INTERVIEW
国際開発センター|特別インタビュー

ペルー政府と「文化的景観」観光事業も。途上国開発で志す、人々が「より良い未来」を選べる世界

掲載日:2024/03/25更新日:2024/03/25
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「インカ文明以前の遺跡・文化を軸に、ペルー北部の新たな観光地開発なども手掛けています」国際開発センターでの仕事例について、こう語ってくれた松田奈名子さん(34)。JICAなどと連携し、途上国支援・国際協力プロジェクトを推進する「開発コンサルタント」として活躍する彼女。現地に新たなしくみ、産業や雇用・収入源を創出し、持続可能な地域の発展へとつなげていくーーそのような途上国開発にかける彼女の想い、国際開発センターでの働きがいに迫った。

株式会社国際開発センターとは
2010年12月に設立された国際協力・社会経済開発に特化したコンサルティング会社。親法人である一般財団法人国際開発センター(※)より譲受した調査事業・人材養成事業を主軸に、JICA、日本政府省庁、国際機関、NGOと連携。国際協力プロジェクトにおいて調査のみならず、「実行」を含めて担う。現地に出向き、政府関係者に対してアプローチなども行う。

「誰もが幸せになる世界を目指す」を経営理念に掲げ、アジア、アフリカ、中南米など世界各地で活動。行財政、地域開発、社会開発、農業開発、産業開発、運輸交通、評価などを専門分野とする。

現在、74名の開発コンサルタントが在籍。バックグラウンドは、銀行、証券会社、教員、通信会社など多岐にわたる。1人あたり3~4件程度のプロジェクトを担当している。

※一般財団法人国際開発センター…1971年に誕生した、日本初の開発・国際協力分野を専門とする総合シンクタンク。同センターは、設立以来、調査、研究、研修を柱として、政府開発援助(ODA)に関する政策や事業の形成、実施、評価に携わってきた。2010年に一般財団法人に移行するとともに、同年、子法人として株式会社国際開発センターを設立し、受託調査を含むコンサルティング事業と人材養成事業を株式会社に移管した。

開発の理論と現場をつなぐ「開発コンサルタント」

途上国開発を担う「開発コンサルタント」と言った職種があることをはじめて知りました。どういった役割を担う存在なのでしょうか?

開発コンサルタントの大きなミッションは、途上国に新たなしくみ、産業や雇用・収入源を創出し、持続可能な地域の発展へとつなげていく。そのための活動・コンサルティング業務を担っていく存在です。

たとえば、国際開発センターで言えば、JICAをはじめ省庁などから受託したプロジェクトを、実施していく役割を担います。私自身もJICA案件を手掛けることが多いのですが、プロジェクト(※)を成功に導くための具体的なアクションを実行していきます。

特におもしろいのは、途上国現地での活動も行うこと。いわゆるNGOのような“草の根”的な側面がありながら、少し上流から携わり、自国のために奮闘する「政府関係者」に対して協力をしていく。両方の視点からアプローチできるのは、開発コンサルタントならではの特長であり、魅力だと思います。

(※)JICAが相手国と話し合って策定した技術協力プロジェクト等

実際、松田さんはどういったプロジェクトに関わられているのでしょうか?

特にユニークなところでいうと「ペルー北部の観光開発支援のプロジェクト」があります。

具体的には、ペルー北部の或る州に、屋根のない博物館「エコミュージアム」を創っていく構想があり、今まさに推進しているところ。その地域をめぐると、行く先々で現地の伝統的な踊りや景観を見たり、伝承を聞いたり、その土地の文化に触れられる。そんなコンセプトの実現を目指しています。

ペルー政府の課題としては、北部には貧しい州が多いものの、経済発展につながる観光開発が十分に行われていないこと。南部で言えば、クスコやマチュピチュが有名で観光客も多く訪れるのですが、北部の魅力は知られていない。私も活動するなかで初めて知ったことばかりだったのですが、北部にはインカ文明以前の遺跡や風景、踊りや歌などの文化・風習が今も残っており、観光資源としては豊富なエリアなのです。ペルー政府としても、これらをうまくアピールし、北部にも国内外から観光客を呼び込みたい狙いから、日本に技術支援要請があり、このプロジェクトが始まりました。

具体的な役割としては、エコミュージアムとしての観光デザイン、地域雇用創出にもつながる地元ガイドの育成、地元の人々がホスピタリティについて学び合える機会・場づくりなどに関わっています。さらに観光地として盛り上げていく以上、公共エリアの環境美化・人々のマナー向上なども重要なテーマ。そのため、地域住民・地域全体に対しても「観光客を迎え入れるホスト意識」を醸成してもらえるよう、働きかけています。

