INTERVIEW
アガサ|代表取締役社長 鎌倉 千恵美

累計8.8億円調達、治験DXスタートアップ「アガサ」がつくる創薬の未来

掲載日:2022/04/15更新日:2023/05/29
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「治験・臨床研究の効率化・省力化に貢献する」をミッションに掲げ、医療機関・製薬企業向けに治験・臨床研究の文書管理クラウドサービスを提供するアガサ。2015年に創業以来、国内のみならず北米やヨーロッパ、アジア、中国など8カ国でサービスを展開。コロナ禍、生活様式の変化を追い風にユーザー数を伸ばす。2021年には3.6億円を調達、日本医師会と連携するなど躍進を遂げている。同社の事業可能性、そして志について、代表取締役社長の鎌倉千恵美さんに伺った。

※臨床研究とは、ヒトを対象とした医学系研究を指す。そのうち、予防、診断、治療法等の介入の有効性や安全性を前向きに明らかにするために行なうものを「臨床試験」と呼ぶ。さらに臨床試験のうち、製薬会社がお金を払い、医薬品や医療機器の製造(輸入)承認申請を目的に行うものを「治験」と呼ぶ。

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ユーザーはコロナ前の3倍に。治験に革新をもたらす『Agatha』

新薬の安全性を確認する「治験」をアップデートしていくーー

アガサ社はテクノロジーによって、治験における業務の非効率を解消するスタートアップだ。2021年に累計3.6億円を調達。累計調達額8.8億円となった。

「これまで、治験を依頼する「製薬会社」と、依頼を受ける「医療機関」との間でのコミュニケーションは、ほとんどが紙で行なわれてきました。私たちは、クラウドサービス『Agatha』によって、治験におけるあらゆる紙文書とその運用を瞬時にペーパレスで行なえるようにしています。コロナ禍、製薬会社ではリモートワークが浸透し、医療機関では紙が感染源になりうることから紙を使わない方向に急激にシフトしました。同時に、ユーザー数は、コロナ以前は5000ほどだったのが、2022年4月現在15000ユーザーまで増えています。さらに、2022年1月には日本医師会とのシステム連携が実現したことで、国内の6割の医療機関・企業にリーチできるようになりました。これを足掛かりに、今後は新規事業の展開、海外展開を加速させていきます」

こう語ってくれたのが、代表取締役社長の鎌倉千恵美さん。アガサの事業の可能性、志を追った。

アガサ(プロフィール)

代表取締役社長 鎌倉 千恵美
高校、大学ではITを専攻。総務省総合通信基盤局に入省。2001年に日立製作所、製薬・医療機関向けの新ビジネス開発と新ソリューションの基本設計、プロジェクトマネジメント業務を担当。2011年、製薬企業向け文書管理システムを開発する米国ベンチャー企業NextDocs Corporationの日本支社代表となる。2015年10月、アガサを設立して、代表取締役社長に就任。

年間2トンの紙が、廃棄されていた

総務省を経て、2001年より日立製薬所で医療と製薬の新規事業開発を担当していた鎌倉さん。2007年、日立グループの病院で目にした衝撃的な光景が、アガサを設立するきっかけとなった。

「病院の会議室に、1つあたり高さ30cmはある紙の束が、20セットほど机に置かれていたんです。何の紙だろうと思い事務局の方に聞くと、治験を依頼したい製薬会社から届いた申請書類でした。薬の説明書、実験結果の資料、患者さんへの説明法等に書類などをまとめると、それだけの量になってしまうんです。

治験が始まるまでには、安全性委員会や倫理委員会などの会議にかけられるのですが、各委員会に約10人ほど先生が所属しており、500ページの申請書であれば20人分、つまり1万枚印刷することになります。さらに、1つの薬の治験でも、ステップがあります。数名の健常者の方に対して治験を行ない、次は少数の患者様に対して行ない、さらにその次は多数の患者様に対して行なっていく。この各フェーズごとに、膨大な書類の量が発生します。ほかの病院でも同様の課題があるのではないかと思いマーケットを調査した結果、やはり多くの病院が同様の状況があることがわかりました。1つの病院あたり、年間で2トンもの紙が発生していると言われています」

