「最先端の異常検知技術で早期発見し、病院での診断へ繋げていきます」こう語るのが天野 玲依さん。産官学連携で社会課題解決とビジネス成長の両立を叶える事業プロデュースを仕掛けてきたプロフェッショナルファーム「イーソリューションズ」に2021年に入社し、2023年には子会社となる「トータルフューチャーヘルスケア」(以下、TFH)を立ち上げ。弱冠31歳で子会社TFHの副社長に抜擢された人物だ。TFHの描く未来、そして彼女の事業にかける思いとはーー。
イーソリューションズについて
社会課題をビジネスで解決する事業プロデュースという手法 を通じて、社会に持続可能な新しい価値を創造するプロフェッショナルファーム。クライアント企業の利益最大化に貢献することに加え、社会課題の解決を両立する新規事業創出を目指す。社会課題解決をテーマにしており、企業間連携や産学官連携など、複数のプレイヤーの強みを組み合わせるアプローチが特徴。代表的な成功事例に、CO2削減を目的として日本政府が主導し大きな国民運動へと発展した「チーム・マイナス6%」、東北から全国を元気にする「さくらプロジェクト」、富山市・地元企業・富山大学の産官学連携による地方創生「富山モデル」など。
トータルフューチャーヘルスケア(TFH)について
2023年4月、イーソリューションズのヘルスケアに特化したスピンオフ企業として設立。最先端技術を持つ「技術パートナー」、エンドユーザーへサービスを届ける「事業パートナー」を繋ぐプラットフォームの役割を担い、事業を推進する。
※今回採用された方は、TFHへの出向となります。
2024年10月、YKK AP、大東建託、NTTドコモ・ベンチャーズ(ドコモグループ)、中部電力の4社が関わる事業構想が発表された。これらのそうそうたる大手とともに新規事業の創出に挑むのが、TFHだ。まずはTFHの事業概要から伺った。
2024年10月に共同プレスリリースを出したのですが、私たちTFHは、生活空間で発生する転倒等の急変や、認知症等の疾患リスクの早期発見モデルの社会実装に取り組む業界横断のプラットフォームを発足しました。
具体的には、世界最先端技術を有する「技術パートナー」企業とサービスの核となるソリューションを開発。同時に、エンドユーザーへサービスを提供する「事業パートナー」企業とのアライアンス構築を行ない、ソリューション導入によって彼らのヘルスケア事業を加速させることで、最先端の検知技術で疾患の可能性を早期発見し、病院へ繋げる一気通貫サービスを構築。TFHは「技術パートナー」「事業パートナー」双方を繋ぐプラットフォームの役割を担っています。
事業立ち上げの背景には、高齢化の進展や独居世帯の増加等の社会の変化にともなう、生活空間での転倒の増加があります。 転倒は、つまずきによる転倒だけでなく、脳卒中や心筋梗塞等の疾患起因による意識障害や、認知症やフレイル等の心身の変化の兆候としても現れると言われており、その多くが生活空間で発生しています。
また、認知症や糖尿病等の徐々に進行していく疾患は、潜在患者数が多いにも関わらず、受診率が低い傾向にあります。たとえば、認知症は、MCI(軽度認知障害)を合わせると、日本だけで1,002万人の潜在患者(*1)がいますが、受診率は12%(*2)にとどまっているのが現状です。
このような生活空間での転倒等の急変や、認知症等の疾患リスクを早期発見できれば、救えるはずの命を救うことができる。病気の進行をくいとめ、健康増進につなげることができる。ひいては、日本の医療費/介護費等の社会コストの削減にも寄与できる可能性があると考えています。
いかにして、このような大手企業を巻き込めたのか。
これは一重に、イーソリューションズが、高齢化が社会課題となる未来を予測し、10年以上前からどのような社会システムが必要か構想を練り、提言し続けてきたこと、それに対し、各社が社会的意義と自社ビジネスにとって必要なことであると共感くださったことの賜物です。
当社では、2010年代から、高齢者医療の課題を支える宅配システムの仕組み構築などに取り組んできました。また、2017年には、TFH事業の原型となる「疾患の早期発見」に関するプロジェクトが生まれ、TFHの社長を務める藤本がトップとなるライフデザイン事業部が発足。「早期発見モデルの社会実装」の社会的意義とビジネスとしてのメリットを産官学多くのステークホルダーの方々に提言し、布石を打ってきました。その中で、今回いずれのパートナー企業様も、私たちの描くビジョン・意義に共感いただけたのではないかと思います。
