国土交通省が、総合職(事務系/技術系)の公募を行う。同募集にあたり、鉄道会社での技術職を経て、同省に中途で入省した宮川 武広さん(37)を取材した。そのキャリア選択の裏側には「国の立場からインフラの老朽化、災害、人口減など社会課題の解決に取り組んでいきたい」という志があった――。
まずは前職の仕事内容と転職を考えたきっかけから伺わせてください。
前職は、鉄道会社にて土木関連の技術者として働いていました。携わっていたのは線路、トンネル、橋など鉄道関連の構造物の維持・管理・改良など。非常にやりがいもあり、充実もしていたと思います。ただ、働くなかで「一社の鉄道会社だけでは、どうしても解決が難しい構造的な課題がある」と感じるようになっていきました。例えば、鉄道関連の構造物でいえば、高度経済成長期に作られたものも多く、老朽化が進んでいます。その修繕や改良に今後どのように向き合っていくべきか。
当然、鉄道会社としても長期の修繕・改良の計画は立てていますが、例えば、コロナ禍などのような出来事が起こると、乗客が減少し、設備投資のためにも重要な収益があげられません。そもそも日本全体の人口が減少し、乗客も減少へと向かっていく。建設土木業の担い手も少なくなっていく。近年、大雨や地震などによる災害も多く、老朽化した構造物が崩壊する恐れもあり、被害を出さないための対策も喫緊の課題です。
つまり「人口が右肩上がりに増え、十分な設備投資により社会インフラが安全に保たれていく」というこれまでの前提が、今後通用しなくなっていくのではないか。一事業者では解決できない構造的な要因があるのではないか。その根本解決のためには制度から見直す必要があると考え、転職を意識するようになりました。
ちょうど同じ頃、書籍を通じ、明治維新における大隈重信、伊藤博文、井上勝といった先人たちの活躍、そこにあった情熱に胸を打たれたことも少なからず影響していると思います。彼らがいたからこそ日本に鉄道が根付き、社会が発展できた側面もある。私自身、今を生きる世代の一員として、これからの日本の社会を守っていきたい。他の誰かではなく自分自身が向き合っていく。そういった思いを妻に話したところ「心からやりたいと思うのであれば挑戦したほうがいい」と後押しをしてくれた。それも新しい一歩を踏み出せた大きな理由でした。
国土交通省 都市局都市安全課企画専門官 宮川 武広
早稲田大学 理工学部 社会環境工学科を卒業後、鉄道会社に入社。鉄道施設(駅、土木構造物、線路)における改良計画の立案・渉外調整、外注工事の設計・積算、設備の維持管理等に従事。その後、2021年4月に国土交通省に入省。都市局まちづくり推進課官民連携推進室・課長補佐を経て、都市局都市安全課・企画専門官へ。熱海市の土石流災害を契機に改正された盛土規制法の全国での規制開始に向けた取り組み、新法の運用、自治体への支援、関係省庁との連携を行っている。さらに、能登半島地震による液状化被害を受けた地域への支援も手がけ、支援制度の新設・運用や自治体支援を進めている。
そういった思いを実現していく上で、なぜ、国土交通省を選ばれたのでしょうか。
取り組むべき課題に正面から向き合っていける、そう考え、国土交通省を志望しました。じつは、コンサルティングファームなどで公共セクターのコンサルタントとして働く選択肢も検討したのですが、それだとどうしてもクライアントの課題に沿って現場からボトムアップで変えていくアプローチに。仕事としては非常におもしろそうではありますが、私としてはインフラの老朽化、災害対応、人口減少といった課題には向き合いたいと考えました。また、鉄道など交通インフラに関わらず、国土交通省であれば広いフィールドを見ていける。私自身のタイプとしても、非常に多くの関係者と協力をしながら、一人では達成できないより大きな課題に向かっていく仕事が好き。そういった意味でも「国」という立場から、根本から制度や法律を変え、最適解を作っていく道を選びました。
「国土交通省が中途採用を行っていることは以前から知っており、応募に至る1年くらい前から意識していました」と語ってくれた宮川さん。「ずっと心の中で引っかかっていて。どうしても国土交通省で働きたい、その思いが捨てきれず応募に至りました。特に選考において印象的だったのは、意見を求められるディスカッションに近い面接だったこと。「とあるインフラを整備するプロジェクトがあり、反対者もいる。推進する立場としてどう考え、どういった回答をするか」という問いに対し、いかに全体最適を考えられるか。必死に返答はしたものの、論理の至らなさに反省したことを覚えています。今でもさまざまな角度からの検討がいかに重要か日々感じています。」
続いて現在の仕事内容について教えてください。
現在は、都市地域を中心として災害による被害を出さないよう、都市局都市安全課・企画専門官としての業務にあたっています。例えば、安全対策のところでいえば、熱海市の土石流災害をきっかけに作られた盛土規制法*の取り組み、運用、自治体支援、関係省庁との連携などを進めているところです。
