。
静岡県 経済産業部 産業革新局 産業イノベーション推進課 スタートアップ共創推進室長
長谷川 泰三さん
消防防災、静岡県文化財団(出向)、空港管理、地域振興業務など多岐にわたる県庁業務に従事。2024年4月より現職。趣味は珈琲、喫茶店・甘味処巡り、テニス・スキー、バイク旅行等。
本庁(静岡県庁)勤務職、東京駐在職、それぞれに期待する役割
今回の公募がユニークなのは「本庁(静岡県庁)勤務職」と「東京駐在職」それぞれで職員を採用することだ。それぞれの期待する役割とはどういったものなのだろう。
本庁(静岡県庁)勤務職ですが、県内側の窓口、県内関係者と首都圏スタートアップを結びつける役割を期待しています。また、県内スタートアップに伴走し、私たち首都圏側との橋渡し役を担っていただきたいです。アントレプレナーシップを持った地元企業や学生ともつながり、新たなビジネス創出にも伴走いただければと思います。
一方の東京駐在職は、私と一緒に首都圏のスタートアップ企業やVC等と接点をつくり、県内への誘致、県内企業や自治体等との連携促進が主な役割となります。たとえば、ピッチイベントに参加し、地方に関心を持っているスタートアップに対して、静岡県の魅力をPRしていきます。また、自らイベントを企画・運営していくことなどにも取り組んでほしいです。
全国的にも活発化する、自治体によるスタートアップ支援。いかに静岡県を「スタートアップから選ばれる地域」にしていけるか。今回の公募は、その鍵を握るいわば「第一期」職員と言える。
首都圏近郊のなかでも静岡県は、地の利があると考えています。東京からのアクセスが良く、オフィス賃料、生活費などのコストを抑えられる地域。また、実証フィールドとしてのポテンシャルも高い。たとえば、日本一の水深がある駿河湾がありますし、富士山をはじめ豊かな自然など地域資源も豊富。技術検証・実証実験にも適していると言えます。さまざまな産業、大企業も多い。連携の可能性は様々あるはず。こういった点をアピールしつつ、いかに首都圏や海外のスタートアップとの共創、本県の地域課題の解決促進ができるか。そして静岡県内でスタートアップを身近な存在にし、県民の意識を変革していく。お持ちの経験、知見、ネットワークを存分に活用し、共にその土壌づくりに挑戦していければと思います。
選考のポイントについて「経験・知見・ネットワークはもちろん、人物面も重視したい」と長谷川さん。「スタートアップやVCなどは「人」を介したご紹介も多いと実感しています。だからこそ、いかに信頼をいただけるかが重要。「この人と一緒にやっていきたい」「あなたが一生懸命やってくれたから静岡に来ようと思った」と言ってもらえることが理想。そういった「人」の部分でも、静岡県がスタートアップに選ばれる大きな理由にしていきたいです。」
立ち上げメンバーとして、新しい挑戦を
他の自治体ではなく、静岡県でこそできる挑戦がそこにはあるという。
正直、静岡県のスタートアップ支援は全国的には後発です。ただ、だからこそ、さまざまな事例やケースを参考にしながら、1からのフェーズに挑戦できるフィールドがあります。もちろん行政ならではの進め方、民間のようにいかない点はあります。それでも県内で先駆けとなるため「やらされる仕事」ではなく、自由度高く取り組める。ここは大きなやりがいになるはずです。
たとえば、自治体・民間など支援者間の連携、ファイナンスの新たなスキーム構築、イノベーション拠点である「SHIP*」と連携したネットワーク・コミュニティ形成などにも挑戦ができます。何よりも収益ではなく、あくまで「静岡県のため、地域の発展のため」という社会的意義のために働けることも醍醐味になるはずです。
(*)デジタル技術の習得や新たなビジネスへのチャレンジを目指す、多様な人が集まるイノベーション拠点「SHIP(Shizuoka Innovation Platform)」。
2019年から開催されている『TECH BEAT Shizuoka 』の様子。2024年には出展スタートアップが120社を超え、日本有数のビジネスマッチングイベントに成長。イノベーションを通じ静岡の未来に可能性を描き、地域創生を実現するという思想から生まれ、展示・商談会、基調講演・トークイベントと熱気に包まれる。
一方でミスマッチをしないためにも知っておくべき厳しさはある。
なぜ、首都圏にスタートアップが集中しているのか。そこにはコミュニティや出会いなど含めて、それだけの魅力があるわけですよね。さらに他の自治体もまさに力を入れている。そういったなか「静岡でスタートアップを起こす理由」をどうつくっていけるか。ハードルは決して低くありません。さらに営利企業ではないので、判断の軸は「それは静岡県のためになるか」といった公共性が軸となります。公平で公正な立場で行動やコミュニケーションができているか。自らの判断が正しいか、誠実に向き合えているか。長い視点で問い続け、向き合っていく必要があります。また、スタートアップ関係者だけでなく、県職員などとも一緒にチームとして活動していくので、尊重も欠かせません。ぜひ一つひとつの仕事で信頼を積み重ねていっていただければと思います。
「ご自身の次のステップも見据えつつ、集中して仕事に臨んでいただけるのも任期付きで働ける特徴だと思います。」と長谷川さん。「自治体におけるスタートアップ支援・創出の立ち上げから携われる機会は希少ですし、キャリアの財産にしていただけるはず。また、行政内の仕組み、業務の流れ、付き合い方などの理解も深まるでしょう。そういった知見・経験をもとに任期後のステップアップも目指していただければと思います。」
誰かのための仕事を。
そして取材後半に伺えたのが、長谷川さんが考える静岡県庁の職員として働くおもしろさについて。
自らの活動が、静岡県のためになる。愛着のある地域に貢献していける、その手応えを感じられるのが、県庁職員として働く魅力だと私個人は思います。また、自分が知らなかった世界を知ることができる楽しさもあります。以前、地域振興を担当していたのですが、本業がありながらも、NPOを立ち上げ、地域のために活動している人もいて。そういった方々と出会うたびに「自分もがんばろう」と力をもらうことができました。スタートアップ支援にしても、毎日のようにイベントに顔を出し、名刺交換させてもらっていますが、みなさん真剣に話を聞いてくださいますし、未知の領域の人たちと出会い、日々刺激を受けています。さらに地域振興の際に出会った方のご紹介で人脈が広がり、不思議なご縁を感じることも多いですね。振り返ってみると「何か人のためになることをやろう」という意識は常に持って、仕事に取り組んできたようにも思います。人のためにしたことは巡り巡って自分に返ってくる。そしてやりがいになり、楽しむ気持ちにつながっていく。人のために何かをする方が、自分自身も精神的に満たされ、気持ち良く過ごせるもの。「すみません」ではなく「ありがとう」という感謝の気持ちで向き合っていく。こういった考え方が好きなのだと思います。もちろん単に言葉で言うだけなら簡単で、実際にできているかどうかは別です(笑)。だからこそ自らに「人のためになっているか」を問い続け、真摯に仕事に向き合っていければと思います。