トヨタ自動車、三菱商事、ENEOS、三井住友銀行…いま大手企業が導入しているシステムがある。ビジネスにおける契約書にまつわる関連業務をDXしていくプロダクト『MNTSQ(モンテスキュー)』だ。運営元のリーガルテックスタートアップMNTSQ社は2018年創業、2020年から『MNTSQ』の販売をスタートさせた。なぜ同社のサービスはこれほどまでに大手企業の注目を集めるのか。その背景、そして同社の事業可能性について、CEOの板谷隆平さんに伺った。
「国内大企業の『契約』全体を一気通貫でDXしていく。それは私たちにしかできないミッションだと自負しています」
こう語ってくれたのが、板谷隆平さん。日本におけるトップローファームの1つ「長島・大野・常松法律事務所(NO&T)」で弁護士としてキャリアを積み、2018年にリーガルテックスタートアップ、MNTSQ社を設立した人物だ。
サービス販売からわずか1年で、トヨタ自動車、三菱商事、三井住友銀行、ENEOS、小松製作所など、大手各社で導入実績をあげる。
「ありがたいことに、昨年と比べて案件数が数倍のペースで伸びています。スタートアップとしては珍しい、エンタープライズ向けSaaSとして、まずは大手企業から契約業務の在り方を変えていきます」
その強みは、契約書作成から、法務による審査、締結、管理まで、契約にまつわる全ての業務をデジタル化できること。
2019年には「長島・大野・常松法律事務所」、さらにはAIに強みを持つ上場企業「PKSHA Technology」と提携。一流弁護士のノウハウとPKSHA が持つ自然言語処理・深層学習技術を融合させた、契約DXを実現するSaaSプロダクトを提供する。
コロナ禍、電子契約の浸透を皮切りに、法務領域におけるデジタル化のニーズが顕在化してきており、同社にとって追い風が吹く。
これから本格的に立ち上がっていくリーガルテック市場において、先行プレイヤーとして大手企業での導入を推進していくMNTSQ。同社の独自性、ビジネスの勝機に迫った。
CEO 板谷隆平
長島・大野・常松法律事務所(NO&T)の現役弁護士。2018年にMNTSQを創業。
なぜ『MNTSQ』は大手企業を中心に導入されているのか。その理由から伺った。
「大手企業ほど、法務リスクの管理に対する問題意識が大きく、そこに予算も投下していく傾向があるからです。大手企業ほど、取引を進めるための法務チェックに時間がかかり、他方で法務戦略のミスやコンプライアンス違反のリスクが高く、数億円単位の訴訟になるケースもある。そういった意味で、大手企業では年々、法務に対する関心度が高まっています」
事実、同社が商談をしていく上では、「経営層からのトップオーダー案件」も珍しくないという。
「大手企業の役員クラスの方とお話することもあります。そこでよく聞くのは、「BSやPLは見ればわかる。法務に関してはなにを見ればいいのかもわからない」ということ。『MNTSQ』を使えば、締結後の契約を集約管理し、さらに解析することで、契約リスクを見える化することが可能です。つまり、「いつ、誰と、どんな契約を締結し、どの部署がどういった契約リスクを負っているのか」を、全て参照できる状態です。さらに、これは部署を問わず契約業務が発生する全ての社員が使うツールとなるため、一度導入いただくと、“なくてはならないシステム”になる。まだリリースから1年ほどではありますが、解約されたことは一度もありません」
そして、板谷さんはこう話す。
「リーガルテック企業のなかには、契約フローの一部を効率化していくサービスはありますが、『MNTSQ』は大企業向けに機械学習技術を用いて契約書作成から管理まで一気通貫で最適化します。我々なら法務領域を変えていける、その信念を持って大企業に正面から挑む戦略をとっています」
日本を代表する大企業で導入される『MNTSQ』。エンタープライズ向けに最適化されたサービスの詳細について伺えた。
「一言で言うと、契約をはじめ、法務にまつわる業務を行う全ての人が使う、基幹システムのようなサービスです。リーガルテックサービスというと、単に「法務部が便利になるツール」をイメージされるかもしれません。確かに「法務部の業務効率化」の側面もあるのですが、それはほんの一部の機能でしかない。我々は、ビジネスを動かしていく事業部の方々や、法務リスクの管理に関心のある経営陣も含め、契約書にまつわる業務を行う全ての人の課題を解決していきます」
板谷さんは、契約書作成における課題を例に、『MNTSQ』が事業スピードを加速させるポテンシャルがある、と解説してくれた。
「たとえば、契約書を作成したことがある方であれば、契約書を作成して社内や取引先と調整するのがいかに手間であるかをご存知のはずです。書類に不備があると何往復もやり取りが発生し、なかなかプロジェクトが前に進まない…。事業部の立場からすれば、自分たちで契約を瞬時に、ミスなく、リスクなく進められたらどんなにいいことか…と。『MNTSQ』を使うことで、事業部門が契約業務に要する時間を半分以上削減したような事案もあります。
というのも、対話式の質問に応えていくだけで、誰でも簡単にミスのない契約書を作成できるからです。いわば契約業務のベストプラクティスをそのままシステムにした「自動ドラフティング」機能により、案件に応じて適切なひな形を選択。かつ、過不足ない情報を入力し、適切な文言に修正した契約書を瞬時に出してくれます。うまく設計すれば、「自動ドラフティングされた定型的な契約書に関しては法務部がチェックしなくてもいい」という世界観を実現できる可能性もあります。企業の事業スピードは格段に速くなるといえます」
