日揮グループが2022年5月に設立した新会社「ブラウンリバース社」がプラント保全の常識を変えるーー。プラント・工場内を最短3日で3D化。革新的なソリューションが注目されている。ブラウンリバースがもたらすビジネスインパクト、そして叶えたいビジョンとは。代表取締役社長 & CEOの金丸 剛久さんに伺った。
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「ファストデジタルツイン」の衝撃
プラント保全の業界では革新的サービスだと伺いました。どういったサービスを提供しているか伺わせてください。
最大の特長といえるのが、プラント・工場において「早く安く」3Dモデル化*ができる。これにより、時間や価格ネックでなかなか進んでこなかったデジタルツイン構築のハードルをぐっと下げています。これは他社にはないソリューションであり、多くの引き合いを受けています。大手20社で導入または検討されており、製造業を中心にさまざまな業界から引合いがあります。
*360度撮影が可能な3Dスキャンカメラで撮影した「石油精製プラント」「化学プラント」「発電施設」等をウェブ上で閲覧・管理できるクラウドサービス、3Dビューア「INTEGNANCE VR」(以下、3Dビューア)を提供。各機器や部材の相関関係を可視化し、ストリートビュー※のような操作感で、プラント内をウォークスルー、俯瞰することができ、視覚的かつ迅速に情報を把握することが可能。これにより、広大な敷地を保全する実務者の運用・保守業務の大幅な効率化につなげる。※ ストリートビューはGoogle LLCの登録商標。
例えば、従来「400m競技場トラックほどの敷地面積」の3D化だと約60日かかるところを、最短3日で実現できます。20分の1の時間で保全業務へ活用を始められます。このスピードは非常に驚かれます。私たちはこれを「ファストデジタルツイン」と呼んでいます。
このスピードを実現できるのは、3D CADモデルほど精緻にはモデリングをしていないから。三次元のモデルと写真を組み合わせ、あたかもそこに現物の構造物があるように見せていく。結果的に、費用も3DCADモデルの5分の1から7分の1ぐらいまで圧縮できます。
強みはその「精緻にモデリングをしない」というところにあるのでしょうか。
そうですね、ここはお客様からも目から鱗のアプローチだと驚かれます。
本当に保全業務に必要な情報は何か。実際、日常点検、定期修繕において、ミリ単位の精度は求められていない。どこに何があるか、どういう状態か周辺状況が分かれば、保全の計画は立てられるんです。そのため、「精緻」を追求し続けて本来目的としているデジタルツイン導入が進まないのならば、いっそ捨てて、早さと安さに振り切ろうと思いました。
既に不動産とか建設業界では精度を度外視して3D化する動きがあって。それを製造業の世界に持ち込むことで、水平展開の勝ち筋が見えました。ちなみに、産業向けのデジタルツインを構築・運用できる基盤を提供するプレーヤーは我々を含め、国内エンジニアリング会社やCADソフトウェア会社など10数社ほどありますが、 その中で「早く安く」を謳っているのは我々くらいだと思います。
事故を未然に防ぐ「プロアクティブな保全」
3Dビューアにより、プラント事業主の保全はどう変わっていくのでしょう?
1つは、現状は何か問題がおきてから対応する「リアクティブな保全」から、悪くなる前に対処する「プロアクティブな保全」に変えていく。結果として、現場の業務を効率化し、かつ健全な操業につながると考えています。
リアクティブな保全(事後保全)は、設備の故障を回避することができないので、設備の大型化や複雑化で故障による生産停止や機会損失が大きな問題として顕在化していました。
実際、多くのプラントでは1970~80年代の高度経済成長期につくられた設備が今も動いており、老朽化が激しい状態です。特に、石油化学プラントの場合、漏れた有毒ガスを現場スタッフが吸ってしまえば重大な事故に結びついてしまう。耐震診断を行うにも、配管などが張り巡らされた狭い隙間で部材の寸法を計測するのは、作業負荷が大きい。万一、事故が起きてしまえば、消防署など関係各所への報告書の提出への報告に追われ、翻弄されている現状があります。
こうした状況を変えるには、設備の健全性を担保する事前保全が必須です。我々の3Dビューアを使えば、現場に行かずともPC画面上で図面以上に状態を認識でき、保全実績などまで把握できるようになる。その情報をもとに、現場スタッフの業務は飛躍的に効率化されますし、全体を俯瞰できる環境が構築されることで自然とプロアクティブな保全へシフトしていくと考えています。
金丸 剛久
1997年、新卒で日揮株式会社に入社。プラント設計におけるプロセスエンジニアとして20年以上の経験を積む。海外のプラントを増設するプロジェクトに関わった際、プラント事業者自身も既設のプラント情報を把握していない状況に対して疑問を感じ、プラント全体を俯瞰してみることができるツールの必要性を感じるように。2021年11月 3Dビューワ「INTEGNANCE VR」プロトタイプ版をリリース。2022年5月 日揮子会社ブラウンリバース株式会社を設立、代表取締役社長に就任。
「地図」があってこそ、ドローンやロボット、AI活用が進む
安全面以外でもビジネスに与えるインパクトは大きいそうですね。
そうですね。何より関係者全員で同じ絵を見れる。全体最適が図れる。これはパラダイムシフトをもたらすと思います。
