ドローンが能登半島地震後の被害状況調査を行い、現場負担の軽減・二次災害抑止に貢献したことはご存知だろうか。同プロジェクトを推進しているのが、KDDIスマートドローン社だ。災害調査のみならず、ダム建設現場における無人測量・無人監視、広大な敷地における警備など社会インフラ分野を含めてドローン活用が進んでいる。じつは事業化が今まさに加速している注目領域の一つだ。今回は同社でサービス企画として働く渡辺史子さん(37)を取材した。もともと人事関連サービスの企画に携わってきた彼女。なぜ次のステージに同社を選んだのか。そこには「労働人口減少などの課題に、ドローンでアプローチしてみたい」という志があった。
KDDIスマートドローンとは
モバイル通信を活用した「スマートドローン」の普及・社会実装に挑む会社。もともとKDDI内において「モバイル通信」の可能性を広げる新規事業として2016年にドローン事業がスタートし、2022年4月、KDDI100%出資子会社として設立された。強みは、KDDIの全国津々浦々にある携帯基地局のネットワークを活用できること。これにより、たとえば東京から沖縄のドローンを遠隔操作することはもちろん、5Gネットワークを活用すれば高精細の映像データをリアルタイムで遠隔地に送ることも可能に。通信会社ならではの活用方法を探るため、地方自治体や官公庁、企業と協力し、さまざまな分野で実証実験を重ねている。
ドローンで「労働人口減少」課題にアプローチを
人材業界からキャリアをスタートし「人の課題」に危機感を持っていた渡辺さん。前職ではタレントマネジメントサービスの立ち上げなどに挑戦。KDDIスマートドローンへの入社動機について「労働人口減少に取り組みたい」という志が重なったと振り返る。
きっかけは転職サイトのオファーメールだったのですが、実際、面談で話をきいてみたら「ドローンで社会課題に挑む方法もあるんだ」と驚きにも近い気づきがありました。
人間が現地に行かず、安全かつ効率的に業務が進められる。ドローンを活用すれば、そもそも人間が作業をしなくても良い状態を作れます。言い換えれば「労働力を増やす」アプローチ。
そういった事例が既にあり、「ドローンにはあらゆる社会課題を解決に導けるポテンシャルがある。これはまさに私がやりたいと思っていた世の中の非効率を解消するソリューションだ」と確信し、入社を決めました。
また、私自身、0から1を生み出していくような刺激的な環境が好きなんですよね。まだ誰もやったことがないことに挑戦できる。ドローンがとらえた未知のデータを使って新規ビジネス・サービスを考えていける。それはまさに私が求めていた環境でした。
1社目はパーソルキャリアで新規事業立ち上げ・法人営業、2社目となるカシオ計算機では、タレントマネジメントのサービス企画、プロダクト全体マネジメントに従事していた渡辺さん。2社目でサービスを立ち上げ、区切りの良いタイミングにさしかかった時、再び0→1の環境を求め本格的に転職を検討するように。転職活動をする上では生成AIベンチャーも視野に入れていた中、最終的にKDDIスマートドローンを選んだ理由をきくと「ソフトウェアとハードウェアの両方に関わることができる。サービス企画としてより幅を広げていけるのではないかという期待感もあった」と答えてくれた。
未知の「鳥の目」データを、サービス化せよ
じつは能登半島地震の調査などにもドローンが活用されており、そのプロジェクトも同社では推進する。
たとえば、能登半島地震における被害のひどかった珠洲市では、自治体の迅速な判断、速やかな応急対策をドローンを活用しながらサポートしています。仮設住宅の建設候補地を把握するための被害状況の撮影はドローンだからこそできること。また、輪島市でいえば、ドローンから橋梁の損傷状況の緊急点検を実施しました。狭い空間でも死角のない撮影ができ、現場負担軽減や二次災害抑止に繋がっています。
ドローンはすでに災害対応などで活用されており、社会インフラ関連のプロジェクトでも欠かせないものとなっている。そして今求められているのが「サービス開発」だ。
ドローンの活用が有効であることは自明ですが、今後はそれらをいかにサービス化していくか、追求していくフェーズだと感じています。そういった意味でも私のような異業種出身者の発想が求められているのだと思います。
たとえば、現在、人工知能を使った“自律飛行型ドローン”が機体メーカー各社からリリースされているのですが、それらを活用した新しいビジネスの種蒔きをしているところです。いかにクライアントがドローンに人員を割くことなく、最新の画像・3DデータなどをPC上に取得し蓄積・管理・活用できるような仕組みづくりができるか。
これらは、自らドックと呼ばれる「箱」から飛び立ち、現地での作業後に戻って来れる「新型ドローン」でこそできるサービスだと言えます。
新たなリリースに向け、現在アプリケーションの開発も進めているところです。開発チーム、デザインチーム、お客様とのコミュニケーションを取りながら、その立ち上げを担当しているのですが、戦略立案、機能検討など含めて、これほどエキサイティングな仕事も無いなと思っています。
