JICA(独立行政法人国際協力機構)では、様々な業界・分野からの民間出身者が活躍している。今回お話を伺った齋藤 祥治さん(インド・ブータンを担当)もその1人だ。総合建設会社(ゼネコン)、建設コンサルタントで働いていた彼は、なぜJICAへの転職を決めたのか。そこには「培ってきた経験やスキルを活かして、途上国の国家事業に貢献したい」という思いがあった。
JICAの総合職について
国際協力に関する戦略の策定から、プロジェクトの発掘・形成、実施、評価、さらには組織運営を支えるバックオフィス業務まで、幅広い仕事に携わるのが総合職だ。さまざまな業務を経験しながら、国際協力のプロフェッショナルとしてキャリアを築いていくことが期待される。働き方は、配属先や担当業務によってさまざま。本部(東京)を拠点に、定期的に担当国・地域へ出張するケースもあれば、海外赴任して現地で業務に携わるケースもある。多くの場合、入構後5年以内に海外赴任の機会があり、早い段階からグローバルな現場で経験を積みながら、キャリアを築くことができる。
「その国には何が必要か」ものづくりの最上流から考えたかった
もともと「インフラ関連のものづくりがしたい」と、新卒で総合建設会社(ゼネコン)に入社した齋藤さん。施工管理を経験したのち、より上流の企画・計画・設計に関わるため建設コンサルタントへ。現場から上流へと一段ずつ遡るようにキャリアを重ねてきた彼が、JICAへの転職を決めた経緯とは。
当初は、建設の現場監督としてキャリアを積んでいくものだと思っていました。JICAのことは知っていたものの、自分がそこで働くとは思ってもみませんでした。ただ、建設コンサルタント時代に、たまたま受注側としてJICAのプロジェクトに関わったことが大きなきっかけになりました。
当時、海外事業部で海外鉄道ODA事業に携わっており、東南アジアの高速鉄道建設計画における調査業務や、フィリピンの地下鉄整備事業の設計業務などを担当しました。いずれも、その国の国家事業となる大規模なプロジェクト。自分の判断が、相手国の事業のどの段階で活かされているのかを考え、より俯瞰的に物事を捉える機会が増えていきました。そうした中で、初めて「自分の仕事が相手国の経済発展に影響を及ぼしていく」という感覚を得たんです。
JICAであれば、まず「その国に何が必要なのか」を考え、事業の方向性を決める、ものづくりの最上流に関わることができる。それが、途上国にとって真に有益な事業づくりにつながっていく。そう気づいたとき、「ここで自分の技術者としての経験を活かしてみたい、JICAの技術力の底上げに貢献したい」という思いが芽生え、応募に至りました。
また、多様な経験を積めそうな点もポイントでした。前職の建設コンサルタントでは、専門領域を深めていくキャリアが基本です。ただ、まだ20代後半だった私には、自分の専門を1つに絞る前に、もっと幅広い分野を経験してみたいという思いがあったんです。その点、JICAであれば「コンクリート構造物の設計だけでなく、道路や上下水道事業にも携わってみたい。材料もコンクリートだけでなく、鋼材など他の材料についても経験してみたい。」そうした気持ちを大切にしながら挑戦できそうだと思いました。さらに、JICA主催の座談会に参加し、自分と似たようなバックグラウンドの方も活躍されていると知ったことも後押しとなりました。「ここなら自分も活躍できそう」と確信し、幸いご縁もあって入構を決意しました。
齋藤 祥治
新卒で総合建設会社(ゼネコン)に入社。土木施工管理技術者として東日本大震災の復興工事に従事。宅地整備をはじめ、大型水門の新設や常磐自動車道のインターチェンジ新設といった現場で、主任技術者として工程・原価・品質・安全管理を経験。その後、建設コンサルタントに転じ、海外事業部で海外鉄道ODA事業に従事。2023年にJICAに入構。現在、南アジア部 南アジア第一課に所属し、インド・ブータンを担当。
インドの未来に種を蒔き、発展の軌跡を見届けたい
入構後はインフラ技術業務部に配属され、その後、南アジア部へ異動した齋藤さん。まずは、インドを担当するに至った経緯から聞けた。
入構後、最初に配属されたのはインフラ技術業務部でした。インフラ分野の技術的な観点から、各地域の事業を横断的に支える部署です。その後、希望していた南アジア部へ異動し、いまはインドを担当しています。南アジア部は、国ごとの協力を分野を問わず包括的に担う部署。入構時からインドへの貢献を志していたので、念願がかなった形です。
そもそもインドは、思い入れのある国なんです。大学時代、仲間と1ヶ月ほどバックパッカーとしてインドを旅したのが最初でした。文化の違いをはじめ、その不思議な魅力にすっかり引き込まれてしまって、それからは仕事の出張も含め、数年に一度はインドを訪れています。