甲乙、一条、二条、三条…といったように、情報単位で構造化されており、文字もパターン化されている契約書。板谷さんは、「実は、契約書と自然言語処理・AIは破壊的に相性がいいんです」と語る。
2020年のサービス開始以来、案件数は今や当時の数倍になるなど、捌ききれないほどの依頼が舞い込む同社。こうしたなかセールスと、カスタマーサクセスの採用にアクセルをふむ。
とくに、注力ポジションとしているのが、カスタマーサクセスだ。その役割について板谷さんはこう解説してくれた。
「我々のカスタマーサクセスの面白いところは、受け身で御用を聞くのではなく、いわば「業務変革コンサル」である点です。繰り返しになりますが、『MNTSQ』はお客さまの法務部門だけが使うものではなく、契約に関わる様々な部署で使われる“基幹システム”になります。そのため、導入後にきちんと運用してもらうためには、各部署の理想的な業務フローを定義し、誰でも迷わず使えるようにお客さまの体制を整備していくことが不可欠です。とはいえ、法務部の方々は専門職であるだけに、普段から他部署を巻き込んでプロジェクトを推進していくといったことには必ずしも慣れていない場合もあるように思います。そこで、我々のカスタマーサクセスが最前線に立ち、各部署のキープレイヤーとなる方々との調整を含め、整備をやりぬいていく。ここが非常に重要になります」
その上では、「現場の熱量の大きさ」も魅力の1つとしてあげてくれた。
「『MNTSQ』の導入は、お客さまにとっても重要なプロジェクトです。導入していく上では、全社的な最適化を目指すために、法務部さんから社内の関連各署に『契約業務を変えていきましょう』と働きかけを行なってもらう必要もでてきます。法務部の方々も、普段の業務とはまた違う角度で『理想の契約業務を作っていくんだ』という熱量を持っていて、私たちの側がとてもよい刺激をいただくことも多いです。やはり、そういうお客さまと一緒にベストプラクティスをかたちにするのは楽しい仕事だと感じます」
セールスでも募集を行っている。「インサイドセールスは顧客を開拓するリードジェネレーションを担当しています。開拓後は、フィールドセールスにバトンタッチ。フィールドセールスは、ウェブ会議などで商談を行い、顧客のニーズのキャッチアップ、クロージングまでを担当します。いわゆるエンタープライズSaaSセールスですので、いろんな部署を巻き込んで、調整役をし、決裁までクロージングさせ切る。かなり難易度が高い業務なので、向上心がある方にとっては面白い仕事だと思います」と板谷さん。
自身も弁護士としての経歴を持つ板谷さん。サービスを立ち上げるまでの経緯について語ってくれた。
「合意をフェアにしていきたいーーそう思ったのが、『MNTSQ』をつくるきっかけになりました。
僕は長島・大野・常松法律事務所で弁護士として働くなかで、2つ気づいたことがあって。1つは、社会は想像以上に契約というプロセスに時間とコストをかけていること。そしてもう1つは「世の中の合意には、当事者も自覚しないままアンフェアな内容になっているものが多い」ということでした。
それぞれやりたいことがある個人が一緒に動くことで、初めて社会は成り立っている。そこでは、必ず「合意」が行われ、契約書が発生すると思います。このように、契約は社会がうまく進むために不可欠なものです。それなのに、その内容をフェアにするためには、難解な契約書を読み解く高度な専門能力が必要だというのは構造的におかしいと感じたんです。
たとえば、膨大な金額の損害賠償の責任が負わされる内容になっているなど、片方に有利な内容になっていたりする。なかには、そもそも日本語として意味が分かりづらく、それが紛争の引き金になってしまうこともあります。
必ずしもリスクを50:50で分担する必要はないんですが、あまりにアンフェアな合意や、お互いにとってwin-winにできる条項の見落としは、仕組みで抑止する必要があると感じました。
僕の信条としては、仮に誰でもフェアな合意ができる社会があるとすれば、それは本当に素晴らしい社会であろうということがあります。誰でもフェアな合意を一瞬で結べるようになれば、皆がもっと自由にやるべきことをできるはずです。
そのような世界観を実現するために、MNTSQでは機械学習テクノロジーとSaaSというビジネスモデルをもって、自然とフェアな合意ができるプラットフォームを作りたいと考えています。そのような社会では、法務の専門家は、より取引の個別事情に即した本質的なアドバイス、人間がやるべき仕事に専念できるはずだと考えています」
最後に伺えたのが、板谷さんにとっての仕事とは?
「古い考え方かもしれせんが、僕は、仮に自分に生まれ持った潜在能力があるとすれば、最大限実現し、社会に対して還元していきたいと思っています。僕の場合は、弁護士であり、たまたまテクノロジーの世界に飛び込みました。だから、リーガルテックという領域で、自分ができる最大限のことを常に社会に対して発揮していきたいと考えています。仕事とは、そのためのプロセスで、個人的にはそれを楽しみながら続けられているかなと思っています」