掲載日:2023/10/05更新日:2024/06/24
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人類初となる核融合実験炉の実現を――世界7極共同で進められている超大型国際プロジェクト「ITER(イーター)計画」。「地上の太陽」とも称される、究極のエネルギー源“核融合”の科学的・技術的実証を目指す。同プロジェクトの一員として働く薗 利希 さん(31)を取材した。職員約1000名のうち、日本人は約40名。さらに限られた技術者として働く薗さん。なぜ、彼は同プロジェクトへの参画を決めたのか。キャリアと「志」を追った――。
ITERプロジェクトについて
ITERプロジェクトは日本、EU、アメリカ、ロシア、韓国、中国、インドの世界7極によって進められている「人類初の核融合実験炉」実現を目指す超大型国際プロジェクト。職員約1000名のうち、約40名の日本人が参加。現在、フランス南部のサンポール・レ・デュランスにおいて「ITER」の建設・運転を通じて、平和目的のための核融合エネルギーの科学的・技術的実現性の実証を目指している。
核融合エネルギーについて
核融合エネルギーは、燃料がほぼ無尽蔵にあり、発電時に二酸化炭素を排出しないという特長があり、究極のエネルギー源とされている。「地上の太陽」とも称され、世界的なエネルギー問題解決の足がかりとなる分野として期待が集まっている。安全面の観点から言えば、原子力発電とは異なり、核融合による発電であれば、核燃料が冷却できずに溶融するといった事故のリスクが無い。加えて、原子力発電における放射性廃棄物は半減期が数万年以上にも及ぶとされるが、核融合による発電であれば、放射能を帯びた物質はほとんどが100年以内で減衰するとされる。
「全人類が抱える課題」の解決に挑みたい
前職は、どういった仕事に携わっていたのか。そこからどのような経緯でITERに参加されたか。伺わせてください。
まず、前職は日系のオイル&ガス関連企業で働いていました。携わっていたのは海洋石油・ガス開発プロジェクトです。いわゆる機械エンジニアとして新規設備の設計、既存設備のアセットマネジメントなどを手掛け、ブラジルへの長期出張やシンガポール駐在などを経て、主に海外で働いてきました。そこでの仕事も非常にエキサイティングで、やりがいを感じていました。
ただ、新型コロナの感染拡大、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻など、世界が大きな問題を抱えるなか、「自分にできることをやっていきたい」と考えるようになっていきました。もちろん直接何かできるわけではありませんが、もし「何らかの機会やチャンスがあれば」と情報収集をしているなかで知ったのが、ITERプロジェクトでした。
核融合エネルギーが実現すれば、これまでにないアプローチで世界のエネルギー問題の解決に貢献できるかもしれない。世界を大きく変えるかもしれない。人類としての大いなるチャレンジに、自分のスキルや経験が活かせるなら挑んでみたい。そう考え、ITER 日本国内機関のバックアップのもと選考に臨み、プロジェクトの一員になることができました。
ITER 日本国内機関からはどのような支援があったのでしょうか?
細かい話ですが、選考において必要となる提出書類・履歴書の書き方にもアドバイスや添削をいただきました。日本としても、フランスに建設しているITERの建設費の約9%を分担しています。いかに日本の人材をプロジェクトに送り込めるか。そして技術やノウハウを吸収して持ち帰れるか。重要なテーマの一つになっており、手厚いサポートがあります。フランスのITER建設施設内にITER 日本国内機関のオフィスがあり、現在も仕事面はもちろん、住居や暮らしの面からもサポートいただき、非常に心強いです。
学生時代に「世界を舞台に活躍できる仕事がしたい」と考え、海洋石油・ガス生産設備の設計・建造企業に新卒で入社した薗さん。「ITERは、世界7極が団結し、最先端科学・工学技術を集結して取り組む超大型の国際プロジェクト。そのビジョンに共感し、私もチャレンジしたいと考えました」とITER参加への理由を語ってくれた。
目指すのは、人類未踏の地
ITERでの現在の仕事内容について伺わせてください。
エンジニアリング部門のトリチウムプラントセクションにて、機械エンジニアとして機器・配管の設計業務を行っています。担当しているのは燃料サイクルプラントの設備で、配管計装図や機器仕様書の作成などを行っています。
特に安全面からの関心・要求が高いシステムであり、火災や地震などのアクシデントが起こっても、放射性物質が周囲環境に放出されないよう、信頼できる設計を行うことがミッションとなります。オイル&ガス設備と共通する部分もあり、前職経験を活かせる場面も多いと感じています。ただ、それ以上に日々学ぶことも多い。世界でほとんど前例のない設備の設計を行っているので、そもそもの機器の満たすべき要件や設計指針など含め、議論を通じて思想を具体的な形に落とし込んでいくことも少なくありません。どんどん周囲にコンタクトを取り、一つずつ前へと進めていく。新たなことが日々吸収できるので、大きなやりがいがありますね。
