農林水産省は、2023年度の総合職(事務系)の公募プロジェクトを開始した。「多様な知見、経験を有する人材を求める」とするが、実際にはどのような人材が活躍しているのだろう。今回お話を伺ったのは、2020年11月に入省した佐伯健太郎さん(経営局 協同組織課 課長補佐 ※取材当時)。もともと共同通信社で政治記者として働いていたという佐伯さんだが、なぜ農林水産省の職員として働く選択をしたのか。入省の理由、仕事のやりがい、そして彼自身の「志」に迫った――。
そもそも、なぜ霞が関で働こうと考えられたのか。その理由から伺ってもよろしいでしょうか。
非常にシンプルな理由ですが、「どのようにして政策が決定されているのか、この目でプロセスを見てみたい」という好奇心が大きかったように思います。
政治記者は、目の前で総理や閣僚が「新たな政策」を発表し、国が動く瞬間に立ち会える仕事と言えます。ただ、記者の役割はあくまで報道すること。どのようなプロセスを経て政策が練られ、決定し、発表に至っているかの詳細まではわかりません。そこに強い興味があり、もっと言えば「政策を作る側に行ってみたい」と応募に至りました。
さまざまな省庁がありますが、なぜ「農林水産省」だったのでしょうか?
取り組むなら、生活の身近にあるテーマがいいと考え、最初に思い浮かんだのが農林水産省でした。今振り返ると、実家に住む両親が、定年後に「みかん農家」を始めた影響もあったかもしれません。実家は島根県の農村地域にあるのですが、両親によれば「農水省の指針によれば、この土地でもみかんが栽培できるらしい」と知ったことが開業のきっかけでした。その地域では先行事例がなく、素人でもあったので「本当に大丈夫だろうか」と心配だったのですが、今でもすごく楽しそうにやっています。みかん狩りができる観光みかん園を営み、インスタで宣伝をがんばったり、観光バスがやってきたり。そういった両親の姿も見ていたので、少しでも“日本の第一次産業に関わっている人たち”を応援していければという思いもありました。
選考過程で印象に残っていることについて「活躍している同年代の職員から話を聞けたこと」を挙げてくれた佐伯さん。「同年代の職員が、さまざまな分野で、やりがいを持って取り組んでいる様子が伺えました。特に印象に残っているのが、地方勤務を経験している職員の話。いわゆる「現場」との距離も近い。机上だけではなく、この目で現場も見たい、地方と中央省庁のつなぐ役割を果たしたいと考えていたので参考になりました」
続いて、農林水産省で担われている役割について伺ってもよろしいでしょうか。
2020年11月に入省し、「生産局(現:畜産局)食肉鶏卵課 係長」を経て、2021年7月からは「経営局 協同組織課 課長補佐」を担っています。主に担っている役割としては農家の方々のために様々な事業を展開する「農協」の監督・指導等です。農協が扱う農作物は、非常に多様で豊富です。さらに事業も多角的。法令、税制の改正、政策の企画・立案などを通じ、団体運営、事業推進における課題が解決され、より良い体制づくりにつながるよう取り組んでいます。
仕事において大切にしていること、ポイントがあれば教えてください。
現在の役割に限った話ではありませんが、特に重要なのは「現場」が主体的に取り組めるような「仕組みづくり」だと思います。指針は掲げるだけでは意味がありません。どうすれば適切に「現場」で指導してもらえるか。使ってもらえるか。まさに農協でも自己改革が進んでいますが、農協職員や組合員の創意工夫が反映され、より良い事業を行えるようにする。そのために農協の方々はもちろん他省庁、自治体、関係団体、農家の方々などステークホルダーと調整を繰り返し、制度・指針等の改正に携わっていきます。それらが進むことで農家の皆さまの利益、やりがい、第一次産業への貢献にもつながっていく。そういった観点は大切にしています。
佐伯健太郎/農林水産省経営局協同組織課課長補佐、ソトナカプロジェクト共同代表
