「事業責任者になるのはもっと先だと思っていましたし、ましてグループ会社の社長になるとは想像もしていませんでした」こう語るのは、神原大槻さん(取材当時27歳)。GMOフィナンシャルホールディングス(以下、GMO-FH)で、最年少(※)で事業責任者に抜擢された人物だ。彼の躍進を支えたものとは、一体何だったのか。取材から見えてきたのは、責任者になるための環境を自ら選び取り、ひたむきに突き進む実直な姿勢。そして、そんな彼の熱量や挑戦を全面的に後押しする同社ならではのカルチャーがあった。
(※)2026年時点
前職ではスマホゲーム運営企業にて新規事業を担当していた神原さん。転職に至った経緯から伺った。
前職はファンタジースポーツの新規事業に携わっていました。非常に刺激的でやりがいを感じていた一方で、20代のうちに事業責任者として裁量を持って挑戦したいという、自身のキャリア目標との兼ね合いから、仕事を見つめなおすようになりました。
ファンタジースポーツという領域は、中長期的な市場拡大が見込まれる魅力的な分野ですが、日本でも欧米のように市場が成熟して事業としての基盤が固まっていくまでには、法や制度の見直しも含め相応の時間がかかります。事業の成長がこうした外的要因に左右されることに、もどかしさを感じていました。
また、社内の組織構造上、責任者ポストも既に埋まっており、自分の番が回ってくるのを待てば30代に突入してしまう――。 自分のキャリア希望から逆算したとき、今の自分にとっての優先順位は「腰を据えて待つ」よりも、もっと早期に事業のかじ取りを任せてもらえる環境へ飛び込んで経験を積むことだなと。そういった思いから転職活動を始め、たまたまアンビ(AMBI)からのスカウトメールでGMO-FHの募集を知りました。
そうした中、GMO-FHを最終的に選んだ決め手とは何だったのか。
決め手は、選考で出会った武田さん(当時27歳で事業責任者、現在はグループ会社社長)の存在です。自分とほとんど年齢が変わらない方が、実際に重要ポストに就いている。いくつかの会社を受ける中で「若手を抜擢」とはよく聞きましたが、その当事者と直接話せたことは、ものすごく説得力がありました。「ここなら、自分にも本当にチャンスがあるのかもしれない」と思ったことを覚えています。
また、新規事業に挑戦する上では、会社として安定した収益基盤があることも重視していました。GMO-FHは、主力事業で創出した利益を、成長領域や新規事業に積極的に投資していくことを明言しています。挑戦を支える確かな基盤があるという意味でも、「挑戦するならここだ」と確信し、ご縁もあり入社を決めました。

神原大槻
2022年、新卒で株式会社マイネットに入社。新規事業部ファンタジースポーツ課にて、プランナーとしてBリーグを題材としたファンタジースポーツゲームの運営に従事。2025年4月にGMO-FHに入社。
神原さんの入社後の変遷
▼2025年4月~7月:研修期間(GMOクリック証券のコールセンター業務)
▼2025年8月~11月:医療プラットフォーム事業サービス企画
▼2025年12月~2026年2月:新規事業立ち上げPM
▼2026年3月~現在:立ち上げた新規事業を担うグループ会社社長に就任
入社後8ヶ月という異例のスピードで、目標としていた新規事業責任者に就任した神原さん。いかにしてそのチャンスを掴んだのか。「新規事業の責任者になりたい」という想いを選考時から伝えていたことのほかに、意識していたことを明かしてくれた。
手前みそですが、コールセンター業務をしていた時から、大勢の中のひとりではなく自分の存在をアピールする気持ちで臨んでいました。「自分はどう考え、どういう人間なのか」を、周囲に示していくことは意識していたかもしれません。
たとえば、「GMOクリック証券に関する記事を書く」という課題を踏まえ、会長とディスカッションする時間が設けられたとき。会長と話せる貴重な機会なので、最大限に有効活用したいと思っていましたね。
自分のアウトプットに厳しいフィードバックをもらったのですが、自分の作成意図や考えを伝えたところ、思ったよりも会話が広がり、議論へと発展したんです。「しっかりとコミュニケーションできた」という手応えもあって。会長の意見を受け止めることは大切ですが、あの時、そのまま引き下がっていたら会話は終わっていたはずです。自分の意見や仮説があるからこそ、建設的な議論ができる。それを身をもって体感した時間でした。
続いて、本配属先の医療プラットフォーム事業で意識していたことを伺うと「事業のために何が出来るか」という俯瞰的な視点が見えてきた。
当初より一定期間での異動を前提としていたため、「限られた期間で、自分が離れたあとも財産となるものを残すこと」を意識していました。
とはいえ、当時は右も左もわからない状態だったので、意識的にコミュニケーションをとって情報を収集していました。とにかくプロダクトに触れ、不明点は即座にミーティングをセットし関係者にヒアリングをする。それを繰り返す中で、ユーザーの反応や事業の現在地が可視化されていないという課題に気づき、まずは数字のモニタリングフローの構築に注力することにしたんです。
正直、4ヶ月で完全にやり切れたとは思いません。心残りもあります。一方で、主体的に業務を推進する姿勢については一定の評価をいただき、念願の事業責任者に挑戦させてもらえることになりました。比較的、早くから現場に出してもらい、挑戦の機会を与えてもらえたことは本当にありがたかったですね。

