掲載日:2025/08/28更新日:2025/08/28
経済産業省(以下、経産省)での社会人経験者採用にあたり、ベンチャー企業での経験を経て2024年4月、当時29歳(現在30歳)で経産省に入省した松尾 武将さん(現在経済産業政策局産業構造課・課長補佐)を取材した。なぜ、彼は経済産業省でのキャリアを選んだのか。そこには「業界・職種・領域を超え、総合的な経験を通じ、より成長していきたい」という思いがあった――。
※年齢・所属・役職は、2025年8月時点でのものとなります。
業界・職種・領域を超え、総合的な「成長」を
もともとベンチャー企業で働いていた松尾さん。はじめに、前職での仕事内容、そして転職を考えたきっかけから話を聞いた。
前職は、Web行動ログのデータプラットフォームを強みとするベンチャーでマーケターとして働いていました。2019年に入社した当時、従業員数は60人ほど。売り上げにつながることであれば何にでも挑戦させてもらえる、ベンチャーらしい環境でしたね。たとえば、マーケターではあるものの、電話でのアポイント獲得から商談、その後のレポーティング、クリエイティブの提案・Web広告運用まで一気通貫で担当していました。また、約5年で200名規模に組織が拡大し、数名のマネジメント、チーム目標の設定・戦略立案にも携わることができました。
仲間にも恵まれ、仕事にもやりがいを感じていました。一方で、30歳という年齢的な節目を迎えるにあたり、マネジメントにいくのか、マーケティングの専門性を深めるのか。キャリアの岐路でもありました。いずれにしても、同じ会社にいる限り、携わることのできる事業、業務内容は大きく変わることはありません。30代前半までは業界・職種・領域にこだわらず、総合的に「成長」していきたい。そういった思い、キャリアプランがあり、転職活動を行なっていきました。
また、今振り返るとですが、Web行動ログやデータを扱う上での葛藤もあったように思います。というのも、そういったログやデータは企業のWeb広告運用、利益追求に用いられることが大半。ビジネスなので当然ですが、つまりどうしても企業側の「この商品を売りたい」というニーズに応えていくことが求められます。ただ、一般消費者の視点からすると、たとえば、好きな動画を見ている時に出てくる「動画広告」は、多くが余計な存在でしかなく、スキップされてしまいます。少なくとも自分はスキップしていて。「これは消費者に本当に求められているものなのか」といったジレンマもありました。こういった経験を通じ、企業、そして消費者、もっといえば市場全体に影響が与えていける仕事に興味を持つようになりました。
そして2024年4月、29歳で経産省に入省した松尾さん。さまざまな転職先の選択肢がある中、なぜ、経産省だったのか。
データマーケティングとは全く関係のない業界でありつつ、これまでの価値観、能力が活かせる分野はないか。より幅の広い業務に携われる環境で働けないか。そういった視点で、偶然目にしたのが、経産省での社会人経験者採用でした。
転職エージェントも活用していましたが、いずれも紹介されるのは、前職と近しい業界・職種の求人ばかり。正直、それだと転職する意味があまりない。ですが、経産省であれば、これまでと全く違うインプットが必要になるでしょうし、刺激的でおもしろそう。これが第一印象でした。また、経産省であればマーケットに大きな影響を与えるような仕事ができるかもしれない。前職で感じた「消費者視点でも本当に求められるものを提供する」というテーマに向き合えるかもしれないと考えました。
もちろん、経産省での仕事は、数年、数十年先の「国の未来」を見据えていきます。ですので、ゴールや成果が分かりづらい。同時にだからこそ「自らの思い」がなければ続けられない、むしろ「自らの思い」こそが重視される。そういった環境で働いてみたいと考え、入省を決めました。
松尾 武将(経済産業省 経済産業政策局 産業構造課 課長補佐)
2017年に東北大学工学部を卒業後、2019年に慶応義塾大学大学院経営管理研究科を修了。同年4月より国内最大規模のWeb行動ログデータベースを保有するベンチャー企業にて、データマーケティングおよび広告運用に従事。その後、2024年4月に経済産業省に入省し、現在に至る。
データ・定量で挑む、産業構造の転換分析
現在、経済産業政策局 産業構造課に所属する松尾さん。入省後に携わってきた具体的な業務概要についても話を聞くことができた。
まず産業構造課は、産業構造を横断的且つマクロな視点で捉えていく課となります。5年、10年、15年…そういった長期的な視点で、産業そのものがどう変化するのか。経済産業政策の新たな方向性、「経済産業政策の新機軸(※1)」に基づき、それぞれの産業において何が求められるか、分析し、方針を示していく。それが課としての主な役割です。私が着任した際には2040年頃の日本が目指すべき産業構造転換の方向性、未来への期待感、見通しなどシナリオ・ストーリーは既に提示されていました。そこには当然、経産省としての「思い」が込められているのですが、それらがより広く伝わるよう、内容を読み解き、数値化・具現化していく作業に取り組みました。
具体的に手掛けたのは、たとえば、産業構造が変化した際、「どのような影響が生まれるか」をモデルとして定量的に示すというもの。そのデータが何を意味し、どのような定義が可能か。経済学的にも妥当性があり、意味のあるものか。探求しながら、各産業別に分析を進めていきました。