何度も訪れるうちに、より強く惹かれたのが、その驚異的な成長スピードです。たった数年で、街が様変わりする。かつて原っぱだったところに高層ビルが建ち並び、まるで別の国に来たような錯覚を覚えるほどでした。
JICAが手がける事業は基本的に長い時間を要する大型プロジェクトです。それでも、インドほどのスピードで開発が進む国なら、いま種を蒔くように取り組んだ仕事が実を結び、人々の暮らしを支えている――そんな姿を、自分が現役のうちにこの目で見届けられるのではないかと思ったんです。
そして、入構後の具体的な仕事内容について、特に印象的だというインドにおけるインフラ事業のエピソードと合わせて話してくれた。
私は、道路をはじめとするインフラ分野で、主に円借款事業の形成を担当しています。ミッションを一言でいえば、相手国に必要で開発効果の大きいインフラ事業を検討し、実現可能な計画に落とし込み、日本の資金と技術を活用して事業として成立させることです。
相手国の要望をそのまま形にするわけではありません。数十年先の国の発展を見据え、相手国が気づいていないリスクまで先回りして考えます。これまで積み上げてきた技術的な知識や経験が大いに役立っており、やりがいにつながっています。
たとえば、インド側から「渋滞を緩和するために、道路を4車線に拡幅し、そこに対応した橋を架けたい」という要望があったときのことです。
4車線化によって、目先の渋滞は緩和できるかもしれません。しかし建設技術者の経験から、道路は4車線でも、橋の部分は将来の拡張を見据えて余裕を持たせたほうがよいと考えました。橋は一度造ると後から変更することが難しく、道路よりも長期にわたって使い続けるものです。将来、さらに車線数を増やしたくなった場合にも柔軟に対応できる構造にしておくことは、建設業界では一般的な考え方です。まして、インドの急速な発展を踏まえると、遠くない将来、「もっと車線を増やさなければならない」という状況になることは明らかでした。
そこで、交通量の増加スピードを見据え、橋を6車線規格で造っておくことを提案しました。相手国の当初の想定よりも建設費は高くなります。ただ、将来的な拡張に伴う手戻りやコスト増を防ぐことにもつながるはずです。議論を重ね、最終的に相手国から「良い提案をしてくれてありがとう」と感謝の言葉をもらい、自分自身も大きな手応えを感じたプロジェクトでした。
また、JICAの仕事は「造って終わり」ではありません。建設が終わった後も、現地の実施機関が数十年にわたってインフラを維持・管理できるよう、必要な検査や実施方法を伝え、組織の能力向上まで支援します。インフラを整備するだけでなく、事業を持続させるための本質的な課題にもアプローチできる。前職では得られなかった経験です。
「相手国の人々と同じくらい、ときにそれ以上に考えなければならない仕事かもしれません」と語る齋藤さん。相手国に徹底的に向き合う姿勢の根底には、技術者としての「誠実さ」と、日本の国際協力の実施機関としての「使命感」が垣間見えた。
技術者として、近い将来にリスクが生じるとわかっていながら相手国に伝えないのは、不誠実だと思うんです。問題が起こる可能性があるなら、事前に相手国へ相談し、いまの段階で対処できることには対策を講じるよう促していく。それが、私たちの役割だと思っています。
ものづくりの仕事では、どこかで妥協すれば、その分は必ず後になって返ってくる。施工でも設計でも、そのことを身をもって学んできました。いまの考え方の根っこには、その経験があるのだと思います。
また、JICAは日本の税金を使って支援する以上、相手国にとって真に価値があり、長く使われ続けるものを提供しなければならないという使命があります。相手国の将来に役立つ支援を実現することは、日本のプレゼンスを高め、日本の技術力を世界に示していくことにもつながると考えています。
新規橋梁の架橋位置を検討するため、コンサルタントとともに現地踏査を行ったときの1枚(本人提供)。「地図や図面だけでは、人がどこからどこへ、どのように動いているのかまでは見えません。実際に歩き、集落や市場、学校との位置関係を確かめる。あわせて、地形や河川の状況、施工時に資機材をどう運び込むかも見ておく。その上で、どこに橋を架ければ人々の暮らしがいちばん良くなるのかを考えます。現場で造る側を経験してきたからこそ、現地で見るべきポイントがわかる。だから、自分の足で確かめに行くことを大切にしています」
非連続な環境で手に入れた、広い視野
一方で、入構前に知っておいたほうがいいことについても触れてくれた。
JICAには、似たようなプロジェクトがほとんどありません。国や分野が違えば、必要なアプローチも毎回違う。ある仕事で身につけた知識やスキルが、次のプロジェクトでそのまま活かせるとは限らないんです。
