2022年4月、シリーズBラウンドで投資16億円、融資2億円、計18億円を調達し、累計資金調達額は22億円を達成。2019年に設立したClimate Techスタートアップ「アスエネ」が躍進する。CO2排出量を見える化・削減するSaaSの提供、サステナビリティコンサル、クリーン電力、CO2クレジットオフセット支援まで、脱炭素のワンストップ・ソリューションを提供する。カーボンニュートラルの大きな波にのり、売上は昨対比600%で成長。アスエネのミッション、ビジョン、ビジネスの勝算について、CEOの西和田浩平さんに伺った。
昨対比600%成長スタートアップ、「アスエネ」が解決する課題
「世界全体のCO2や温室効果ガスの排出量をいかに下げるか、という課題に向き合っています。世界のCO2排出量は、年に約330億トン。日本は、世界の3%の約11億トンを毎年排出しています。排出量の8割が、企業の活動によるものです」
こう語ってくれたのは西和田浩平さん。三井物産を経て、2019年にClimate Techスタートアップ「アスエネ」を立ち上げた。
サステナブルな取り組みが企業にとって喫緊の課題となる中、企業向けに、CO2排出量を可視化するSaaSを提供。加えて、可視化した先にどうしていくべきかのSXコンサルティング、さらに再エネ特化の電力会社としてCO2ゼロ×地産地消のクリーン電力事業やCO2のオフセットまで、ワンストップ・ソリューションとして顧客の価値提供を行なう。
「企業の8割は、会社全体でどれだけのGHG*・CO2を排出しているかをまだ正確に把握できておりません。いわば、ダイエットしたいのに、自分の体重がわからないような状態。各企業のGHG排出量を見える化することで、企業としてCO2削減の目標・取り組み指針を策定しやすくなります。」
*GHG…温室効果ガス、Greenhouse Gasの略。
さらに2020年10月、日本政府は2050年までにCO2を実質ゼロまで持っていく「カーボンニュートラル」を目標として掲げた。これにより、同社の成長は加速した。
「弊社の売上は昨年対比で6倍に伸びています。GHG・CO2可視化サービスを提供する企業はほかにもでてきていますが、我々は日本で唯一のCO2見える化SaaS&SXコンサルをワンストップ・ソリューションで提供できるスタートアップとして存在感を示し始めています。さらに日本発で世界で勝ち抜くNo.1のClimate Tech企業を本気で目指していきます。」
同社のビジョン、その志を追った。
代表取締役CEO 西和田 浩平
学生時代は、音楽でプロの道を目指していた。大学2年時、Mr.Children/桜井和寿氏・プロデューサー/小林武史氏が率いるBank Bandのライブにて、ライブ・CD事業の収益をもちいて環境プロジェクトに融資や投資を行なう活動を目の当たりにして感銘を受ける。これを機に、ビジネスを通じて社会にインパクトを与える仕組みに興味を持ち、起業を志すようになり環境経営などを学ぶ。新卒では、ビジネススキルを磨きながら社会インパクトを追求でき、アウェイな環境で世界にチャレンジしたいと、三井物産に入社。主に中南米・欧州・日本の再生可能エネルギーの新規事業開発・投資・M&A、ブラジル赴任時に分散型電源企業Ecogen Brasilに出向、ブラジルエネマネ企業のM&A、ブラジル分散型太陽光小売ベンチャー出資実行、メキシコ太陽光入札受注など多くの投資・新規開発案件を経験。2019年にアスエネを設立。Forbes Japan 2021 Rising Star Awardを受賞、”今年の顔100人”の2021 Forbes Japan 100にも選出。
CO2排出量の可視化は、サステナビリティへの取り組みの入口
昨対比600%という驚異的なペースで成長を遂げている、その理由は?