私の上司がよく言うのは「私たちは、未だかつて人類がやったことがないことをやっている」という言葉。特にプロジェクトのなかで困難にぶつかった時、議論が進まない時にそう話すのですが、まさに「社会的に価値がある新しいチャレンジをしている」と日々実感しています。
ITER機構への応募を検討している方へのメッセージとして「日本人の副機構長の言葉を借りるのですが、“核融合プラントで発電した電気、炊飯器でお米を炊こう。それを一緒に食べよう”と伝えたいです(笑)」と薗さん。「核融合エネルギーが当たり前になれば、多くの日本の家庭で当たり前に使われ、生活を豊かにしていく。そういった象徴的な「お米を炊く」を、多くの仲間とやってみたい。きっとおいしいお米が炊けるでしょう(笑)」
世界初の挑戦でこそ得られる、成功&失敗体験を
ご自身の今後の目標について教えてください。
ITERでは5年間の任期付きで働いているのですが、その中でできる限りプロジェクトに貢献していく。ここをやり遂げたいです。また、ITERでの仕事は世界でもなかなかできない経験。エンジニアとして非常に多くのことを学べる場です。世界初の挑戦、その過程で生まれた「成功」や「失敗」を数多く経験し、技術的ノウハウを貪欲に吸収したいと考えています。
核融合産業・関連技術は今後の成長が期待される領域であり、世界中の人々が恩恵に預かれる可能性があります。任期が終了する5年後には、世界で活躍できる人材として核融合産業の発展、そして世界のエネルギー問題の解決に貢献していければと思います。
最後に、なぜ、世界的な課題に仕事で挑戦していくのか。そう考えられるようになったきっかけ、思いがあれば伺わせてください。
すごく個人的な話になりますが、大学生の頃、自転車でオーストラリアを旅したのですが、そこでの経験が影響していると思います。途中で無理をしたせいで、熱中症で倒れてしまって。しかも砂漠のど真ん中で…もうダメかと思った時、たまたま現地の方がトラックで通りかかり、病院まで運んでくれました。そうして命を救ってもらったのですが、入院後も、その方は、英語も話せず、面識もない私の面倒を見てくれた。見返りもなく、誰かのために行動する人たちが世界にはいる。その後、しばらくして再びオーストラリアに行き、その方にお礼を伝えたのですが「当たり前のことをしただけだよ」とおっしゃっていて。私も、当たり前のように、世界中の人たちのために何かがしたい。そう考えるきっかけになりました。
ここ最近は、AIをはじめ、科学技術が進展し、よく「人の手を必要とする領域はどんどん小さくなっている」と言われています。確かにその通りかもしれません。ですが、人間による「技術の発展によって、より良い世の中を実現したい」「誰かのために何かしたい」という想いがある限り、想像力・創造力は必要とされるはず。そういった想像力・創造力を発揮し、より多くの人が幸せな生活を送れる世界の実現に貢献していきたいと思います。
薗さんに聞く、ITER機構で求められる考え方・能力について
▼互いの価値観や違いを尊重し、健全な関係を築ける人間性
あくまで私が働くなかで感じたことですが、互いの価値観や違いを尊重できるか。健全な関係を作ることができることが大切だと思います。ほぼ全員がバラバラの国出身という環境において、いかにフラットで、安心して働けるような空気を保つことができるか。週2回のグループ会議でもスモールトークを大切にしていますし、仕事のあとに飲みに行ったり、一緒にスポーツを楽しんだり、交流も多い。こういったコミュニケーション、人間関係を大切にできる方がより向いているはずです。
▼成果にこだわり、やり抜く力
試用期間が8ヶ月と定められているのですが、その間に成果を出し、評価されないと実際に契約が終了となる可能性もある環境です。評価の観点としては、上司から初日に言われたのは「試用期間内に我々のInputより君のOutputを大きくしない限りパスできない」という、厳しいものでした。現地の生活に慣れながら、成果を出す。精神的な負担もある。こういった部分は事前に覚悟しておくとギャップがないと思います。
▼論理的に考え、説明ができる力
当然、KPIの到達度合いは明確な評価基準ですが、特に重要視されるのは、いかにKPIが到達できたか、仮に到達しなかったらそれはなぜか、論理的に考え、説明ができる力です。私たちが携わるプロジェクトは、人類の誰もやったことがないこと。どうしようもない理由で遅延が発生し、上手くいかないことも起こり得ます。そういった場面で、誰にコンタクトを取るか。どう情報を集め、協力を取り付けることができるか。新たなやり方、工夫でアプローチができるか。問題を洗い出し、状況と対策について理論立てて説明ができるか。こういった内容も評価の対象となり、重要視されている点だと思います。