「自動運転の車いす」が行き交う未来が、すぐそこまで訪れているかもしれない。2019年11月、羽田空港で世界初の有人実証実験を成功させたWHILL。2020年内には空港内での「車椅子移動サービス」提供開始を目指し、オランダ、アメリカ、UAE、カナダなど世界で実験を進める。誰もが自分らしく、街や自然の中で思うように活動できる社会を。彼らの挑戦を追った。
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「10年ぶりに外出できた」という声が、僕らを奮い立たせる
「10年ぶりに外出できた、そんな声が寄せられることもあるんです。ご本人だけでなく、そのご家族からも感謝の声をいただく」
こう語ってくれたのは、"すべての人の移動を楽しくスマートにする" を掲げ、パーソナルモビリティ開発に取り組むWHILL社、CTOの福岡宗明さん(36)だ。
「社会の中にあるハードルを、自分たちのプロダクトで取り除きたい。とくに車いすにはポテンシャルがあると考えています」
実は日本だけでも、歩行困難者は1000万人以上というデータがある(*1)。先進国を中心に高齢化が進む中、その人数は世界規模で増えることが予想される。
「本当に多くの人が、一生懸命歩かなければいけない状態に置かれていて。困っている人も大勢いる」
福岡さんはこう解説する。
「たとえば、朝起きてゴミを捨てに外に出られる人でも、街に買い物に出かけるとなるとハードルが上がる人もいる。1人での外出が不安な人もいれば、家族や周りの人に迷惑をかけられない人もいて。そういった一人ひとりの声に応えたいんです」
WHILLという新しい選択肢を。
彼らが目指すのは「もっと自由な世の中」だ。
WHILLについて
2012年の設立以来、累計で約80億円以上を調達。2019年11月には「NEXTユニコーン調査(*2)」にて9位(推定企業価値345億)にランクインした。日本・北米・EU地域において”誰でも乗りたいと思えるパーソナルモビリティ『WHILL』シリーズを展開。最近では自動車ディーラーやメガネ・補聴器などを取り扱う店舗・流通チェーンなどにも販路を拡大する。
福岡 宗明│取締役 兼 最高技術責任者
名古屋大学大学院 工学研究科卒業後、オリンパスへ入社。医療機器の研究開発に従事した。2009年、エンジニア団体Sunny Side Garage 設立したことがきっかけで、次世代型車いす「パーソナルモビリティ」開発に取り組むように。2012年WHILLを設立。現在はMaaS事業の拡大を推進する。
「クールだね」何気ない言葉に感じたポテンシャル
まず『WHILL』の大きな特徴について。彼らが創業時から重要視するもののひとつが、スタイリッシュさだ。
「試作中、『WHILL』で町をぐるっと廻る中、とくに印象的だったのがすれ違った人の言葉でした。「クールな乗り物だね」と声をかけてくれた。その時『WHILL』に乗ってくれていた試験者さんの顔が一瞬、変わったんです。正直はじめはその試験者さんも乗り気ではなかった。ただ「こんなリアクションがもらえるなんて」と、嬉しそうな顔をしてくれたんです」
"スマートでかっこいい車いす”、そのポテンシャルが感じられた瞬間だった。
「正直なところ、本当にニーズがあるのか、コンセプトは正しいのか…と迷った時期もありました。ただ、車いすを使う方って日常的に「お手伝いしましょうか?」と声をかけられるんです。もちろんそれはありがたいことだとも思います。ただ『WHILL』というデバイスに乗っていると「クールだ」と言ってもらえる。服だってそうですよね。自分がイケている日は、気分だって変わる。車いすだって同じこと」
デザインの力で、外出への心理的なハードルを取り除いていく。こうして『WHILL』の開発は本格稼働していくこととなった。
社内SNSで共有される、ユーザーの声
『WHILL』の開発が本格化していくなかで、彼らがとくに重視したのが「ユーザーの声」だ。
「"スタイリッシュ"ってデザインだけの話ではないと思っていて。たとえば、街中でいかに思い通りに動けるか。機能も重要ですよね。それにユーザーさんが100人いれば、100通りの使い方や癖がある。だから生の声が本当に大切なんです」
たとえば同社には、ユーザーと旅行に行くプロジェクトもあるそうだ。
「先日はユーザーさんとテーマパークに行ってきました。ユーザーさんの実際の生活に入り込ませてもらって、使い勝手を見ていきます。その一瞬一瞬が発見の連続。宝物なんですよね」
こうして拾った声は社内のSNSで、CSやセールスはもちろん、開発メンバーやマーケ、バックオフィスなどあらゆるメンバーにシェアされていく。
「ぼくらはモノづくりをするメーカーでありながら、サービスの運営者でもある。だからなによりもユーザーさんの声を大切にしたいんです」