2020年10月より、日本が国をあげてカーボンニュートラルの政策を推し進めた。これにより、企業が本腰を入れてサステナビリティの課題に取り組み始めているからです。
2019年に起業した当時は、再エネや太陽光発電などにまだ懐疑的な声も多かったんです。「大企業が関心をもつのはわかるけど、中小・中堅企業は本当に使うの?」「本当にこのビジネスは普及するのか?」といった意見もいただきました。
その後、2020年に菅総理が就任し、カーボンニュートラルの社会を2050年までに作ると、明確に国の目標・基本理念を掲げ、地球温暖化対策推進法として位置付けた。これにより、大きく潮目が変わりました。
まず、翌年2021年には、東京証券取引所が定める「コーポレートガバナンス・コード」にも、上場企業へのサステナビリティの取り組みを促す文言が明記されました。加えて、企業には、サステナビリティについて基本的な方針を策定し自社の取組みを開示することも要請されました。実質、上場企業はサステナビリティの取り組みが義務化に近い形になったのです。
一方、未上場の中堅企業に関しては、サステナビリティへの取り組みは義務ではありません。ただ、実は中堅企業への導入メリットも多い。
というのも、現在、上場企業では、サプライチェーン全体でサステナビリティへの取り組みを進めています。そのため、上場企業が取引先企業の選定をしていくうえでは、従来の基準である価格やクオリティだけではなく、新たな基準としてGHG排出量削減などのサステナビリティへの取り組み状況まで重視するようになり始めました。
つまり、中堅企業にとっても、自社のCO2排出量可視化・削減などの取り組みが、対大企業に対して「競合優位性」につながるようになる。これは、大きな時代の変化だと思います。
加えて、再エネ・省エネ化によるコスト削減だけではなく、採用・広報のブランディングに活用できるほか、資金調達において金利などが優遇されるなどのメリットもある。こうした理由から、他社との差別化の一つとして、脱炭素化を経営として本質的に取り組みたいと考える中堅企業も確実に増えてきています。
「顧客となるのは、東証のCGコードなどでニーズが顕在化している大手企業。加えて、ブランディングなどを行なっていきたい中小・中堅企業にアプローチしていきます」
CO2排出量見える化・削減クラウド『アスゼロ』がもたらすインパクト
注力事業としているCO2クラウドサービス『アスゼロ』の詳細を教えてください。
『アスゼロ』は、面倒なCO2排出量見える化・算出業務をカンタンにサポートする、CO2排出量の見える化・削減クラウドサービスです。
大きな特徴は、スキャンするだけで自動でCO2排出量を可視化できる点です。「アスゼロ」に請求書・レシートなどをアップロードするだけで、排出量の自動入力・算定を行なうことができます。たとえば、サプライチェーン全体(Scope1-3)のどこでCO2をたくさん排出しているのか、月ごとの排出量の推移などを簡単に可視化することができる。結果、企業の担当者の業務工数の大幅な削減につながります。
営業管理クラウド・会計クラウドなど様々なSaaSが存在するが、それらとの決定的な違いは、まだCO2算出業務自体がコモディティ化しておらず、多くの人が経験したことのない業務である点にある。「たとえば、会計システムであれば、仮にシステムがなくても、経理や会計士などの人々は業務の進め方自体をわかっている。そのうえで、使いやすいシステムを選ぶことになります。一方、CO2の算定業務に関しては、多くの人が進め方自体を知りません。そのため、サービス導入後のオンボーディング・CSは、より重要になってくると思います」と西和田さん。
また、単にクラウドシステムを提供するだけではありません。
いざ、CO2排出量を可視化できたとしても、CO2削減やオフセットしていくための多様な方法があるなかからどの手法を選択すればいいのか、企業の担当者は最適解がわからないことが多い。そこで、オンボーディング・可視化後の削減方法に関するカスタマーサポートやコンサルティングも行なっています。
例えば、CO2を排出しないクリーン電力を供給するなど、再エネ・省エネ化のご提案をします。さらに、削減が困難な部分の排出量については、CO2クレジットを購入することにより、その排出量の全部または一部をオフセットすることができます。こうした削減方法に関するコンサルを含め提供し、サービス料金として頂いている形です。これらを単独で、かつ多くのソリューションをワンストップで提供できるのは、日本ではアスエネが唯一のポジショニングをとっています。
三井物産、キーエンス、メルカリ、リクルート…多彩なバックグラウンドを持つメンバーからなる組織
エネルギー事業というと、大手商社などでも大々的に行なわれており、スタートアップの参入障壁が高そうな印象があります。勝ち筋はどういった部分でしょうか?