2006年に東京大学文学部社会学専修課程を卒業後、一般社団法人共同通信社に入社。記者として広島、長崎、那覇の各地方支局で主に安全保障、核兵器廃絶の問題をテーマに取材後、本社政治部で安倍晋三首相番、総務省・防衛省担当、二階俊博自民党幹事長番などを経験。2020年11月に農林水産省入省。生産局(現:畜産局)食肉鶏卵課係長を経て、21年7月から現職(取材当時)。
もし、入省後に感じた「ギャップ」があれば教えて下さい。
これは良い意味でのギャップになるかもしれませんが、世の中の解決すべき課題から目を背けず、正義感を持ち、しっかり意見を発信する職員が非常に多いことに驚きました。正しいことは正しい、間違っていることは間違っていると伝えていける。まだ二つの課しか経験していませんが、それぞれ自然発生的に、常に議論も起きています。入省前は、忖度が発生し、あまり意見を発信できないのではないか?と想像していた部分もあったのですが、そんなことはありませんでした。なので「仕事を通じて世の中をよくしたい」と考える方にはぴったりの環境ですし、自らが解決したい社会的な課題を、政策というツールを使って解決していけることは大きな醍醐味だと思います。
例えば、入省後まもなく配属された「食肉鶏卵課」では、新型コロナによって落ち込んだ肉の流通量をどう回復させられるか、畜産をはじめ、各方面の専門家、知見を持つ技術系の職員含め、日々議論をしていました。志を持ったプロフェッショナルと意見を交わし、特性を活かしたチームで課題に挑んでいける。ここも非常に刺激的な仕事だと思います。
民間企業出身者を中心に立ち上げられた、省庁横断のプロジェクト「ソトナカプロジェクト」共同代表も務める佐伯さん。「民間から霞が関への転職を考える上で、情報が足らず、二の足を踏んでいる方も多いかと思います。キャリアや給与面など、少しでも不安の解消につながればとnoteでの情報発信も行っています。“公共のために仕事をしたい”と考えている方に、ぜひ霞が関も選択肢の一つにしてほしいですね」
前職経験が活きていると感じる場面もありますか?
そうですね。多くの人の話を直接聞き、状況や課題を正しく把握すること。そこから改善策を検討し、資料にまとめ、伝え、物事を動かしていく。こういった部分は共通しますし、培ってきたものが活かせていると思います。ただ、それらは「記者として」というより、民間企業で働いてきた方であれば求められる「本質的なスキル」だと思います。なので、どのような職種であっても、民間で培ったスキル、得てきた経験値は霞が関で活かしていけるはずです。
ご自身が今後、農林水産省でやっていきたい仕事があれば教えてください。
発信の仕方を工夫し、強化している農林水産省ですが、まだまだ「伝え方」の部分では課題があると考えています。例えば、文章一つとっても国民のみなさんにはわかりづらい表現も多いので、前職経験を活かし、ぜひ改善していきたいです。例えば、現在、物価高騰が話題となっていますが、農作物や水産物に関しては、国民の皆さまの食生活に直結するため、その価格を上げることが難しい。ただ、一方で、燃料、肥料、資材など原料価格の高騰は続いており、農家さん、漁師さんは非常に苦しい状況に置かれています。例えば、こういった現状について正しく国民のみなさんに伝えることができれば、質の良いモノを、適正な価格で売ることもできるかもしれない。深い理解を得ていくためにも「情報」の課題を解決したいですし、取り組みたいことの一つです。
最後に、佐伯さんにとっての「仕事」とはどういったものか伺わせてください。
あまり考えたことはないのですが(笑)強いて言うなら、人生と切っても切り離せないもの、自分のアイデンティティと、目指したい社会の「結節点」だと思います。何より人生において長い時間を割く重要なもの。今まで築いてきたアイデンティティ、そして自分自身が目指したいこと、やりたいことと重なるものであったほうがいいと考えています。私自身でいえば、前職は記者で、地方出身者。両親は新米農家…など「私」を構成するさまざまな要素を、世の中を良くする「やっていきたいこと」に結びつけていく。これが私なりの「仕事」だと思います。また、仕事はチームで取り組むからこそ進むもの。さまざまな特性や個性を持つ民間出身の方にぜひ加わっていただき、世の中を良くするような仕事を一緒に手掛けていきたいですね。