農林水産省(以下、農水省)による2024年度「総合職」募集にあたり、輸出・国際局知的財産課にて課長補佐として働く佐藤裕隆さんを取材した。もともと東京都庁職員として働いてきた佐藤さん。なぜ、農水省への転職を決めたのか。そこには「農林水産業・食品産業への貢献を通じて、人と地域を元気にしていきたい」という志があった――。
前職、東京都庁職員として働いていた佐藤さん。なぜ、農水省への転職を決めたのか。その理由から聞くことができた。
もともと東京都庁の土木職として、下水道局や都市整備局で働いていたのですが、入都10年目を迎え、「全国のさまざまな地域に貢献していく仕事に携わりたい」と考え、転職を考えるようになりました。
前職では「下水道施設の監督・設計」や「市街地整備事業の国庫補助金の運用」など、「都市部の街づくり」のさまざまな領域に携わることができ、非常に充実していました。生まれた時から暮らしていた街の風景が変わっていく様子も、興味深く見るようになりました。その中で、自宅近くの茶畑が広がる地区が、大規模な物流拠点に変わる計画があり、具体化されていくと知りました。周囲の発展に合わせて土地の利用形態が変化していく中で、更なる発展に期待が高まる中にも、当たり前にあった農地の風景が変わることに少し寂しさを感じました。こうしたきっかけもあり、「農地が少なくなっている」という問題をより身近に感じるようになりました。農林水産業にも興味が湧き、自分なりに調べてみると、「農業者の高齢化」、「国内マーケットの縮小」など、さまざまな課題があることがわかりました。また、テレワークが普及し、多くの人々が「地方での暮らし」に目を向け始めたタイミング。こういった背景から私自身「農林水産業」や「地域」といったテーマに取り組みたい、地方の産業、文化を盛り上げていけるようなことに携わりと考えるようになりました。特に農水省はいわゆるソフト面からも「人」と「地域」などを支えていけると考え、入省を決めました。
佐藤 裕隆/農林水産省輸出・国際局知的財産課課長補佐
2013年に早稲田大学創造理工学部社会環境工学科を卒業後、東京都庁に入都。土木職として下水道局にて下水道施設の新設・耐震化等の工事監督や設計業務に取り組む。その後、都市整備局にて土地区画整理事業や市街地再開発事業の国庫補助金の運用等を担当。2023年1月に農林水産省入省。輸出・国際局輸出企画課に配属され、輸出促進に係る省内外の関係部署との連絡調整等を担当。 その後、2024年4月に同局知的財産課に配属。農林水産物・食品関係の知的財産(GI法、種苗法)の法令運用等を担当している。
こうして2023年1月に入省をした佐藤さん。輸出国際局の輸出企画課を経て、2024年4月より同局の知的財産課へと異動。そこでの担当業務について聞くことができた。
現在は、知的財産課にて主に農林水産物・食品関係の知的財産関係の法令(GI法、種苗法)の運用等を担当しています。たとえば、地理的表示(GI)保護制度を定めるGI法には、法律に基づく審査や取締り等の業務があります。課内の担当班が業務を進める中で、新たな事例が生じると、法律に沿ってどのように対応すべきか、検討が必要になります。こうした検討を、関係班と連携して行い、適切な制度運用を推進しています。
「農林水産物・食品関係の知的財産」とは一体どういったものを指すのか。その保護・活用の意義と併せて解説をいただいた。
植物の新品種や栽培技術、ノウハウ等は「知的財産」であり、日本の農林水産業・食品産業の強みの源泉です。こうした知的財産を適切に保護・活用することで、模倣品被害の防止、ブランド化ができ、「稼ぎ」につなげられるものと考えています。たとえば、「シャインマスカット」は、苗木が海外に流出したことを発端に、海外で生産され、さらにはその生産物が第3国に輸出されていることが確認されています。もし知的財産として保護・活用できていれば、日本の輸出拡大や、ライセンス料を得ることで「稼ぎ」にもつながったはず。本来得られるはずの利益を、いかに守るか。こういった部分が重要なミッションとなっています。