テクノロジー、スピード、営業力、局地戦における資金力。どれをとっても、十分に大手と闘える力はあると考えています。
確かに、脱炭素・エネルギー業界でビジネスをしていこうとなると、ある程度の資金力、ブランド力も重要な要素です。ただ、スタートアップである我々に国内・海外の投資家が期待を寄せてくれているのも事実です。
2022年4月には、シンガポール政府傘下の投資ファンド/パビリオンキャピタル、インキュベイトファンド、STRIVEなどを主な引受先として、総額18億円の資金調達を実行しました。
期待してくださっている理由は、いくつかあります。
最初に、業界知見やノウハウも必要なエネルギー・脱炭素領域ではゼロイチで立ち上げる起業家が日本ではまだまだ少なく、アスエネはこのビジネスモデルにおいて日本でも先駆けて大型の資金調達を実行し、リーディングプレーヤーとしてチャレンジできていること。次に、「脱炭素」は中長期では不可逆なメガトレンドだと考えており、その波をつくる側にポジショニングできていること。最後に、「組織としての突破力」です。
たとえば、システムを自ら直販で売るだけの力と仕組みがある点も、強みです。共同創業者兼COOの岩田は元キーエンスのトップセールスとして、常に顧客に向き合い続けて売れる仕組みの構築に携わってきた人間です。キーエンス流の直販営業力を、脱炭素の領域に転用して、強い組織の仕組みをつくっています。
共同創業者兼テックリードのラクマは、楽天、メルカリを経験してきた人物。フルスタック且つブロックチェーン開発に長けており、システムのゼロイチ立上げの経験に強みがあります。CPOの渡瀬は、もともとリクルートで、BtoB SaaS事業や電力事業の責任者としてプロダクト開発のPdMをずっと担ってきた人物。その傘下にも優秀なエンジニアが10人以上在籍しています。
一部のメガベンチャーを除く多くの大手企業では、必ずしもITリテラシーが高い人ばかりではなく、エンジニアと仕事をしたことがない人も多い。スピード感をもってユーザーフレンドリーなシステム開発して、お客様のニーズに合う形でサービスを展開していく、という点では、勝算があると思っています。
加えて、私自身は三井物産時代に、海外・国内で投資・M&A・新規事業開発などを手掛けてきた経験があります。シリーズBラウンドでも、国内の投資家だけではなくシンガポール政府傘下のパビリオンキャピタルなどの海外投資家にもリーチして資金調達をすることができ、日本の脱炭素領域に関心が強い投資家は他にもまだまだいます。会社全体の資本力では大企業に劣りますが、局地戦での資本力と突破力では大手企業に負けない自信があります。
アジャイルなシステム開発力、営業力、資本力。これらの武器を駆使すれば、大手に肩を並べるような存在になれる。そう思っています。
目指すは1兆円企業。世界で勝ち抜く日本を代表する企業へ
続いて、この事業の大義、ビジョンとは?
脱炭素の領域は、まだまだこれから成長し続けていく産業であり、社会的にも「大義」がある領域だと思っています。
このままCO2削減に対して行動しなければ地球が危機的状況に陥るかもしれない。宇宙への移住を余儀なくされるかもしれない。こうした人類の大義に向かって事業を展開できる。これほど大きな社会性とやりがいが高い領域に関われるチャンスは、そう多くはありません。
そして、もう1つ大事なのは、我々は、日本の名だたる大企業であるSONY、Honda、三井物産、ソフトバンクのように「日本を代表する、世界で勝ち抜く企業になる」というビジョンがあります。
そのため、CO2排出量見える化・削減SaaS「アスゼロ」の現時点の契約導入数 約200社を、5年後には1万社まで拡大し、日本を主戦場にしながらもアジアへの進出をマイルストーンとして置いています。その先に、脱炭素領域で複数事業を展開しながら、1兆円企業を目指していきます。
勿論まだまだ目指すビジョンにむけて、課題や不足部分が山積していますが、そうした高い山に、同じ目線で登っていける方と働いていきたい。そういう意味で、Core-Valuesのインテグリティ、オーナーシップ、テクノロジーの特性があるか。ここは、採用において最も重視しているポイントです。
最後、西和田さんにとっての仕事とは?
「次世代のためのアクション」だと捉えています。
「仕事」というのは、人生で一番長い時間を使うもの。何のために働くのか、は学生時代や三井物産時代から常に考え続けてきたテーマなのですが、娘が生まれた後に、しっくりきた瞬間があって。
娘が大人になる時の社会や世界はどうなるのか?と考えたとき、「もっとこうすべき、こうしていきたいよね」と、より当事者意識を持って考えるようになってきました。
かつ、自分の価値観を掘り下げてみたとき、「次世代」に向けて社会課題を解決するために取り組んでいるときが最も自分の力を発揮でき、アドレナリンがでる、そう感じました。
結果、次の世代のためになること、自分のやりたいこと、これが交差する領域を仕事にすれば、長期にコミット・継続できる、と考えました。
気候変動のような社会的意義の高い領域は、これまでビジネスとして成り立たせることが難しいと言われてきました。環境と経済は両立しない、と。ただ、今は追い風が吹いている。社会的に環境貢献も強く求められはじめ、経済的なインセンティブを加えても、成り立つ時代になってきています。この2020年代のメガトレンドをつかみ、確実にアスエネを世界的な企業にしていきたい。起業家・経営者としても、1兆円企業の経営者と肩を並べられるように、常に向上心と高い視座をもっていきたいですね。