*盛土規制法(宅地造成及び特定盛土等規制法)…危険な盛土等を、全国一律の基準で包括的に規制する法制度が必要であると、令和5年5月に施行された法律。盛土等による災害から国民の生命・身体を守るため、 「宅地造成等規制法」を法律名・目的も含めて抜本的に改正し、土地の用途(宅地、森林、農地等)にかかわらず、危険な盛土等を全国一律の基準で包括的に規制する。
(参考)https://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_bosai/toshi_anzen.html
この法律は私有地であっても、危険な盛土であれば自治体として規制ができるのですが、いかに許可を受けていない盛土を見つけるかが課題になっていました。見回りを行うにしても人手がいりますし、何よりあっという間にできてしまう。
そこで、今まさに進めているのが、衛星画像を使った監視支援システム構築です。例えば、土地に高低差ができたり、森林など緑色だったエリアが土色になったり、そういった画像の変化をAIに学習させる。定期的に衛星画像を取得し、AIに予測をさせることによって広範囲に及ぶ土地の変化を感知し、自治体が行う盛土の監視を支援していく取り組みとなります。その他、能登半島地震による液状化被害を受けた地域への支援なども私が担っている業務の一つです。
人命に関わる安全対策、防災、被害者への支援など、非常に重要なミッションであり、向き合う課題も大きいと言えそうですね。
そうですね。国としてやる以上、日本として抱える大きな課題に取り組んでいく。そして、法律や制度を駆使して大局から解決に導いていく。ここはまさに国土交通省で働く上で大きなやりがいになっています。もちろん一人ではできないので、さまざまな関係者との調整は多く、難航することも。ただ、だからこそ根本から課題を解決し、より大きな成果につなげていけると考えています。盛土規制法にしても農林水産省やその他の省庁、各自治体の担当者、パートナーとなるコンサルティング会社、システム会社なども連携していきます。そのようにして生まれた新たな仕組みやシステムが実用化され、広まり、さまざまなところで展開されていくことが理想です。
防災などはどうしても受け身になりがちな領域ですが、国土交通省であれば「アクティブに国を守る仕事」ができます。民間企業が所有する構造物がわかりやすいですが、修繕や耐震補強にしても必要性はわかっていながら、投資判断として踏み切れないことも少なからずあります。あくまでも例ですが、例えば、新たな補助金や制度が生まれれば、その後押しができ、安全対策につながるかもしれない。民間出身だからこそ「ここには先に手を打っておけるといい」といった発想も活かせますし、ニーズを先取りできることもある。そういう意味も含めて「アクティブな守り」ができる環境だと思います。
ミスマッチをしないためにも知っておくべき厳しさについて「少しずつデジタル化・効率化が進んできているものの、まだまだ紙文化はあり、慣れていく必要はあると思います。」と語る宮川さん。「歴史のある事業や法令、制度を参照しなければいけない場面も多くあります。ですが、検索しようにもデータ化されていない。運良くPDFになっていたとしても手書きをスキャンしただけでのもので検索ができないことも。それでも資料を探したり、人に聞いたり、このあたり根気強さは非常に大切になると思います。」
今後、仕事を通じて実現していきたいことがあれば教えてください。
交通インフラに限らず、都市全体を持続可能にし、元気にしていきたい。これが私のやりたいことの一つです。そのためにも、都市行政に「企業経営」の視点を取り入れていくことが大切だと考えています。行政職員は企業でいうところの「社員」ですし、そこに暮らす市民はいわばお客様。もちろん収支もあり、資産もある。どこにリソースを割くか。資産を集約していくか。いかに都市としての魅力・ブランドを高めていけるか。民間出身として学んできた経営理論、組織マネジメントなど含めて応用していきたいですね。
最後に、宮川さんが仕事で大切にしていることについて伺わせてください。
マインドや向き合い方にはなりますが、私は自分のことを「職員」ではなく「コンサルタント」だと思って仕事をするようにしています。経営コンサルタントが企業の経営課題を解決するように、国家のコンサルタントとして国の課題を解決していきたい。上手くいってないことがあればその構造を紐解きながら、多くの人たちと一緒に上手くいくような方向性を見つけていく。経験者採用で入った民間出身の人間だからこそ客観視、俯瞰できる部分もある。そういった強みを発揮しながら、これからもより大きな社会の課題に向き合い、取り組んでいければと思います。