知的財産の保護・活用には、制度的枠組みの整備の他、関係者のみなさまに知的財産の保護・活用の重要性を認識していただくことや、専門家によるサポートの充実も必要です。たとえば、これまでは、開発した栽培技術などを無償で提供するケースも。開発した方がかけた労力や費用に見合う正当な利益を得ることができるよう、知的財産制度への理解促進、意識改革を図ることも、大切なテーマだと考えています。
続いて聞けたのが「やりがい」について。特に海外出張での経験が刺激になったと振り返る。
今年の2月、ドバイで行われた中東最大規模の食品総合見本市「ガルフード2024」に参加したのですが、そこで日本の事業者さんと触れ合い、非常に刺激をいただきました。じつは私は海外を訪れた経験があまりなく不安が大きかったのですが、見本市には私の地元である東京の青梅市から来られた事業者の方も出展されていて、慣れ親しんだ商品を見ることができ安堵するとともに、輸出に向けた取組や努力に感銘を受けました。現地には日本産の商品を扱うスーパーも多く、さまざまな事業者の方々の努力があり、世界各地へ日本の産品が輸出されているのだとあらためて実感ができました。また、その支援に貢献していきたいという思いをより強く抱くようになりました。
また、これは特定の業務に限った話ではなく、農水省内の仕事に共通する部分だと思いますが、非常に多くの情報に日々触れられる点はやりがいにつながっています。たとえば、農林水産物の輸出の動きには、世界情勢の変化が直結するため、常に情報のアップデートが必要です。極端にいえば、昨日まで使っていた資料が、今日はもう更新が必要といったことが多いと感じます。最新の情報や課題に対応していくため、ダイナミックな政策にもチームで携わることができ、世の中への影響を実感できる環境だと思います。
2023年8月から、福島第一原子力発電所のALPS処理水放出に伴う一部の国・地域による日本産水産物の輸入停止措置の問題に関連した連絡調整も行ってきた佐藤さん。それらの業務経験なども踏まえ、ミスマッチしないためにも事前に知っておくべき厳しさについても聞くことができた。「特に国会業務は対応の要否が前日に判明することが多いため、対応が必要になれば素早く準備する必要があります。もちろん一人ではなくチームで対応しますし、必要な知識は先輩が教えてくれますが、短時間で資料をまとめるなど、協力して効率的に準備を進められるようスピード感や連携が必要です。この点は事前に念頭に置いていただくといいかもしれません。」
続いて聞けたのが、今後、仕事を通じて実現していきたいことについて。
近年さまざまな場面で「多様性」がキーワードになっていますが、日本国内でもそれぞれの地域で固有の文化や食があり、まさに多様ですよね。農林水産業や食品産業を通じ、そういったそれぞれの地域の魅力が伝わり、盛り上がっていくことに貢献していきたいです。私自身、国内旅行がとても好きなのですが、現地でしか目にできない景色や文化、手に取ることができる特産品が楽しみの一つでもあります。たとえば、道の駅などで地元の特産品が積極的に発信されたり、地域の人々が地元の文化をアピールしていたり、そういった活発な姿を見ることができたら嬉しいですし、そこに少しでも貢献していければと思います。
最後に、佐藤さんにとっての「仕事」とはどういったものか。仕事の価値観について聞くことができた。
限りある時間でもあるため、「仕事」は自分自身が大切にしたいことのために、個性を発揮しながら一生懸命に取り組むものにしたいと思っています。ただ、独りよがりではなく、公共性の高い仕事を通じ、「人」や「地域」の役に立っていきたい。それが自身の喜びにもつながると思っています。もちろん、取り組んでいる最中には、どのような結果が出るかわからないもの。ただ、その中でも自分の努力が何につながるのか、最大限想像力を働かせ、これからも農水省での仕事に向き合っていければと思います。