理想は、地域の人々が一丸となって地域を盛り上げ、それにより得た収益を自分たちの地域のために還元していくような制度を構築していくこと。地域の持続可能な発展につなげていければと考えています。

ペルー

ペルー北部の観光開発支援のプロジェクトの画像。左はインカ文明前の文化の遺跡(崖に埋葬された棺)、右はインカ文明前の文化から形成されている標高差を活用した農業景観(プロジェクト提供)。同プロジェクトは、日本の山口県萩市における屋根のない博物館「萩まちじゅう博物館」という観光地づくりの成功モデルを参考に進められている。「萩市の観光の取組みを牽引した北海道大学の教授が、ペルーの観光開発をリードしてくださっています。じつは今年、ペルーの方々に実際に萩市に来てもらい、屋根のない博物館を体験してもらう予定です。萩市の方々のホスピタリティは、きっと彼ら彼女らにとっても刺激になるのではないかと思います」と松田さん。ちなみに、彼女はペルーのプロジェクト以外にも、ナミビアの国際物流ハブ構築支援、インドネシアの地方政府のSDGs実施体制支援、橋梁維持管理の研修などを掛け持ちで手掛けている。

忘れられない、あるペルー人女性のこと

開発コンサルタントとしてのやりがいについて、エピソード含めて教えてください。

現地の人々の生活、考え方、人生に大きな良い影響を与えていけることもある。ここは大きなやりがいです。たとえば、コミュニケーションを取るなかで、国・地域に誇りを持てるようになったり、自信につながったりする変化を目の当たりにできる。そういったときは、関われてよかったなと感じます。

特に私の心に残っているのが、あるペルー人女性との出会いです。彼女はさまざまな事情によって学校教育を途中で諦めて大人になり、娘さんを育てる母親でした。彼女にエコミュージアムの地元ガイドをお願いしたのですが、はじめは「地元ガイドはやりたい男性がやればいい。女性の私がやっても……」と消極的でした。ただ、いざやってみたら、とてもイキイキと取り組んでくれていて。「ガイドの仕事を通して、私ならこう伝えられる」「自らの強みや個性がわかってきた」「自分の村のこんな部分も魅力として伝えられるとわかった」と語ってくれました。さらに「自分でも頑張ればできるという自信がついた。もう親の年齢になってしまったけれど、もう1回学校に入り直して勉強を始めることにした」と話してくれたのです。

想像もしてなかった展開でしたね。1人の人の大きな決断に、多少なりとも貢献できたのだなと思うと、こみ上げるものがありました。ただプロジェクトを実行していくだけではない、支援の先にある仕事の意義を強く感じられた瞬間でした。

素晴らしいエピソードですね。一方でさまざまな文化や言葉の壁もあるなか、困難も多いと思います。どういったマインドや心構えを大切にしているか、教えてください。

まず必要なのは、忍耐や寛容さですね。海外で働く上ではよくある話ですが、海外では日本の常識は通用しません。時間の感覚で言えば、30分ほどの遅延はデフォルトですし、日本の組織のように前任者から新たな担当者への引き継ぎなどがしっかりと成されていることもほとんどありません。その状況を受け入れた上で打つ手を考えることは大事かなと思います。

もう1つ、心構えとして持っておく方がいい点で言えば、とにかく粘り強く向き合う姿勢です。現地の政治的な対立・国際情勢など、どうやっても私たちではタッチできない問題が絡むことも多く、思ったように進むことのほうが稀だからです。

ただ、どんな状況だったとしても、私たちが目指すのは、JICAが作成したプロジェクトの目的達成であることは変わらない。そして、物事がうまく進むための道筋は1つではありません。プランAが難しいならプランBを、それでも難しいならプランCを提案する。どうすれば実現できるか、新たな打ち手を粘り強く考え続け提案していく。こうしたスタンスは不可欠かなと思います。

私は現在、アフリカ大陸の南部に位置するナミビアの「国際物流ハブ構築支援」のプロジェクトも担当しているのですが、つい先日、10年近くにわたって先送りにされていたある事象に対し、粘り強く交渉を続けた結果、ようやく解決の兆しが見えてきました。現地の人々に具体的なアクションを起こしてもらうことができたことで、現場スタッフの業務効率の向上、周辺環境の治安改善などが期待されています。正直、大変なことは多いですが、その分、あとから振り返ると「いい経験だったな」と思えることもたくさんありますね。