そして、もう1つ、私たちとタッグを組むことにより、業界横断で各社が協力した新たな価値提供の突破口が開けると感じていただけている点も大きなポイントです。より具体的に言えば、各社が自分たちの技術・強みをもっと活かして社会的責任を果たしながら、売上としても増幅が見込める。こうした相乗効果を期待いただいています。
たとえば、ドコモグループは、オンライン診療やオンライン処方のプラットフォームを保有しています。そのため、同社に参画いただけると、自社の「健康」の取り組みを「医療」に繋げたいと考える住宅メーカーにも賛同いただきやすくなります。逆も然りで、住宅メーカーのような大きな顧客基盤を持つ企業が賛同してくれるからこそ、ドコモグループとしても連携する意義を感じていただくことができました。
まさにこれから立ち上がろうとしている「早期発見モデル」。その現在地とは。
提携する技術は既に実用化されているものですが、海外で使用されている技術が日本の生活空間の中でも問題なく活用できるか検証するために、現在、介護施設や集合住宅などで実証実験を進めています。
たとえば介護施設では、課題として「入居者さんが転倒してしまった/ベッドからずり落ちてしまってその場から動けず、数時間後にスタッフが見回りに行くまで気づけなかった」という課題を抱えています。まだ実証実験の段階ですが、本サービスを導入したことで「早く気が付いてサポートできた」という事例が着実に増えています。
特に嬉しかったのは、入居者の方々のポジティブな声です。サービス導入にあたっては、室内に検知のためのセンサーを設置するのですが、当初、入居者さんの中には「監視されている」と抵抗を感じる方もいるかもしれないと懸念していました。ただ、本サービスは、カメラではなく、人の形や動きを点の集合体として捉えるというプライバシーに配慮した技術を用いています。 その旨を入居者の方々にもお伝えすると「プライバシーにも配慮しつつ、怪我を早期に見つけてもらえるのは安心」と好意的に受け止めてくださっていることは、良い意味で発見でした。
(*1)(出典)厚生労働省「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」
(*2) (出典)厚生労働省「令和2年患者調査」(2020年)の「血管性及び詳細不明の認知症」、「アルツハイマー病」の患者総数に対する患者数の割合からTFH試算
住宅・介護施設等の生活空間に非接触のセンシングデバイスを設置し、 プライバシーが守られる形でユーザーのバイタルデータや動きをモニタリング。急変を検知した際には、ご家族や介護スタッフ、あるいは住宅の管理会社や提携する警備会社へ通知を行ない、必要に応じて救急要請する(「急変の早期発見」モデル)。疾患リスクを検知した際には、リスクをユーザーへフィードバックし、ユーザー自身の判断で近くのクリニックや提携病院、オンライン診療の受診に繋げる。(「軽症での早期発見」モデル)
※引用:トータルフューチャーヘルスケア株式会社共同プレスリリース
Total-Future-HealthcareTFH共同プレスリリース全文.pdf
天井の照明横に設置された円形状のものがセンサー。人の高低差を点群で検知する。「ベッドの端に座っていて、そこからずり落ちてしまう程度の高低差でも、検知できるように技術改良中です」と天野さん。
※引用:トータルフューチャーヘルスケア株式会社共同プレスリリース
Total-Future-HealthcareTFH共同プレスリリース全文.pdf
続いて、今後TFHがクリアしていくべき課題について。
まずは製品を世に出していく。ここに尽きます。
実際に世に出すためには、技術パートナーとの技術検証・改良や、事業パートナーとのヘルスケア事業開発だけでなく、基盤システムの構築、商流含めた販売体制の構築、アフターサービス体制の構築など、やることはまだまだ山積みです。
並行して、より多様な業界におけるパートナー企業の拡充にも取り組んでいきます。賛同してくれるパートナー企業に対して、どうしたら相乗効果を生めるのか。それを具体的な事業戦略として描く必要があり、ぜひ多様な業界出身の方に知見を持ち寄っていただきたいと考えています。
例えば、保険業界との連携も検討しているのですが、どうしても私を含めた既存メンバーだけでは限界があります。というのも、保険ビジネスについて表面的には理解していても、 事業構造や商流、金融商品の開発戦略など、勉強だけではどうにも想像しきれない部分があります。その業界に精通している方と一緒に進めていけると私たちとしても心強いなと思っています。
ここでは保険業界を例にあげましたが、例えば食品メーカーや医療品メーカーなど、多様な業界にTFHのプラットフォームに参画していただくことが重要だと考えています。そう言った意味で、多様な業界経験だけでなく、多様なスキルを活かしていただける環境がありますし、広く門戸を開いています。