2019年11月に羽田空港で行われた実験の様子。自動運転技術を搭載した『WHILL』によって搭乗口まで案内を行った。2020年内には、世界の大型空港において車椅子移動サービスの提供開始を目指す。現在日本をはじめアメリカ、UAE、カナダ、オランダなど世界で実験中。
ひとつユニークな事例についても伺えた。じつは今、自動運転技術を搭載した『WHILL』の走行に「音」をつけるといった取り組みもしているのだとか。
「今、空港内で自動運転の『WHILL』をシェアするサービスを検討しています。その実験において、職員の方から「走行中に音をつけられないか」と相談をもらいました。『WHILL』は電気で走るため音がしません。静かで良いことのように思えますよね。ただ、それだと周りの人が気づかない可能性もある、と。これはすごい発見でした」
特に空港だと急いでいる人、大きな荷物を持って移動する人も多い。開発者たちが現場に出て、使用シーンに触れたことで得た気づき。フィードバックをもとに音のパターンの試作を繰り返したそうだ。
結果、空港で走る『WHILL』には音が搭載される方向で実証実験が進んでいるという。
研究で終わらせない。大手出身者の心を射抜く『WHILL』の開発思想
組織という視点から『WHILL』を見たとき、その強みは開発者の層の厚さにあると言えるだろう。
SONY、本田技研、オリンパスをはじめ、名だたる企業の出身者が開発者としてジョインしている。
「どうしても大企業で開発を行うと研究活動が多くなってしまうんですよね。開発期間も長い。ただ、『WHILL』の信条は絶対に世の中に出すということ。研究で終わらせるな、と合言葉のように言っています」
確かに、大手メーカーで製品化にこぎつけるアイデアや研究はごく一握り。その点、『WHILL』はユーザーと密につながり、アップデートを繰り返す。その作り方はまるでWEBのようだ。
「『WHILL』の場合、次なるサービスや機能、新しいシリーズを期待して待ってくれている人たちがいるんですよね。それも世界中に。製品化できない、ということはあってはならない。それは、待っていてくれる人たちの期待を置いてけぼりにしているということですから」
『WHILL』を当たり前に
取材の後半、福岡さんが語ってくれたのは、彼らが描く「あたらしい未来」について。そこには「購入」に至る前段階、街中で『WHILL』が借りることができ、走りまわるインフラをつくる、という構想がある。
「僕らは新しい社会インフラを作れると思っています。たとえば、旅行に行く時を想像してみてください。自動運転の『WHILL』が自宅まで来てくれて、タクシーまで送り届ける。その『WHILL』はまた別のところへ。また、タクシーから降りて空港についた時も『WHILL』が迎えに来て、搭乗手続きを済ませられる。観光地も『WHILL』で巡れる。それが実現したら、誰もがためらわずに活動できる、シームレスな世界がやってくると考えています」
「実際、そこに到達するまでにはまだ課題も多いのですが」と正直に語ってくれた福岡さん。ただ、その口調は楽しそうだった。
「僕らのミッションは、市場を切り拓くこと。歩みを止めちゃいけないと思うんです」
「メーカー」の歴史を高速再生、そして追い越していく
その第一歩、いま注力しているのが『WHILL』の自動運転技術の開発だ。
羽田空港での実証実験を機に、ダラス・フォートワース国際空港(アメリカ)、アブダビ国際空港(アラブ首長国連合)、ウィニペグ国際空港(カナダ)での実証実験も次々と実施。そして、さらなる世界へ。
「『WHILL』の自動運転技術も、今後どんどん進化させていく。すぐそばに開発を任せられる優秀なメンバーたちがいて、本当に皆に支えてもらっていて。だから僕は僕で「できる、大丈夫だぞ」「頑張れ」と皆に言いながら、さらにその先を見ていきます」
手作業で1台ずつ『WHILL』を製作していた時代から、OEMによる量産体制へ。そして今、MaaS事業を加速させるフェーズに入った。
『WHILL』はメーカーが長い時間かけて紡いできた歴史を超高速で再生し、追い越していく。
「僕らが目指す未来は、まだまだはじまったばかり。ここからですね」
そう語る福岡さんの目は、まっすぐと未来を見据えていた。
(*1)500mの距離を歩行できない人のことを指しています
都市における人の動き│国土交通省
http://www.mlit.go.jp/common/001087037.pdf
(*2)〈NEXTユニコーン〉未上場スタートアップ上位20社 企業価値計1兆円超す│日本経済新聞社
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO51706250R01C19A1MM8000/
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