わかりやすい例でいえば、自動車がEVへと移行すれば、使用される材料や部品構成、さらには製造工程そのものが大きく変化しますよね。並行して、鉄鋼業においても、脱炭素の要請により、高炉から革新的な電炉へのシフトや水素還元製鉄の実用化といった構造転換が加速していくはずです。こうした変化は電力需要の増加圧力になりますが、一方で電源構成は火力依存から、再生可能エネルギーや原子力を含む脱炭素型電源へと比率が移行していく。加えて、EV普及の過程では、特に使用済みバッテリーのリサイクルや資源循環といった廃棄物処理の需要が増大することも避けられません。このように、EV化は自動車産業だけでなく、素材、エネルギー、環境分野を取り巻く複合的な変化の中で捉えていく必要があります。こういったシナリオが示す内容を、どのような数値に落とし込むか。マクロモデルを構築し、推定を行なっていきました。
そもそも、それぞれの産業において数値目標はあるのか、データ取得は可能か、解釈の余地はあるのか、アウトプットとの整合性は確認できるのか。各産業の担当者、経済産業研究所(RIETI)、他省庁…と、さまざまなステークホルダーとの調整・意見収集にあたりました。経産省所管の産業構造審議会・経済産業政策新機軸部会の委員の方々にもご協力いただきつつ、その方向性を2025年4月の新機軸部会で提示・議論し、同年6月には「第4次中間整理」として公表することができました。ただ、ここで示した内容と現状にはギャップがある状態です。ですので、引き続き産業への注力点、政策の方向性がより明確になるよう、今まさに新たな取り組みを開始しています。
(※1)「経済産業政策の新機軸」2021年以降推進する「新機軸」とは、従来の特定産業の保護や市場整備偏重とは異なり、社会課題を起点とするミッション志向の産業政策となる。政府も民間も一歩前に出て、大規模かつ中長期的に投資・イノベーション・制度整備を総動員し、「国内投資・イノベーション・所得向上の3つの好循環」を作り出す構造を目指すもの。失敗を恐れず挑戦する「フェイル・ファスト」の精神も含まれている。
参考:『「経済産業政策の新機軸」の基本構造について』
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/024_s01_00.pdf
(※2)参考:2025年6月「経済産業政策新機軸部会 第4次中間整理」
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/20250603_report.html
「信念」を持つ仲間と働けるやりがい
続いて、経産省での1年間を経て、松尾さんが感じる「仕事のやりがい」とは。
圧倒的に優秀な同僚たちが集まっている環境だと思います。能力的にもですが、「思い」の部分、「私はこうしたい」という意志、信念を持つ職員たちと働けることが大きなやりがいになっています。
驚いたのは、私よりもずっと若い職員たちが、政治や経済に関する基礎的な教養をベースとしながら、熱く議論していたり、自らの考えを持って取り組んでいたりすること。遠くから指摘だけをするのではなく、自らが当事者となり、仕事で解決していこうとする。こういった高い意欲のある仲間と働けることは、大きな刺激になっています。
やりがいの一方で「事前に知っておくべき厳しさ」について、「もちろん担当する仕事内容や部署、その方の事情などによると思いますが、前職と比較しても決して業務量は少なくありません。」と率直に話をしてくれた松尾さん。「あくまでも私の場合はですが、定型的な仕事は存在せず、「これを調べておいてほしい」と突発的且つ重要な依頼が来て、もともと予定していたことが一気に吹き飛んでしまった、ということも。そういった中でいかに業務が遂行できるか。ポジティブに向き合い、意義を見出だせるかは重要だと思います。」
「自らの意志」を込めた仕事に挑戦していきたい
そして取材後半、松尾さんが「仕事において大切にしてきたこと」について聞くことができた。
誰かの小さな困り事に寄り添い、自分が担当している範囲外であっても、まずは「ギブ」をしていく。それが仕事において大切にしてきたことのように思います。もしかしたら育ってきた環境が関係しているのかもしれませんが、まさに親がそういったタイプでもありました。損得勘定だけでなく、お客様のために何ができるか、ギブの精神がとても強く、その影響は大きいと思います。振り返ってみると、小学校のクラスで掲げられていた「一人はみんなのために、みんなは一人のために」というスローガンにも感化されましたし、進学した中学校もミッション系だったのですが、奉仕や他者への貢献を大切にする教育方針でした。社会人になってからも、対価を求めない「ギブ」をしていくことで、結果的に自分にも良いことがあると実感ができました。あくまでも結果的にですが、それが今の仕事につながっていったのかもしれません。
最後に「仕事を通じて実現していきたいこと」とは――。
この1年間は経産省で働く職員として、いわゆる「土台」を構築する期間だったようにも思います。今後は、それをもとに自らの意見を伝え、仕事に「意志」を反映していけるようになっていきたいです。もちろん全てが通るわけではありませんが、それらが少しでも経済や産業に良い影響を与え、自分の中で意味や価値が感じられると良いですよね。おそらくそれが自身にとっての「楽しさ」、そしてさらなる「成長」にもつながっていくのだと思います。