農林水産省(以下、農水省)による2025年度「総合職」募集にあたり、農産局 農産政策部 企画課にて企画官として働く西脇 大史さんを取材した。もともと大阪府庁職員として働き、約13年間、地方自治の最前線でキャリアを積んできた西脇さん。なぜ、農水省への転職を決めたのか。そこには、国民の「当たり前の生活」を守るために働くというキャリア選択があった――。
もともと大阪府庁で約13年間働き、多様な経験を積んできた西脇さん。まずは、前職の仕事内容と農水省への転職理由から話を聞いた。
就職活動の時期はリーマンショックと重なっていたのですが、もともと国際政治に興味があり、公務員に絞って考えていました。外交官や国連職員を志望し、国家公務員試験を受けていたのですが、縁がなく、内定をもらえた大阪府庁で働き始めたのがキャリアのスタートでした。当時、大阪の政治・行政は変革期にありましたし、分野を横断し、地域全体の課題に携われる部分に惹かれ、入庁を決めました。
実際、入庁後には、府政全体の調整を担う政策企画部、港湾局での航路開拓や企業誘致、教育庁での教職員人事、そして再び政策企画部でのコロナ対策等、3~4年ごとに全く異なる分野で、多岐にわたる業務を経験できました。特に港湾局時代は船会社と共に貨物量を増やすために民間企業へアプローチしたり、公的機関、国際機関と連携してアフリカ関連のミッションに関わったり、新たな取り組みに携わる等、非常に稀有な経験ができました。また、俯瞰する視野や、協働による人脈を培うことができました。
一方で、自治体での仕事は、あくまでも国の大きな方針のもとで動くもの。その方針決定の場、上流で仕事をしてみたいと考えるようになりました。そして「強み」や「専門性」に磨きをかけていきたい、いい意味で組織に染まりきらず、より広い視野を持ち続けたい。そういった思いがあり、改めて国家公務員を志すことにしました。
その中でも、農水省を選んだ理由とは。
当たり前ではあるのですが、あらゆる人たちは、食べなければ生きていけません。その「当たり前の生活」を根底から支えているのが、農林水産業だと考えました。というのも、転職活動時期にまさにロシアによるウクライナへの軍事侵攻が起こり、小麦や燃料の価格が高騰し、私たちの食生活に直接的な影響が出ていました。「人間の生存基盤である食と農」の重要性を感じ、人のために働く公務員として、その根源的な問いに向き合える場所は農水省の他にはないと考え、入省を決めました。

西脇 大史(農産局農産政策部企画課 企画官 )
1985年、長野県諏訪市生まれ、大阪府守口市出身。 2010年3月、大阪大学外国語学部地域文化学科アフリカ地域文化専攻(スワヒリ語)卒業。2010年4月、大阪府庁に入庁し、環境農林水産部農政室整備課主事(農地転用・所有権移転(農地法3~5条)に係る許認可、農業会議の運営、東日本大震災対応(支援物資集積所@盛岡への1週間派遣)等)にあたる。その後、 2012年4月、港湾局経営振興課主事(航路開拓、企業誘致、市町村交付金、任意団体の運営等) 担当を経て、2015年4月、教育庁教職員室教職員人事課 副主査(実習助手・技能労務職員・臨時的任用職員・一般職非常勤補助員の人事、学校環境整備・清掃等業務委託契約に関する業務等) を担当。2021年4月からは政策企画部企画室政策課主査(室の総務、知事レク・答弁調整会議へ随時同席、大阪府総合教育会議の開催、大阪府教育振興基本計画の取りまとめ、大阪府新型コロナウイルス対策本部の設営、コロナ流行期における保健所への派遣、いわゆる「野戦病院」の開設業務等)に従事。2023年4月、農水省に入省。
こうして2023年4月に入省し、既に3部署での経験を持つ西脇さん。農水省での仕事のやりがいについてこう話す。
想像していた以上に国民に近い立場で仕事ができることは、大きなやりがいになっています。担当業務が直接現場に影響を与え、その成果が還元されていることも肌で実感できる環境です。例えば、入省後間もなく携わった中山間地域の活性化に向けた取り組みでは、直接現地へ足を運び、地域の方々と意見交換を行ないました。皆様からは「自動で雑草を刈る機械を導入したいが、畦の角度が急で使えない」といった具体的な相談や、「鹿やイノシシによる獣害対策が追いつかない」といった切実な声も寄せられ、それらの解決に向けた施策や検討も担当しました。特に獣害対策では、GPSで鹿の群れの動きをマップ化し、次の出没予測に役立てている先進的な地域もあり、こうした好事例を国が旗振り役となり、様々な地域への横展開を推進することは、非常に手応えのある仕事でした。
それらの仕事は、デジタル田園都市国家構想の一部である「デジ活中山間地域」における省窓としての役割を担うものでもありました。例えば、人口減少や高齢化が進む中山間地域では、農業の人手不足はもちろん、医療や交通といった生活インフラの維持が大きな課題となっています。そこでは、農業支援にとどまらず、病院へのアクセスが困難な地域へのデマンド交通の導入や、買い物が困難な高齢者のための移動スーパーの事業者紹介等、厚生労働省や総務省といった関係省庁と連携し、課題解決の「ワンストップ窓口」となることを目指していました。関係省庁との調整、現地での意見交換を通じ、農林水産業を含めた総合的な中山間地域の活性化を、目に見える形で推進できたと感じています。
その後、諌早湾干拓事業や有明海再生に向けた事業にも携わりました。この事業でも度々現地へ出張し、県庁や漁業団体の希望を直接伺いながら、10年間で100億円規模となる有明海再生加速化交付金の創設に関わることができました。特に交付金の制度設計における県庁との調整等は前職での経験を活かせたように思います。