隣の人が何の作業をしているか、これからどんな保全計画があるのかがわかるようになると、その計画を最適に実行するための施策が打てるようになる。さらに、狙った場所にドローンを飛ばす、狙った場所に四足歩行ロボットを配置して自動化する、適切なポイントに定めてAIによる異常検知を行なう、といったことも実装しやすくなります。
既に、多くのプラント事業者さんが、ドローンやロボット、AIの導入は進められていますが、それらのテクノロジーはあくまでDX化に向けた手段の1つに過ぎないと私は捉えています。何も地図がない状態で、ドローンを飛ばすのは非効率。まずは、羅針盤になるような地図を作らないことには行くべき場所にたどり着けない、というのが我々の見立てです。
我々が提供する3Dの地図に、お客様ご自身があらゆる情報を付加していけるようにすることで、全体を見渡し先々を考えた保全計画を立てやすくなるはず。我々のサービスは、プラントDXにおけるあらゆるソリューションの基盤になると考えています。
同社の強みの1つが、日揮グループのネットワークを活用することができ、既に盤石な顧客基盤を持つ点だ。「長年日揮と取引があり信頼いただいているお客様からアプローチしているので、日揮の子会社ならということでまずは我々の話を聞いてくれます。提案するなかでは、日揮グループが掲げるスマート保全構想に、顧客の現場の方々が共感され、ブラウンリバースに伴走させることでやりたいことが実現できそうだという確信みたいなものを持っていただけているのではないかと思います。お客様と対話を進めていくと、想像以上に各産業で3D化のニーズが旺盛で、我々が提供するような「ちょうどよいサービス」がハマるということがわかりました。想定の20倍、30倍の規模で3D化の引き合いがあるので、これに対応すべく、目下体制強化に注力しています」
設備保全のデファクトスタンダードを目指して
中長期での目標についても伺えますか?
スピード感を持って我々のサービスを広めていく。そして、我々のサービスなくして設備保全は成り立たない、そんなデファクトスタンダードを目指しています。
そのための第一段階として、国内のアーリーアダプターの過半数の市場を獲得していきたい。国内の製造業の中で、4000平米(サッカーグラウンド面積の約半分)の工場を保有する会社は国内に1.2万社あり、そのうち15%がアーリーアダプターであり、その過半数なので、国内1000事業所での導入を2026年までに目指していきます。
まずは、日揮の既存顧客への導入を進めていく。日揮の取引先には海外のお客様もいらっしゃるので既に引き合いを始めており、グローバル展開も同時に進めていきます。
「プラント事業主自身が既設の情報を掌握できていない」という課題は、国内外問わず、プラントを持つほぼ全ての企業に共通する課題。
大手企業を顧客に取り込むことができれば、狭い業界なので右に倣えで横展開していくのではないかと見込んでいます。実際、展示会などに参加させていただくなかでは、日揮とは取引のないお客様からもたくさん引き合いをいただいている状況。我々のツールを製造業全体に波及させて、課題解決に貢献していきたいですね。
特に、我々が向き合うのは、石油精製プラントや化学プラント、発電施設など、いわゆるインフラを支える企業。いわゆる、社会活動を長きに渡り支えてきたブラウンフィールドをターゲットに、業界の慣習や固定観念を取っ払い、エンジニアリングのリバースによって、50年後100年後を見据えた新しい価値を創出しようというのが、弊社の社名に込めたビジョンです。ブラウンフィールドにこそ、真のグリーンが生まれる糧があり、市場規模は計り知れません(*)。社会への影響力の大きな仕事をしたいという方には、千載一遇のチャンスだと思います。
(*)社名「ブラウンリバース」は、企業理念である「既存の構造物を仮想空間に再構築して新たな価値を創造すること」から連想される「ブラウンフィールド × リバースエンジニアリング」に由来。ブラウンフィールドとは、既に工場や建物がある土地で、生産工場やインフラ設備などを刷新・増設したりすることを意味し、海外投資の世界ではその土地が既に手がついているという意味合いで使われる。対して手つかずの土地をグリーンフィールドという。IT業界においては、レガシーシステムをコンバージョンすることをブラウンフィールド、システムの作り直しや新規構築をグリーンフィールドということもある。
最後に、金丸さんご自身の「仕事への向き合い方」について教えてください。
大事にしているのは、迷ったら楽しいか・楽しくないかで決めること。そして、「鶏口牛後」という思想です。楽しく仕事をしながら、大きな組織の末端にいるより、小さくてもトップとして重んじられる存在でありたいと思っています。
実は、当初は日揮の中の一事業として立ち上げるつもりでした。ただ、展示会などでテストマーケティングをしていくなかで、「これはビジネスになる」という手応えを感じると同時に、いかに早く広めていけるかが勝負だと感じたんです。巨大組織の中で進めていくとスピード感という観点では落ちてしまう。資金を獲得した中で自分の裁量でやらせてもらえたらきっとうまくいく、という確信にも似た予感がありました。そして、そこに共感してくれた仲間と共に起業して現在に至ります。
現在、ブラウンリバースはまだまだ少数精鋭の組織。営業組織も6名ほどです。今は一人で何役もこなしていくスタイルなので、ひとつの役割に執着することなく何にでも好奇心を持って取り組めるタイプの方には、またとない環境となるはずです。また事業がグロースしていけばポジションにつくチャンスも出てくるでしょう。産業界に革命を起こす気概で挑戦したいという方と共に働けると嬉しいですね。