ナミビア

ナミビアの「国際物流ハブ構築支援」のプロジェクトでの1枚(プロジェクト提供)。プロジェクト概要についても解説してくれた。「ナミビアでは、経済成長に資する新たな基幹産業として物流産業に注力していく方針を掲げています。というのも、ナミビアは大西洋に面し、このエリアでは数少ない深い港をもつ国。大きな船が入ってくることが可能で、そこから小さな船に乗せ換えて、周りの国の港に荷物を送り届けることができる地の利があります。さらにはボツワナ、ザンビア、コンゴ民主共和国などアフリカ内陸の近隣諸国にはトラックで輸送する。そういった、南部アフリカの物流拠点のハブとしてのポジション確立を目指しています。このプロジェクトのなかで、私が担当しているのが、ナミビアと隣国との国境管理です。国境付近では、慢性的に国境を往来するトラックの渋滞が発生しており、停電やジェネレータ不足により入管・通関業務の効率が下がることで状況が悪化することもありました。さらに、両国の警察が管掌できない国境の緩衝地帯では、夜間の荷物の盗難をはじめ事件も発生しており、治安悪化が深刻でした。まずは、国境施設にジェネレータを追加配備するように再三お願いして、電気不足を解消することで、事態改善につなげています」

途上国支援を、仕事に

そもそも、なぜ途上国開発に関わりたいと思うようになったのでしょうか。

きっかけは、高校の総合的学習の時間に、世界が直面する課題について学んだことでした。特に心が揺さぶられたのは貧困の問題でした。児童労働、教育、森林火災など、あらゆる問題が複雑に絡み合っている。その事実を知った時に、自分にも何かできないかと。また、小学生のときに何気なく参加したユニセフの街頭募金活動を思い出し、「自分にもできることがあるかもしれない」とつながった感覚もありました。

他にも、文化祭でフェアトレードの商品を販売するといったチャレンジもしました。その際、商品を扱うお店の方から途上国の話を聞くことができました。こういった体験があり、「将来は国際援助の仕事に就きたい」と考え、「途上国支援が学べるかどうか」を大学選びの基準にしました。

大学時代は、ボランティアサークルに所属し、たびたびインドネシアに足を運び、ジャワ島中部地震のあとの地域防災をテーマに活動していました。地域のことを真剣に考え、変えていこうとしている現地の人々の想いや熱量にふれ、「役に立ちたい」という気持ちも強くなったように思います。とはいえ、国際協力にはさまざまな関わり方があるので、自分はどういった関わり方をしていこうか、ずっと模索していましたね。講義で学びつつ、サークル活動の一環としてJICAの技術支援プロジェクトを視察したり、NGOの活動に参加させてもらったり、とにかく色々とトライしていました。

そこからどのようにして国際開発センターに入ったのでしょうか。

まず、いろいろと情報収集するなかで、現場に近く、かつ少し上流からも関われる「開発コンサルタント」として関わっていきたいと思うようになりました。そこから、開発コンサルタントの募集を探すなかで出会ったのが、国際開発センターでした。会社のアットホームな雰囲気にも惹かれ、最初に内定をいただけたことも縁に感じ入社しました。

国際開発センター01

信念をもつ人々に、「より良い未来」のための選択肢を

最後に、松田さん自身の目標があれば教えてください。

支援する先にいる人々が「自分たちにとって今より良い未来」を選べるようにサポートしていく。最終的にこれが私のやりたいことです。

さまざまな国に行くなかで実感しているのは、どの国にも必ず、自国のことを真剣に考え、あらゆる利害関係を抜きにしても「これをやりたい、こうしなければならない」という信念を持つ方が一定数いらっしゃるということ。ただ、想いはあるけども、いろいろな状況・理由によって実現できていない現状がある。そこに対して、開発コンサルタントとして、彼らが実現したいことをできるように、機会や方法を支援し選択肢を増やしていきたいです。

そのためには当然、幅広い知見が求められるので、専門外のことも含めて幅広くインプットし続けていきたいです。私にとって仕事とは、好奇心や探求心を刺激してくれるもの。毎回、仕事でなければ行かないような国を訪れ、多様な社会の在り方や文化・慣習にふれられる今の仕事は、本当に充実していますし刺激的です。プロジェクトを担当するたびに、世界の見え方が変わる。解像度が高くなっていく。そうして得ていった1つひとつの学びを糧に、次のプロジェクト、さらにその次のプロジェクトへと活かしていければと思います。

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