それだけ紙があるということは、印刷、運搬、郵送、ファイリングといった手間もかかっていた。

「病院では、申請書類を先生の人数分印刷し、院内の先生には台車を使って運搬し、院外の先生には郵送するという手間が発生していました。結果、治験開始までに2~3ヶ月かかっていたんです」

こうした課題がありながらも、医療・製薬業界でシステム導入が進まなかった背景には、既存の文書管理ツールが高額すぎる、という課題があった。

「日立製作所で働いてた当時、今だに膨大な紙を使って治験のやり取りが行なわれている現状をなんとかしたいと思って調べてみると、文書管理ツールの導入には2億円かかることがわかりました。これでは、病院に導入してもらうのは難しいです。さらに、製薬会社のニーズとしては、「文書管理サービスを導入するなら、国内外の法規制要件に対応したシステムを使いたい」というニーズがあるんです。多くの企業では、最終的には海外での販売も見据えているためです。ただ、各国の法規制に対応したシステムは、誰にでも開発できるわけではないため、当然価格は高くなります」

そこでアガサは、クラウドでペーパレスを実現し、さらに国内外の法規制に対応したサービスを低価格で提供しようと考えたのだ。

「私たちの開発するクラウドサービス『Agatha』を使えば、医療機関と製薬企業は治験に関するやり取りを瞬時に行なうことができます。これにより、治験が開始されるまで2~3ヶ月かかっていたところを、1週間で実現できます。医療機関からすれば、事務作業から解放され、患者さんのケアに集中できるようになり、ひいては新薬開発のスピードアップにつながります。また、製薬企業からすれば、月額制で手の届く価格で海外規制に対応したシステムを使うことができる。導入メリットは大きいはずです」

つまり、アガサは医療機関、製薬企業の双方の期待に応えたのだ。

アガサ(サービス)jpg

治験・臨床研究の文書をプロジェクト単位で作成、共有、保管するためのクラウドサービス『Agatha』。各国の規制に対応したシステムを提供している。「各国ごとに、保険制度も異なりますし、米国では既に承認されていても日本ではまだ未承認の薬があったり、薬の容量にしてもアメリカであれば10mg、3mg、1mgがあるけど、日本は3mgしかないといった国による規制の違いなどがあります。『Agatha』はこうした国ごとの差異を適切に把握しているため、製薬企業の「将来的に海外に販売していきたい」といったニーズに応えられます。また、厚労省の定めにより、治験に関する資料を20年間保管することが義務付けられています。契約時に、20年保管を行なう想定で導入いただいているため、一度契約いただくと解約されにくいサービスといえます」と鎌倉さん。

製薬企業と医療機関の「壁」を崩す

また、製薬企業と医療機関の両方にサービスを提供できる点は、アガサの独自性でもある。

「日本でも海外でも共通して言えることなのですが、多くの文書管理システムは病院向け、製薬企業向け、といったように別々に開発されてきました。なぜなら、製薬企業と医療機関のニーズが相いれなかったからです。

日本国内でいえば、製薬企業からすると、ゆくゆく海外でも販売していくことを考え、米国のベンダーを選ぶケースが多い。医療機関は、日本語でのサポートをしてほしいというニーズがあるため、日本のベンダーを選ぶ傾向があります。

『Agatha』は、各国の規制に対応し、日本語にも英語にも対応している。よって、製薬企業、医療機関の双方にサービス提供でき、両者を繋ぐことができます。文書管理サービス自体は決して珍しいものではないのですが、製薬企業と医療機関の両方に展開していくことができるのは、現状『Agatha』くらいだと思います」

アガサ(イメージ画像)

「治験は製薬会社が費用を出して薬を開発していくものです。そのため、基本的には製薬企業からお金をいただくビジネスモデルになります。具体的には、医療機関向けには月額490円からという低コストで提供し、まずは1つでも多くの医療機関で導入いただけるところを目指します。多くの医療機関が『Agatha』を導入している状況をつくることで、医療機関とやり取りする製薬企業も、システムを導入する動機が生まれると考えています」と鎌倉さん。