一方で技術者は専門職です。ある工種を経験すれば、その分だけ確実に技術が身につく。一年前にはできなかったことが、いまはできる。私自身、そうした積み上げに成長を実感するタイプだったので、入構当初は不完全燃焼のような気持ちになったこともありました。手に職を積み上げていく実感を大切にしている方ほど、ここは戸惑うところだと思います。
ただ、JICAで4年ほど働いてみて気づいたのは、身についていないわけではない、ということです。積み上がるものの性質が変わり、成長のベクトルが変わったんです。
前職では、目の前の仕事をいかに完璧に仕上げるかに集中していました。いまは、その事業が将来どのような効果を生むのか、どのようなリスクが起こり得るのかを見据えて、いまのうちに打てる手を考えるようになりました。また、多岐にわたる分野の専門家とつながり、互いの知見を掛け合わせて相乗効果を生み出す。そうした広い視野も持てるようになりました。これも成長の一つの形だと捉えています。
未来を見据える上では、「先進国の事例が判断材料になる」と齋藤さん。「先進国がかつて直面してきた問題は、これから成長しようとしている国には当てはまることでもあります。先行事例を踏まえた対策は、ノウハウとして積み上がっている。特に道路などのインフラは世界共通なので、各国で多様な事例を経験することで知見が蓄積されていきます」
相手国に適した良い「ものづくり」を追求したい
取材終盤、今後JICAで挑戦したいことについて伺った。
これまで技術者として蓄積してきた知識や経験、またJICAで新たに積み上げたものを糧に、相手国の状況により適した、良い「ものづくり」をしたい。そこに尽きると思います。
特に最近関心を持っているテーマの1つが、デジタル化やAIの進化を踏まえたインフラ開発です。
例えば、水道料金の徴収の仕組みもその1つです。かつては、検針員が各家庭のメーターを一軒ずつ確認し、徴収員が訪問して料金を受け取る方法が一般的でした。
近年では、通信機能を備えたスマートメーターの導入が進み、各家庭の水の使用量を遠隔から細かい時間単位で把握できるようになっています。そのデータを中央監視センターに集約すれば、夜間など本来は使用量が少ない時間帯の流量の変化から漏水を早期に見つけたり、使用量に応じて自動で請求し、電子決済で料金を受け取ったりすることまで、一つの仕組みで行えます。
多くの国の水道事業では、漏水や料金の未回収によって、つくった水の多くが収入につながらない「無収水」が大きな課題になっています。無収水が減れば、水道事業の収入が安定し、施設の維持管理や更新に回せる資金が増える。インフラを長く使い続けられるかどうかは、こうした経営の土台にかかっています。
これから水道インフラを整備する国だからこそ、古い仕組みを経ずに、最初からこうした仕組みを取り入れられる。将来を見据えて、そんな提案をしてみたいです。
また、高速道路の分野でいえば、日本ではETCの普及によって、どの車がどのインターチェンジから入り、どこで降りたのかという利用データが日々蓄積されるようになりました。さらにETC2.0では、走行した経路や速度、急ブレーキが多い地点といった情報まで把握できます。
こうしたデータを使えば、どの区間にどれだけの需要があるのか、どこで渋滞が起きやすいのかを、実際の交通の動きに基づいて分析できます。「この地点にインターチェンジを設ければ、周辺の一般道の渋滞が緩和される」「事故が起きやすいこの区間から安全対策を進めよう」といった、根拠のある道路計画や維持管理が可能になるんです。
インドでも、FASTagという電子料金収受の仕組みがすでに普及しています。料金を集めるための仕組みを、道路計画や維持管理に活かすデータ基盤としても活用していく。こうしたデジタル技術を組み込んだ事業を、相手国に提案していけたらと思っています。
最後に伺ったのは、何が彼をそこまで突き動かしているのか、ということだ。
JICAには、技術を専門とする職員は決して多くありません。だからこそ、技術者としての経験を持つ自分にできることは全てやっていきたい。私が途中で「もういいや」と手を止めてしまえば、「JICAの技術力の底上げに貢献したい」という、入構を決めた理由のひとつを、自分から手放すことになります。正直、プライベートでは決してストイックなタイプではないのですが、仕事においては自分で限界を決めないように自分を律しているのかもしれません。
これからも、自分が考え得るベストな提案をしていきたいですし、それが難しかったとしても複数の選択肢の中から、相手国にも納得してもらえる着地点を探し続けたい。そうして、その国の人々の暮らしを、少しずつ前に進めていければと思っています。
齋藤さんからメッセージ
JICAには本当に多岐にわたる仕事があります。挑戦したい思いがあるなら、まずは話だけでも聞いてみると、「自分のスキルや経験が活かせるんだ」という気づきがあると思います。社会人採用経験者との座談会などの場を多数提供していますので、ぜひ参加してみてください。お待ちしています。