神戸市にある企業のサステナブルな経営・新規事業を支援し、異業種の企業やクリエイターとの共創で新たな産業を創出する――そのきっかけ作り、プログラムの開発・運営を担うのが、長井伸晃さん(神戸市 経済政策課/都市型創造産業担当)だ。これまで、Facebook JapanやUber Eatsとの連携、eスポーツプロジェクトなども推進。2021年には、クラウドファンディング『Makuake』との事業連携もスタートさせた。神戸市が掲げるのは、神戸市全体にイノベーションの土壌をつくる「都市型創造産業」の創出。それら取り組みの詳細について長井さんに伺った。
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“ 異業種連携による地元企業のイノベーション推進を図る ”
神戸市役所内で、こういったユニーク、かつ先進的な取り組みを推進しているのが経済政策課/都市型創造産業担当のチームだ。
「主なミッションとしては、地域の中小企業、産業におけるイノベーション・新たな価値創造の契機につなげていくことです。アプローチの方法は、新たなビジネス創出を支援するプログラム提供やコミュニティ運営、民間企業同士のマッチング支援、クリエイターとの共創など。私たちとしてはアイデアの種、それを芽吹かせるための可能性を高めるつながりや環境づくりといった後方支援をしていくことがミッションです」
こう解説してくれたのが、神戸市 経済政策課で働く長井伸晃さん(都市型創造産業担当)だ。神戸市では、ITやメディア、デザインなどの業種を“創造的な産業”として「都市型創造産業」に位置づけ、その創出と発展に力を入れてきた。
神戸市では、14業種を「都市型創造産業」と位置づけ、それぞれの「仕事の創出」「環境の創出」「人材の供給」の施策を展開。都市型創造産業の創出・発展に取り組む。1)ソフトウェア業 2)映像情報制作・配給業 3)音声情報制作業 4)新聞業 5)出版業 6)広告制作業 7)映像・音声・文字情報制作に附帯するサービス業 8)デザイン業 9)著述・芸術家業 10)経営コンサルタント業、純粋持株会社 11)その他の専門サービス業(翻訳業、通訳業等) 12)広告業 13)土木建築サービス業 14)写真業
「これまで、さまざまな企業誘致、クリエイター育成に取り組みましたが、さらに地元企業を中心とした様々な協業による成功事例を増やすことで、地域における「仕事の創出」「環境・機運の醸成」「人材・資金の流入」など、地域産業全体の活性化につながる好循環の仕組みを構築していく考えです」
どのように取り組みが進められているのか。そして2022年度はどういった部分を強化していくのか。長井さんに伺った。
長井伸晃(神戸市経済観光局経済政策課担当係長/都市型創造産業担当)関西学院大学卒業後、神戸市入庁。長田区保護課、行財政局給与課、企画調整局ICT創造担当係長、同局つなぐ課特命係長を経て現職。係長昇任後の企画調整局では、官民連携によるテクノロジーを活用した地域課題の解決や新たな市民サービスの創出に取り組んできた。これまでにフェイスブックジャパンやヤフー、Uber Eats、スペースマーケットなど16社との事業連携を企画・運営。現職では、地域産業の付加価値向上や次代の産業育成に向けた事業を推進・立案する。神戸大学産官学連携本部非常勤講師。NPO法人「Unknown Kobe」理事長。「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2019」受賞。
2021年度に発行する全ての債券をSDGs(持続可能な開発目標)債として起債するなど、地方自治体として「ESG」をテーマにした取り組みを先駆けて取り組んできた神戸市。
先の「都市型創造産業」推進においても、中小企業のサステナブルな新規事業・イノベーション創出プログラム「プロジェクト・エングローブ」をスタートさせた。
同プログラムについて長井さんはこう語る。
「中小企業の事業支援、新規事業サポートなど、他の自治体にもありますが、このESGを取り入れたプログラムはユニークな取り組みだと思います。市内の中小企業が国内外でクリエイティブな活動をする人材とチームを組み、さらにESG分野の第一線で活躍する方々がメンターとしてアドバイスしながら、新たな事業領域探索・事業構想に取り組むものです。参加企業からは「世界が広がった」「視点が変わった」「発想が豊かになった」という声をいただいています」
具体的には、どういった企業が参加し、ビジネス構想を進めているのだろうか。
「BtoBの企業もいれば、BtoCの企業もいて、まさに多様です。例えば、新幹線や人工衛星などにも採用された産業用センサーの技術を持つ企業が、その技術で社会の境界を越え、生活者の意識・行動をいかに環境・地球に良い方向に変えていけるかを構想しています。その一方で、創業100年を超える神戸で最古の靴専門店では“地域で循環する靴づくり”を考えていたりもしますね。様々な素材で構成される靴は分解が難しく、これまで可燃ごみとして多くの自治体で処理されてきましたが、地の利と技術を活用しながら、靴がごみにならずに循環する仕組みができないか。こういったディスカッションもスタートしています」
2021年度のプログラムは終了したが、すでに2022年度に向けた動きもスタートしているという。