見据える、プラットフォーム事業やデータ活用ビジネス

2015年以来、サービス導入を進めてきたアガサだが、「クラウド化のフェーズは、一定実現できる目処がついてきた」と鎌倉さんは語る。

「2022年1月に、ついに治験における日本の標準文書を作成するシステムで、医療業界でシェア6割をもつ「日本医師会」とのシステム連携が実現しました。これにより、『Agatha』は、単なる文書管理サービスというよりも、6割の医療機関とつながるプラットフォームとなりつつあります。今後は、Agatha上で、さらに他の企業とパートナーシップを組み、いわゆるオープンイノベーションのような形で価値を高めていきたいと考えています」

アガサ(話してるところ)

『Agatha』上で連携することでユーザーメリットが大きいと見込まれるサービスは多く、現在各社からの問合せが増えているという。「直近では、製薬業界で多く使われている電子署名サービス『Adobe Sign』と連携予定です。同サービスは、あくまで署名するところまでをカバーするサービスであるため、その後の「保管」まではカバーしていなかったんです。そこで、システム上で連携することで、『Agatha』上で安全に保管できるようにする予定です。このように、アガサはあらゆるデータの「置き場所」になれる。最近は、治験分野でもスタートアップがたくさん生まれているので、そういった企業との連携も想定しています」

もう1つ、2025年を目途に見据えるのが、データ活用ビジネスだ。

「このままいけば、3年後には10万人規模のユーザー数が見込まれます。そうなれば、10万ユーザーから得られるデータを活用したビジネスや、10万ユーザーに向けた広告ビジネスなどの展開も考えられます。いずれもこれから立ち上がっていく新事業です。これから入社いただく方にも、ゆくゆく関わっていただくことになると思います」

製薬業界における各国の規制を熟知したメンバー

製薬業界における各国の法規制を熟知した精鋭組織である点も、アガサの特徴だ。

「私自身も、3社目となる前職はアメリカの製薬向けのシステムを提供しているNextDocs Corporationで働いていました。また、開発責任者を務めるギオン・ジェラードも前職時代の仲間です。フランス出身、アメリカ出身など、海外出身者も多く在籍しています。いずれも各国医療の規制に詳しく、どこを押さえればいいか熟知しているメンバーが多いんです。

そもそも起業する際、米国発のサービスに対抗していけるサービスを作りたい、という思いがありました。これは個人的な考えですが、前職時代に米国企業の進め方には限界があると感じたんです。というのも、米国発のサービスは、あくまで米国基準で作られており、ローカライズの観点に欠けています。ここに対して、アジア、ヨーロッパ、アメリカなど、各国の法規制に詳しいメンバーで力を合わせれば、より各国の事情に柔軟に対応していける強いサービスができるのではないかと思っているんです」

アガサ集合写真

従業員は約40名。1/3が海外のメンバーだ。本社は日本橋にあるが、開発拠点はフランス。日本と米国で販売を行っている。ちなみに、売上の3割は海外での販売によるもの。

世界中の治験で『Agatha』が利用される未来へ

取材は終盤へ。2025年以降のビジョンについても伺えた。

「目指しているのは、世界中の治験で『Agatha』が使われるようになることです。現時点でも8ヵ国で展開していますが、まだまだ広げていきます。

私たちは、製薬企業と医療機関の壁を崩し、連携することができたら多くの人の役に立てる、ひいては世界中の薬の開発に役に立てると信じています。そして、私たちが今やらなければ、この課題が解決されるのは何年も先になってしまうかもしれない。だからこそ、この事業を全力で世界に広めていくことで、世界中の治験に貢献できたら、という想いです」

最後に、鎌倉さんにとっての「仕事」とは。

「仕事とは、「世の中に貢献できること」と捉えています。私の場合、ずっとIT畑で働いているので、ITで世の中に貢献したい。特にこの治験の領域においては、医療機関や製薬企業の方々が日々、新薬を生み出すために取り組んでいらっしゃいます。そこに対して、ITスペシャリストとして、少しでも医療従事者の方々を支えたい。薬を一日も早く患者様の元に届くよう貢献したい。ITを通して医療に貢献していくことができたら、嬉しいですね」

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