こうして事業責任者となり、さらに3ヶ月後にはグループ会社社長に就任した神原さん。現在の仕事と、その醍醐味についてこう語る。
現在、GMO-FHでは、共通ID「1アカウント」を軸としたオープンな経済圏の構築を目指しており、その重要なピースの1つとなる事業を社長として任されています。最初のアイデアこそ会長の発案ですが、ビジネスとしての収益性や法令・規制面での実現可能性などについて、関係部署と連携しながら検証するフェーズから私が担当しています。
事業計画から予算策定、サービス仕様の決定、さらにはベンダー選定まで、その1つひとつを、事業責任者として意思決定を担っています。これまでも提案までは深く関わってきましたが、その判断に責任を持ちながら事業を前に進めていく経験は、責任の重さと同時に大きな醍醐味でもあります。
もちろん、自分の判断が本当に正しいのかという不安は常に付きまといますし、蓋を開けてみるまでわからないことも多いです。ただ、現時点で得られる材料を精査し、その中から「いま選べる最善の一手」を打ち続けること。それが社長になるということなのだと実感しています。
さらに、経営層の近くで働けることも大きな魅力だと語る。
会長とは週次でミーティングを行なっています。細部まで指摘される厳しさはありますが、いただく内容は常に本質的です。自分に何が足りなかったのかを考え、次はどう打ち返すか考える。必死に食らいついていく毎日です。
ときには意見が食い違うこともありますが、社長である以上、会長に対してでも自分の意見を論理的に主張しなければなりません。まだまだ未熟ですが、数字を用いて説得力を持って意思を伝えるという点に関しては、この3~4ヶ月で確実に磨かれてきていると実感しています。

神原さんの転職前後での働きがいの変化を示すグラフ。

現在、新規事業は神原さんを筆頭に、システム担当、業務担当と3名で担う。「一応役割は分かれていますが、まさにスタートアップなので、全員で主体的に取り組んでいます」と神原さん。
取材の終盤、神原さんの今後のビジョンを伺った。
社長には就任しましたが、サービスのリリースはこれからです。まずは着実に無事リリースを成功させることはもちろん、その先もユーザーに長く愛されるサービスへと成長させていきたいです。
また、自分のキャリアとしては、20代のうちは目の前の年収よりも、どこへ行っても通用するスキルを磨くことを優先したいです。確かな実力があれば、結果として経済的な安定もついてくるはず。そして、基盤さえあれば、仮に挑戦して失敗したとしても立て直せるという自信にもつながるはずです。
特に意識しているのは、「人を巻き込み、物事を進める力」を伸ばすこと。そこは、AIには代替できない部分だと思うからです。一緒に働く仲間に信頼され、「神原がいたから事業は成功した」と言ってもらえる。そんな存在になりたいです。
最後に、神原さんにとって「仕事」とは。
仕事とは「楽しむもの」と捉えています。昔から、新しいものに触れたり、未知の領域に挑戦したりすることに、最も楽しさを覚えるタイプです。新しいサービスが出ればまず触ってみるし、知らない街へ行けば自分の足で歩き探索する。この好奇心は仕事にも通じています。
新しい環境に飛び込んでゼロから形にしていく過程は、最初はカオスですが、手を動かすうちにどんどん解像度が上がっていく。そのプロセスがたまらなく面白いんです。ピンチのときほど「挑戦しがいがある」と感じる性格もあって、厳しい状況でも「楽しさ」が勝ってしまうんですよね。
これからも新規事業という刺激的な環境に身を置き続け、「楽しむ」気持ちを持ち続けて進んでいきたいです。