「一つの会社の商品開発だけではなく、新しい仕組みを社会に提示していく、そういったスケールの大きな取り組み。正直、どこまで実現するか、未知数です。ですが、今、生まれている種をどう芽吹かせていけるか。楽しみですし、ワクワクしていますね」
「22世紀に残るビジネスのために」を掲げる「プロジェクト・エングローブ」。神戸が持続可能な産業都市として世界をリードし、新たな人材や資本の流れをつくるプログラム。持続可能なビジネス創造の観点「ESG」を軸とし、神戸市企業の「サステナブル経営」の実現を目指す。事業再編、新規事業創出等を支援していく。
もうひとつ、注目すべき取り組みが2021年にスタートした、クラウドファンディングプラットフォーム『Makuake』との事業連携だ。
「神戸市が提供するプログラムを通じて生まれた商品やサービスの出口として、マーケティング・広報の面から中小企業のイノベーション創出・販路拡大をより一層促進させることが目的です。神戸市・マクアケ共催によるセミナー・個別相談会を開催することで、中小企業にとって『Makuake』の活用障壁を下げ、状況やニーズに応じてうまく使いこなしていただきたいなと。マクアケ社の方はもちろん、プロジェクトに成功・支援した方、これからチャレンジする方など様々な立場から、ノウハウや悩みを共有・相談いただくの場を設け、企業同士やクリエイターが「つながる場」を作っていきたいと思っています」
2020年3月までは「企画調整局つなぐ課」にて、ひきこもり支援策、市職員の人材確保方策の検討、シェアリングエコノミーの活用、コロナ禍における飲食店支援、eスポーツ活用などに取り組んだ。「経済観光局に異動してきた後もその経験やネットワークを活かし、新しい事業を企画しています。マクアケさんとの事業連携もそうですね。もともとつながっていたので、すぐに相談でき、スピード感をもって実現することができました。」
そして、2022年度に特に注力したいことの一つが「つながる場」をつくること。いわゆるコミュニティ運営に力を入れていくという。
「先ほどのESGにしても、『Makuake』にしても、支援をさせていただけている企業の数としては、20社~30社ほどと限定的です。最終的には、地域産業全体への波及を目的としていますので、成功事例を増やし、「もっとチャレンジしてみよう」「うちもやってみよう」という雰囲気が醸成されていくことが理想ですが、行政から企業へ一方向のアプローチをしているだけでは限界がある。そこで多様な企業同士が横でつながることができるコミュニティをつくり、最終的には自然発生的にビジネスプロジェクトが生まれてくるような場が必要ではないかと考えました。先ほどのESGのプログラムに参加している5社のみなさんの間だけでも、すでに連携の話が出てきていたりする。地元の中小企業同士はもちろん、市内外の大企業との連携、大学との連携があってもいい。それぞれの強みを活かし合うシナジー、“共創”こそがこれからの時代にはより一層重要になっていくと思います。2022年度はこのコミュニティと各プログラムを有機的に組み合わせながら、両輪で進めていくことがテーマですね」
約30名ほどいる経済政策課のなかで「都市型創造産業」を担うのは5名。「課長が40代、私が38歳。担当者も含めて非常に若い組織ですし、イノベーションをテーマに民間企業のみなさんともやり取りするのでスピード感、柔軟性が特徴のチームだと思います。前例のないこと、答えがないものも多い。そういった中でプロフェッショナルの知見を借りつつ、ネットワークも活かしながら切り拓いていく。「自分たちが信じる方法でまずはやってみましょう」と上司からも任せてもらえる。ここも非常に大きなやりがいですね」と長井さん。
さまざまな前例のない取り組み、プロジェクトを推進してきた長井さんだが、現在の仕事ではどのようなことを大切にしているのだろうか。
「最大限の敬意を払うこと、リスペクトを忘れないことかなと思います。例えば、中小企業の方々はすごく誇りを持って仕事をされています。唯一無二の優れた技術をお持ちの企業もいらっしゃる。私はそれぞれの領域のプロフェッショナルではないので専門知識はありません。それでも自分なりに勉強しつつ、わからないことは余計なプライドは持たず、どんどん聞いていく。そうすることで、その企業が持つ強みや想いを客観的に説明することができるようになり、適切な「つなぎ」が次第にできるようになるのではないかと思います。「あの人にだったら安心して相談できる」と言ってもらえるよう、敬意を忘れず、自分の顔を覚えてもらえる、そんな関係性を大切にしているかもしれません」
そして最後に伺えたのが、長井さんご自身の仕事観について。彼にとっての仕事とは一体どういったものなのか。
「私が仕事で実現したいのは、人と人をつなぐ、価値と価値をつなぐということ。そうすることで 「1+1」は「2」以上の大きな価値が生まれるものだと思っています。その組み合わせは、どうしたら生まれるか。常にここを考えていて。ただ、当然、自分一人でやろうとしても限界があるので、自然と生み出されるために「仕組み」をつくっていきたいですね。「この街のために何かやりたい」という人たちが、その活動をしやすくする、あるいは仲間を集めやすくする。これこそが私の役割だと思っています。当然、制度や法律などルールはありますが、「できない理由」ではなく、「どうすればできるか」を共に考える。行政にしかできないことは行政が汗を流しながら行ない、世の中のために新しい価値を見出す人たちの良き伴走者でありたいですね」