既存メンバーも文系・理系問わず多様なバックグラウンドを持っているという。「たとえば、物流、SIer、小売、MR、病院向けの広告営業、医療機器メーカーの研究開発など、多岐にわたります。ちなみに、私は入社時に“いわゆるコンサル”のようなロジカルでドライな雰囲気を想像していたのですが、みんな優しく温かい人が多いのも良い意味で裏切られたポイントでした。入社時はちょうどコロナ禍でリモート勤務からのスタートだったのですが、上長が毎日夕方に10分ほどその日に疑問に思ったことがないか聞いてくれる時間を設けてくれて。そういった温かいカルチャーは、私としても大事にしていきたいなと思っています」と天野さん。
天野さんの転職前後での働きがいの変化を表すグラフ。成長実感の高まりについて話してくれた。「特に今の事業に関わるようになってからは、インプット・アウトプットが各段に増えましたね。あらゆる業界の方と関わるので業界知識もそうですし、自分たちで会社を起こして事業展開していくうえでの、お金のやりくり、事業計画の策定、特許管理、契約交渉のための法的知識も必要になる。スキルも磨かれましたし、視野も広がったように思います」
もともと前職時代は空調機メーカーで技術営業として働いていた天野さん。彼女自身はなぜイーソリューションズへ?入社の決め手と合わせて伺った。
「モノ売りではなく、より上流から課題解決に関わりたい」という思いからコンサル業界に絞って転職活動をしていた矢先に、イーソリューションズを知りました。当時は社名すら知らなかったのですが、調べていくうちに、企業、自治体、研究機関、省庁、アカデミアなど、あらゆる組織を繋いで新規事業を創出していく唯一無二のビジネスモデルに惹かれて。「一般的なコンサルティング会社と一味違うな」と興味を持ち、選考を受けてみることにしました。
特に入社の決め手になったのは、選考の中で「チーム・マイナス6%」を仕掛けた会社だと知ったこと。「社名は知らなかったけど、事例は知っている…!国も関わるあのプロジェクトの裏には、こんな会社がいたのか…!」と驚いて。想像以上に社会に大きなインパクトを与えられる会社なのだと思いました。
そして、イーソリューションズの副社長でもあり、TFHの社長でもある藤本と面接で話した時、「この人についていきたい」と思ったことも大きかったですね。
選考でプレゼンの課題に対してフィードバックをもらった時、「あらゆる業界と関わる人というのは、こんなにも広い視野で物事を見ているのか。年齢的には自分と大きく差があるわけではないのにすごいな」と刺激を受けました。さらに、お話するなかで「立場が人を成長させる」という言葉が、強烈に刺さってしまって。「この環境に身をおいたら自分もこの人のようになれるのだろうか、近づきたい」そう思ったのを覚えています。
入社して4年、決して平たんな道ではありませんでしたが、実際にTFHの副社長という役職に就くチャンスをいただきました。多くの企業に出資いただき、期待を受けているこの事業を引っ張っていくんだ。そういった思いは日に日に強くなっています。
最後に伺ったのは、天野さんにとって仕事との向き合い方について。
正直に言うと、私自身はとりわけ「社会貢献」への思いが強いタイプではありませんでした。もちろん、社会課題解決に関心はあったものの、仕事で社会課題解決にも関われたら面白そうだな、という温度感。自分が社会のために何ができるかまでイメージできていませんでした。
ただ、イーソリューションズに転職し、TFHの副社長を任せていただくようになってから、少しずつ視座が高まり、社会のためにという想いが芽生えてきたと感じています。
あらゆる業界のトップの方々と接していて、皆さんがよくおっしゃるのが「みんな自社の会社/自分の業務しか見えていない。俯瞰的に物事を見られる人材は稀だし、それができる人が増えていって社会課題解決のために世の中を引っ張っていくべき」というご意見です。
その点、TFHは業界横断のプラットフォームの役割を果たす立場であり、会社としても独自のポジションを築いている。そして、ここであれば、強制的にでも俯瞰した目線を磨いていける。人としてもすごく成長させてもらえる環境なのかなと思いますね。
そして、いま私たちが取り組む事業は、個々の生活者にとっては命や健康寿命延長への貢献、企業にとっては社会的責任の遂行と事業拡大に、そして国レベルで見ても社会保障費の削減につながるものになるはずです。世の中全体を巻き込んでこの事業を進めていくことには、非常に大きな意義がある。そう信じているので、これからも頑張っていきたいと思います。