まさにサービス開発をいちから手掛け、新たなビジネスを生み出していく。ここが大きなやりがいだ。さらに、渡辺さんはサービス企画の仕事の魅力を「ドローンだからこそとらえたデータにある」と語る。
毎回興奮するのですが、ドローンだからこそとらえられる世界が見れるのが、何よりもおもしろいんですよね。たとえば、水上ドローンをつかった藻場調査の映像、風車の点検データ、競馬場のコース勾配の計測した画像…など、まさに誰もみたことがなかった、高さ・アングルからの映像ばかり。一瞬にして全容を把握できるいわば「鳥の目」のデータの宝庫があるわけです。こうしたデータを見るたびに「この画像やデータをどういう新たなサービスに仕立てようか」と疼きますね(笑)。
一方で、実際に働く中でみえてきた「もどかしさ」もあるという。
思っていた以上に「ドローンを飛ばす」のは大変。その障壁に日々ぶつかっているし、難易度の高さを痛感しています。
わかりやすいところで言えば、法律で規制されているため、どこででも簡単に飛ばせるわけではありません。飛ばせたとしても、合意のない人の上は飛ばせないわけです。プライバシーの問題もありますし、地域住民からの理解を得る必要があります。
また、市町村の考え方やスタンス、取り組み状況もそれぞれ。それらをいかに全て整え、安全かつ目的を達成できるように飛ばせるか。
入社前は「住宅地の上にドローンを飛ばし物流サービスや防犯サービスをつくりたい」「人々が集まるイベントを空撮するサービスをつくりたい」などいろいろな妄想をしていましたが、現実問題として、それらを実現するには時間が必要ですし、根気も求められるのかなと思います。
まだ世にないサービス、かつそれを社会に実装していくことを前提に取り組んでいる会社。社内レビューも厳しく、鋭い。それだけ難易度が高い。だからこそ「まだ誰もつくったことがないプロダクトを自分がつくる」「難易度が高い方が燃える」というタイプの方は活躍できるのではないかと思います。
前職と現職での働きがいの変化を数値にしてもらった。特に、仕事のやりがいについてこう解説してくれた。「サービス企画の仕事とは、考えようと思ってアイデアを思いつくというものではなくて。膨大な知識の基盤があった上で、初めて勘所をおさえたアイデアを生み出せると思っています。法律面の知識、ドローンの機体や技術面の知識、それから通信の知識…正直、私は全然畑違いから入社したので、情報のキャッチアップには時間がかかりましたし、今でもまだまだ勉強中。でも、地道にインプットを続けた先に、ある日突然、歩いているときにひらめくことがあるんです。常日頃からインプットし続けて、アイデアを待っていますね」
「日本はこのままではやばい」危機感が原動力
そして取材後半に伺えたのが、今後の目標について。彼女が見据えるのは、ドローンの社会実装、それを実現するための組織づくりだ。
今後取り組んでいきたいのは、改めてになりますが、取得データを活用したビジネスの強化です。そのためにもスマートドローン(上空モバイル通信×ドローン)を通じた安心安全なフライトと、顧客体験の改善に取り組んでいければと思います。
当然、これらを実現するにはワンチームで進めていくことが欠かせません。社内向けの観点で言えば、チームのパワーを最大化できるような「組織作り」にも力を入れていきたいです。
1人あたり幾つものプロジェクトを兼務する専門分野の異なるメンバーと、短い週次の定例で サービスを磨き上げていく。そのためには、企画オーナーだけがやる気でもうまくいきません。みんなが心から「これがいい!」「面白いものを作りたい」と思って取り組めるようにするには、どのようにビジョンを伝えたらいいか。どのような準備が必要か。ネックを解消するためにできることはないか。俯瞰し、ハンドリングできるような存在になれたらと思っています。
最後に伺えたのは、渡辺さんの原動力について。そこには、社会への強い危機感があった。
これまでのキャリアを通じてずっと抱いてきたのは「日本はこのままではやばい」という危機感ですね。それが仕事の原動力になっているとも言っていいと思います。
もともと「労働人口減少」などの課題には感度が高いほうでしたが、特に30代に入ってからは「社会の非効率」に、より目が向くようになりました。人口が減少して高齢化が進む中、今までと同じやり方では5年後、10年後は通用しない。それこそ「人がいないからここの工事はできません」となってしまう。日本のインフラは本当に破綻してしまうかもしれない。
国としてもDX、法整備などを推進してはいますが、急に抜本的に何かが変わっていくということは考えにくい。ならば、指をくわえて待っているわけにはいかない。我々1人ひとりが、少しずつできることを自分たちで取り組んでいく。そういうムードが出来て、浸透していけば社会はもっとよくなると思っています。
その中で、私としても「社会に対して、自分に何ができる?」と問いながら、日々仕事と向き合っているつもりです。これからも、ドローンのサービス企画を通して、微力ながら社会を変えていく、そんな存在であれたらと思います。