現在、中長期的な米対策チームの一員として、米の流通実態を把握する仕組みの検討にも携わっている西脇さん。農水省での仕事について、やりがいだけではなく事前に知っておくべき仕事の厳しさとして「一つの言葉、行動が意図しない形で社会に大きな影響を与えてしまう可能性もあるため、その責任の重さとプレッシャーは大きいです。」と話をしてくれた。「そのため、あらゆるリスクを想定し、細心の注意を払い、物事を前に進めていく必要があります。その考え方、姿勢は“正解のない複雑な課題”を解きほぐす上で求められるものだと思います。そういった意味でも覚悟が必要ですし、厳しくもやりがいに満ちた挑戦の世界だと感じています。」
そして取材後半に聞けたのが、「仕事を通じて実現していきたいこと」について。
正直にお伝えすると、特定の分野に絞って何かを成し遂げたいというこだわりは、今のところありません。むしろ、どのような仕事であれ、真摯に受け止め、向き合っていきたいです。その結果として、国民の皆様の“当たり前の生活”を守ることにつながれば、それが一番だと考えています。そういった意味でも、まずは農水省のビジョン・ステートメント(※)を胸に、国民の生存基盤である食料の安定供給に尽力すると共に、日本の未来のために「食」と「農」の発展に寄与していければと思います。その際、国の目線だけでなく、前職で培った現場(自治体)目線も大切にしながら、政策立案を行なっていきたいと考えています。
また、農水省では海外で働く機会も多くあります。「食」と「農」は世界と密接につながっているため、国内の仕事だけでなく、グローバルな舞台にも選り好みせず挑戦したいです。そうした経験を通じ、自分の視野を果敢に広げ、世界と日本の架け橋となるような人材になることが目標です。
(※)農林水産省ビジョン・ステートメント

最後に、西脇さんにとっての仕事とは――。
私にとって仕事とは「国、すなわち他者や国民を支えること」だと捉えています。福沢諭吉の「国を支えて国を頼らず」や、ケネディ大統領の “Ask not what your country can do for you—ask what you can do for your country.”(国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何をできるかを問うてほしい)といった言葉が好きなのですが、そのように「支える側」に立つことをモットーとしてきました。
改めて振り返ってみると、私自身も生まれてから今日まで、様々な人と出会い、多くの人に支えられてきました。私にとってそれを社会に返していくのは、とても自然なことなのだと思います。もちろん、仕事で思いどおりにいかないこと、困難を感じる場面もあります。それでも、自分を律し、他者と真摯に向き合い、人々のために働いていきたい。まさに農水省では、農林水産業を通じ、国民の生存基盤を支え、人々の生命そのものに関わっていくことができます。天職だと感じていますし、より広い世界で、強い意志を持ち、その実現に向けて貢献していければと思います。
